要塞の街

要塞

 人体解体ショーがあった日から半月と少しが経った頃、新参組織の人間達は目に見えて分かるほど焦っていた。マルティーノ達が組織を離れてからというもの、Xエリアへ数人の偵察者を送っても帰ってこないのだ、もちろん全員殺されている。だが、Xエリアに送り込んだフェルディナンたち4人からは順調であると言うような報告が入ってくる、地図も完成間近だと。そんなワケがない、すべては嘘なのだから。そして遂に、準備万端整った偽の地図が新参組織へ送られる時がやって来た。


『データを転送シマスか』


 フェルディナンがAIの提示するYESのボタンを押して、その様子を確認したリューヴォが一つ頷き、物見やぐらへ跳んでいく。敵組織がおびき出されるまでには、まだ時間がある。どれだけの人数が罠に掛かるかを見るのも、リーダーの務めだ。


 蒼角そうかくの小さな鬼リューヴォの仕事は、人間に出来ないコトを遂行することであった。姿を変えた少女の尖った耳は、この広大な学園都市内の殆どの音を聞き分け、遥か彼方の様子まで見ることができる。彼等の掲げる〈縄張りを守り仇を討つ〉という大義のために、いま使える能力をフル活用せんとしているのだ。リューヴォの背中を見送り、総員ヒッソリと配置場所へ向かう。


 フェルディナンたちと入れ違うタイミングで少数送り込んでいたスパイから、直ぐに報告が上がってきた。新参組織は、夜間に動くことを選んだと、彼等はこの地区の人間たちの怖さをその時に痛感する事になる。夜になるまではまだ時間があるため、今回の縄張り戦争で単純に自分たちの力を確かめたい少年少女は、ソワソワしながら、筒抜けの通信中であることも気にせずに小声でやり取りをしていた。


『ねぇねぇ、道ちゃんと覚えたよね?』


『なんとかねっ…あー、戦争なんて初めてだよぉ』


『普段通りってけば大丈夫だって言われたよ?』


『マジで?じゃー、めっちゃ頑張ろ』


 微笑ましいやり取りに、大人たちはクスクスと笑っている。一方、地下へ移動した人々の周りは、地上を守る頼もしい殺し屋たちの存在に安心して、わちゃわちゃと賑やかに遊ぶ小さな子どもたちの、満面の笑みで平和な時間が過ぎていっていた。決戦の日に相応しい真っ赤な夕日が、ゆっくりと西の方角へ傾き沈んでいく。そろそろ持ち場へ移動を開始しようと、まだ移動を終えていなかった殺し屋たちが装備品のチェックを終えて、地区をぐるりと囲む鉄格子の外からうかがう新参者たちの視線をくぐりながら歩を進める。


 そうして徐々に真っ赤な月が見え始めた頃、縄張り戦争を担う中核が動こうとしていた。物見やぐらで地上を見張り、敵の動向を見逃すまいとしていたリューヴォだ。敵は、少しずつ少しずつ、しかし途切れる事なく鉄格子の中へと侵入してきている。暫くその様子を観察していたドン・リューヴォは、ボソリと一言呟いた〈始めろ〉と。情報屋を仕切るまだ幼いメリッサが、戦闘員の全員に対して元気な声を発する。


『メリッサだよーっ!通信環境良好っ!全情報屋配置完了!』


「ふふ…了解、早いのね。他のみんなは?」


『飛び道具係総括リアナ、こっちもOKだよ』


『アシスト担当リーダーのエマだよ、武器商も全員配置完了っ』


『こちらメア、爆破担当も配置終わったわ』


『こっちはルーチェ、武器商と一緒に配置についたよ』


 報告を受けたリューヴォは、新参者がやって来たせいで亡くした仲間たちに思いを馳せて、街に元々あったスピーカーを通して続々と集まっていた敵たちに向かって宣戦布告をした。元々、殲滅せんめつ戦にするつもりはなかった。決められた生き残りが街の脅威を広める、そういう計画だ。


『この街は、我々のモノよ!五分だけ時間をあげる、その間に去らなければ命はないっ!』


 この迷路のような街の戦闘員全員に配給された通信機から、カウントダウンを開始したメリッサの声が、静かに響く。リューヴォ達は戦いをより有利にするために地上の地理を覚え直したのだが、これが思いのほか楽しいと評判が良く、殺し屋たちにも新しい挑戦という事で、人気になったらしい。結果、皆が順調にそれぞれの動きかたを想定し理解して、何ができるか、数日前には何をしたいかまで考える時間が持てたと笑っていた程だ。


「リアナ、そこからスナイパーの背後は見えてる?」


『あぁ、見えてるよバッチリな』


「じゃあカウントダウン終了と同時に、よろしくね」


『はいよ、任せろ』

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