晴れのち曇り、時々荒天

@kohashiyu

第1話 ~プロローグ~ 希望と緊張の日

 桜の花が満開となる季節、新入生、新社会人で街が溢れる毎年恒例のシーズンがやって来た。希望に満ち溢れた顔、慣れない土地での生活に不安を感じている顔、

おのおのがそれぞれの期待と不安を抱えながら‘新生活‘を始める季節である。

 かくいう私はと言うと、学生生活という名の基に守られていた生活もとうとう終了し、新社会人として社会へのデビューする日がやって来たのである。


「裕子おはよう!」


後ろから同期入社する真知子がいきなり声をかけてきた。真知子は同じ大学卒で、学生時代からの友人、いや、世間で花形と言われている航空業界へ就職すべく高い倍率の試験を一緒にくぐり抜けてきた戦友とも言える間柄である。


「今日からとうとう始まるね」

「先輩ってやっぱり怖いのかな・・・」

「お局様に睨まれたらどうしよう・・・」


真知子も他に漏れず新入社員らしい不安があるらしい。それに私たちが所属する"グランドスタッフ"の世界は殆どが女性、男性は居るが片手で数える位である。

その為"お局様"が存在していて、その"お局様"にいかに気に入られるかがこの世界で生き残っていく術なのも事実なのだ。


「きっと大丈夫、根っから怖い人なんて居ないよ」

「まずは仕事の内容をきっちり覚えるようにしないと!」


真知子に言い聞かせる様に話をしているうちに、入社式と教育の始まるトレーニングセンターに到着した。


トレーニングが行われる教室へ到着すると、窓の向こう側には飛行機が見えるようになっている。同期入社する仲間と始めて対面するのもこの部屋だ。

恐る恐る二人で部屋の扉を開けると、


「はじめまして、よろしく!、どこのスクールに通ってたの?」

「私は外語専門!、どこのスクール出身?」

「えぇーー!!○×ちゃん知ってる?」


皆おのおの自己紹介を始めている、そして会話の端々に聞こえてくる"スクール"の単語。恐らく他業界の会社に入社する場合には聞こえてこない単語だろう。

この"スクール"とはフライトアテンダントやグランドスタッフを目指す学生が通う専門学校の略名である。ドラマやテレビ番組が"航空業界=花形"と言うイメージを作り出し、航空業界を狭き門としてしまっている為に、今や内定を目的とし、マナーや専門用語を学ぶ専門学校が多くあるのだ。しかしこの"花形"のイメージを多くの仲間が現場に出た瞬間に打ち砕かれるのである。


「はじめまして!私は小笠原恵理子、これからよろしく!」

「今日から大変だけど一緒にがんばろう!」


目がくりっとし、愛嬌のある笑顔で挨拶をして来た子が私と真知子の所に挨拶しに来た。周りの仲間は初対面と初日の緊張からかお互いを探りつつ話をしている中、で、あっけらかんとして表裏の無い愛嬌のある笑顔で声をかけてくれた恵理子に

真知子と私は緊張の糸がほぐれ打ち解けることが出来たのである。


「おはようございます。皆さん揃ってますか?」

「今から名札を配りますので前に取りに来てください」


そうこうしている内に教官と総務の人が入ってきて入社の説明と今後の予定に関して話を始めた。私達の教官になる人は名札を配りながらもクラスメイトの振る舞いを具に観察していた。


「ねぇねぇ、教官顔は笑っているけど目が笑ってないよね」

「鬼教官だったらどうしよう」


真知子も同じ事を考えていたようである。


「大丈夫、気のせいだよ」


そうは言いながらも数ヶ月間この人の下で教育を受けるのだと思うと真知子の不安もあながち間違ってはいないのかも知れない。


「それでは皆さん、自己紹介からはじめましょう」

「私は小谷野と申します」

「この羽田空港で15年間グランドスタッフをし、1年前から教育担当をしています」

「これから1ヶ月の座学、1ヶ月のOJT期間とこのクラスを担当します、よろしくお願

 い致します」

「では前の方から自己紹介をお願いします」


名札を配り終わると教官から自己紹介が始まった。

雰囲気からして今まで様々な事を経験し、"戦錬磨のグランドスタッフ"感が滲み出ている。


「はい!、私は小田紀子と申します、これからよろしくお願い致します!」


言葉のイントネーションから関西出身の子である事が読み取れる。

すると


「小田さん、出身はどちらですか?」


小谷野教官が急に小田さんに質問を投げかけた。


「兵庫県の出身です!」


教官は小田さんに興味があって質問をした訳では無いのが見て取れる。皆が不思議そうな顔をして教官を見ていると


「まず言葉のイントネーションを直しましょう、関西弁を快く思われないお客様がいらっしゃる場合があります。見た目では判断ができない為、標準語のイントネーションを使うように日々心がけましょう」


場が一気に凍りつくとはこの事である。

憧れの航空業界に入社出来た事に喜びを分かち合う雰囲気は一気に緊張へと変わる。


「ね、だから言ったじゃん、鬼教官かもって」

「私も気をつけないと・・・」


真知子はそうは言いながらも顔は強張っていた。

なぜならば真知子も地方出身者の為油断をするとつい方言が出てしまうからだ。

その後も自己紹介は続いたが、皆イントネーションには気をつけて居たため教官に指摘されることは無かったのである。


「初日から厳しいと、明日からはもっと厳しいって事だよね」

「私ついていけるか心配になってきた」


恵理子が顔を曇らせて心配そうに溜息をついている。

しかし、恵理子の不安が的中するとはこの時点で私も考えては居なかったのである。


















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