一夏の嘘

この街は、いつだって輝いてみえる。


この街に来てから、僕はやっと自由を手にしたように感じている。都市なのに、静かな街並み、空は高く、どこまでも高く、透き通っていた。

風や光が戯れるのを喜ぶようだった。

こうして博多の街が訪ずれる。

渡辺通りを挟み、高層ビルが立ち並ぶこの街は、人が忘れてしまった優しさを運んでくる。

梨花は今日、初めて東京からこの街にやってくる。彼女の笑顔がとても好きだった。

何よりも、好きだった。

可愛らしさの中に隠れる冷静な眼差し。

美しさの中で潜む、悲しみの笑顔。

人は何故別れを繰り返してしまうのだろう。

それは、彼女に出会えたことで謎は解けた。

そう、君と出会うためだったんだ…


「ねえ、純正はどうして、本当は優しいのに、仕事の時は、クールなの?」

自分では全く気づくことがなかった、僕を彼女だけが見放さなかったと言っても過言ではない。世界でただ一人、彼女は僕の理解者だった。


タクシーを拾い、僕はキャナルシティ博多に向かっていた。

行き交う人並みは、いつも以上に多く、この街にエネルギーを与えている。

突然、僕の携帯が鳴り響いた。

「あ、梨花だ」

高まる高揚を抑えきれなかった。

「もしもし、梨花?」

「うん、そうだよ。今、私はどこにいるでしょうか?」

彼女は、今日、午後五時台の新幹線で東京からやってくる予定だった。

何故なら、午前中はマクドナルドでアルバイトをすると言っていたから…

まだ、新宿くらいかな?ふと、手元のiPhoneを見てみると、まだ午前11時だった。

「なんで、マックでバイトでしょ?大丈夫?休憩中?」

耳をよくすませば、東京の街とは違う音がする。どこだろう?

「どこ?わかんないよ。」

「ジャジャーン、博多でーす」

たぶん、からかっているのだろう。彼女の悪戯に決まってる。いつものパターンだ。

「はいはい、バイト頑張れよ。待ってっから」

「純正ホントだよ。博多なの」

一瞬、突然の出来事に頭がついてこない。

「ねえ、博多駅に着いたんだけど、どこに行けばいいのでしょーか!」

「嘘でしょ?だってバイト…」

「はっ、はーん。ビックリしたでしょ?そう、ビックリさせようかなーって思ったの。

ねえ、どこに行けばいいの?純正はどこにいるの?」

「今、タクシーで、キャナルシティ博多に向かっている」

「じゃあさ、迎えに来てよ。駅まで」

「う、うん、行くから何口にいるの?」

「うーん、そうだな…あ、あれあれ、ハンズがあるよ」

「あ、わかった。スタバがあるでしょ?」

「あるある」

「わかった。あの運転手さん、博多駅まで行ってもえますか?」

高まる鼓動を抑えきれなかった。

「わかった。待ってて、今すぐ行くから」

「じゃあさ、五秒で来て!」

そんな、彼女が好きだった…

「うっそー、気をつけてね」

もうすぐ、梨花に会える。ただ、それだけで幸せだ。東京出会ったから、まだ、一週間も経っていないのに…

太陽の熱に溶かされるような、暑い夏の日だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る