その日の夜

 Xエリア外へ出ている同郷どうきょうの悪人達にも、情報屋メリッサから現状を説明するメールが送られていた。そうして少しずつ、少しずつ、新参者たちへの怒りの炎を心に宿した彼等が戻ってきていた。Xエリアを取り囲んでいる鉄格子に隙はないが、この街の東西南北地区へ繋がる4箇所にだけは、外部と接触するための頑丈な扉がある。その扉の番人は、本当に人間の脳を持っているのかと疑いたくなる領域に達している少女メリッサ、その情報分析能力は他の追随ついずいを決して許さない。いくつもの監視カメラを同時に見ながら、地上へ戻ってくる者と、地下へ戻ってくる者とをり分けて門の開閉をしていく。一方この時点で、赤眼あかめのエマも指示を出していた。そして武器商人の中から少人数が超小型通信機の製造をするため慎重に、東区の地下と繋がっている隠し扉から地上へと出て行った。指示を出し終わったエマは、ポチポチと携帯端末をいじると、小首をかしげた状態でリューヴォを見つめながら口を開いた。


「ドン、ちょっとルーチェねえ借りてっていい?連携のことで打ち合わせときたいんだよね」


 縄張り戦争では、武器商人がヒットマン達のアシストをすることが必要になるため、事前に誰がどんな武器を使っているのか何を扱えるのか等を、当日までに把握していかなければならないのだ。リューヴォもそれを伝えようとしていたので、しっかりと一度頷いた。


「うん、頼むわね」


「はーいっ」


 リューヴォの了承を経て、エマはルーチェの手を取り、張り巡らされた地下の通路をグングンと歩きながら引いていく。ルーチェの歩調がちょっとずつ小刻みに速くなってきた、もちろん原因は大股でズカズカと歩いているエマであるが、これは彼女の精一杯の虚勢なのだ。ルーチェは16歳で175cmと長身で、エマはまだ11歳で育ち盛りであるのに、すでに充分有能なことを考慮したとしてもエマがルーチェに引け目を感じる必要性はない。が、自信家であることが災いしてこんな珍妙な形として外に現れている。それを分かっているルーチェは、苦笑気味に目の前を行く少女の真っ白な髪を見つめていた、関係的にいえばリアナとリューヴォの2人の様相に近いだろう。まるで蜘蛛の巣のような地下通路を随分と歩きまわって、エマが立ち止まった。


「はい、ここが良いよね」


「確かに」


「じゃあ始めよー」


 2人が行き着いた先にあったのはスプリーキラーが住んでいる南区と、武器商人が住んでいる東区の合流地点の1番奥だ。この場所は南区と東区の住民に、誰が何を話しているかという事を携帯端末を通じて発信できるところだ。端末には個人別のパスワードが割り当てられている、話の内容を把握したいならその番号を打ち込めばいい。まず2人は携帯端末をオープンにしてパスワードを打ち込み参加人数が落ち着くまで待つ、数値が止まるとエマが―パンッ―と両手を打ち合わせてニッコリと嗤った、それを見たルーチェの背筋には冷たい汗が流れ寒気が走る。何度経験しても、この商人魂に火がついたエマの顔にはゾッとするようだ。


「さぁて!いい感じに集まったね?それじゃ始めるよ、武器商は―」


 まず始まったのが、戦闘員1人に対して何人の武器商がアシストに付くかという内容だった。本来であれば1人の戦闘員に1人のアシストが付くのが望ましいのだが、扱う武器や当人の戦闘能力によっては複数人が付かなければならなかったり、そもそも一対一で付けるかという根本的なところから見れば武器商人の数が圧倒的に少ない。その為、地上の何処どこにどんな武器を隠しておくかという所を細かく決めなければならない。このXエリアで生まれ育った人間達の被害だけは最小限に留めたい、それが総意であるからこそ細部にわたって気を配り、厳密に決めごとを作る必要があるのが今回の縄張り戦争だ。


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