第2話・廃墟への落し物

 砂が風に舞きあげられ、一帯には使われていると呼べるような建築物が少なく、更にいえば建物らしいものもあまり無い。いつ倒壊しても何らおかしくないように見える廃屋・廃ビル、そんなモノしかないこの土地だが一応は、大規模学園都市シザリアスに面した元繁華街だった。今はその面影もなく、街の衰退と共に一種の悪人達が住みつき始めたのが一体どれほど昔の頃だったか、それを知っている人間は、もう生き残っていないだろう。


 太陽を遮るものなど殆どないと言うのに、この土地に住んでいる者達が放つ独特のけがれで満ち満ちて一日中薄暗く陰気だ。ここは通称[終わりの街]と呼ばれている─他の地域に流れている噂では、[血に飢えた化け物が人を喰らう街]・[入れば生きて出られない場所]等と例えられたりもするが、暗黒街の住人の中で最も知られている呼び名としては[Xエリア]という呼ばれ方がメジャーである。情報屋・武器商人・シリアルキラー・スプリーキラーetc…これら極悪人達は、拠点としている[Xエリア]での縄張り意識が強い傾向にあり[化け物]と呼ばれるだけの実力を持つ。そして争いが起こるのを防ぐべく、当時からエリア内ではすでに地下での区分けがなされてあり、それに関して住人達からの不満の声は一切なかった。ちょうど区分けが終わり落ち着いた頃、遥か上空から一つの生命体が[終わりの街]目掛けて落ちてきたのだ。崩れかけた建物を木端微塵にしたというのに無傷で泣きもしない、額に蒼白い二本の角を生やした赤子だった。


 誰かに対する大掛かりな敵襲か、はたまた天災かと一瞬街中がシンと無音に支配されたが、いくら待っても何かが動く気配などなく、次第に人々が赤子の周りを取り囲むように集まってきた、それぞれの武器を手にした地下の住人の姿も見える。そして遂に意を決した者が、人間ではないだろう赤子の胴体の辺りにそっと金属バットをかざし、赤子はパチクリと瞬きをして自分に向けられた物を掴んだ───直後、金属バットは紙切れを握ったかのようにグシャッと潰れてしまった。皆が、とんでもない生き物が落ちてきたものだと空を見上げると、曇天を切り裂くような三日月型の闇色をした何かが徐々に閉じられていく様子が確認できた。異界を旅する大層な実験好きの変人ストラーナが、赤子をこの世界に落としてしまった事に気づかず暫くの間、移動装置を放ったらかしにしていたのだ。[Xエリア]の人々は考えた[赤子であれば育て方に注意をしていけば人間の世界、この街のことも教えられる、いざと言うときの切り札になってくれるのでは]と。


 それから数年後─すくすくと育った鬼っ子のもとに一人の来訪者が現れた、ストラーナとはまた別の世界ページから、深紅のドレスに同色のヘッドドレス、宙にただよう長過ぎる黒髪、炎のように揺れる深い金色の目、その容貌から人間でないことを感じた鬼っ子は戸惑いを隠せない。この街では鬼っ子だけが人間ではないのだ、自分と同じ魔物と顔を合わせることなど無かった。まだ小さな鬼っ子に向けて手を差し出して拳を握り、蒼白い光に包まれたかと思うと、そこには金属製に見えるチョーカー。首を傾げてソレを見ていると、艶やかでぽってりとした真っ赤な唇が、弧を描いて美しい声音で鬼っ子に語りかけた。


「この装置を使うと、見た目を操作出来る。身体能力は変わらないけれど、お前が人間と同じように歳をとらない事で不利益になるかも知れないからな、嵌めておくと良い」


「だれですか?コレをくれるんですか?」


 彼女の名前はアデライン・ブラッドロー、通称[黒魔女]だ、紫陽花からは[アデリー]という愛称で呼ばれている。彼女は何故わざわざこの世界ページにやって来たのか、それは数年後に起こりうる別の世界ページでの戦争を有利にするためだった。微笑みながら持っていたチョーカーを鬼っ子の首にカチリと嵌めると、今度は風もないのにヒラヒラと靡くドレスの袖口から四角い携帯用端末を取り出し、小さな手の上に置いて再び妖しく赤い唇を開く。


「それもお前にやろう、困った時、どうしても欲しいものがある時はソレに登録してあるヤツへ言えばいい─最後に、お前に名前をやろう。鬼っ子のままでは困るだろう」


「なまえ」


「そうだ、願いを込めた名はその者自身を現すからな、この先─何が起ころうとお前だけは守りたいものを手放すな─[リューヴォ]強き者」


 その名は黒魔女の世界ページでは[強き者]を示す言葉だった、リューヴォは瞬きを何度も繰り返し、自分に何が起こったのかを自問していた。ようやく理解した頃には、アデラインが夕闇に消えていく寸前だったが、ポカンと口をあけたまま固まっているリューヴォにニヤリと笑って、そうして今度こそ消えていった。後には、自分に起きたことが夢でないかと、頬をムニムニ引っ張るリューヴォの姿だけが残った。

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