第6話 魔法とは



 ――――今より1500年前。

 

 エルフィリアは果実を豊富に実らせる大樹だった。それは年中、採ることができ、人々はその実を分け合って平和に暮らしていた。

 しかし、当時、大陸で隆盛を誇っていたグリア帝国が武力を以ってデルメニア島を支配下に置いた。グリア帝国の支配はおよそ300年続き、やがて帝国が衰退すると、台頭する別の国が戦争を仕掛け、島を奪った。その国が滅べば別の国が。それが滅べば次が。そうした血みどろの争奪戦が、何世紀にも渡って続けられた。


 時は流れ、今から約500年前。突如として現れた『魔王まおう』という強大な存在が世界に対して宣戦布告した。魔王は人知を超えた力を操り、また多くの魔物を従えて、次々と国を落としていった。人類はどんどん追い込まれ、もはや滅亡は時間の問題かと思われていた混沌の時代に、勇者は現れた。

 高い魔力を備えていた勇者は、その力を使って魔王の手下たちを次々と打ち滅ぼしていった。国を救っては仲間を集い、いつしかそれは争い合っていた国と国を繋ぎ、そして勇者は自身の命を犠牲にして、見事に魔王を討ち取った。


 しかし、世界に平和が訪れると、各国はまたエルフィリアの領有権を巡って火花を散らすようになる。

 そんな争いに終止符を打ったのが、勇者と共に戦った魔王討伐隊のメンバーの1人、カエデ=ロイヤルベルであった。再び反目する国同士に心を痛めた彼女は、自身が所属するエルフィリアを信仰する世界最大の宗教団体『フィリア教団』と結束し、デルメニア島を国として認めるよう、世界に発信した。

 魔王を討伐した英傑の1人である彼女の発言力は当時、各国の為政者をも凌ぐほどだった。また、復興に向けて邁進している国家に、他国と争う余裕は無かった。戦争を厭う世論の声もあり、世界はデルメニアを独立国として認めざるを得なかった。

 

 そうして宗教都市国家ヴェネロッテが誕生し、長きに渡る争奪戦争を終わらせた功績を認められ、カエデ=ロイヤルベルはフィリア教の新教皇、『エリエステル』としてヴェネロッテの首長となり、今日までこの都を統治し続けている――

 

 

 「――ということなのよ。だいぶ端折ったけど、理解してもらえたかしら?」

 

 温くなったコーヒーを飲み干し、リオナは言う。背凭れに寄りかかって長めの息を吐く顔には、僅かに疲労感が感じられた。

 

 「んー……いろいろとツッコミどころがあるんだが。なによりもまず、今のは500年前の話だよな? なのに、今日まで統治し続けているってのは?」

 「別に不思議じゃないわよ、教皇エリエステルは高名な魔法使いなんだから。高い魔力を持っている人はね、通常の人よりも長命なのよ」

 「魔力、ねえ……」

 

 アリスは前に置かれた小皿のフルーツの一つをミニフォークで刺し、眼前まで持ってくる。リンゴやナシを髣髴とさせる瑞々しい見た目。これにそのようなモノが含まれているとは到底、思えなかった。

 

 「皮肉なモンだな、始めは人々の平和のためにあったのに、いつしか争いの目的になったんだから。それはやっぱ、魔力の実を独占するためにか?」

 「まあ、そうね。一年中採れる作物は貴重だから。でも、本当の目的は別よ。少なくとも魔王が出現する以前はまだ魔法は確立されてなかったから。エルフィリアは人類の御神体として、デルメア湖を中心とする広い地域で信仰対象になっていた。それを手中に収めることで求心力と帝国の権威を高めようとしたのよ」

 「へえ? じゃあ魔法の歴史ってのは案外、短いんだな」


 「そうね」とリオナは頷き、テーブルに両肘をつけてやや前のめりになる。

 

 「人類が魔法を使い始めたのは中世、魔王によって世界が危機に晒されていた時代よ。最初は魔族、魔物のみの力だと思われてた。だけど、彼らと同じ力を扱える者が人間側にも出てきたの。特にデルメア湖近辺に住む人々に多いことが分かり、そこからフェアリタに魔力が宿っていることが認知されていったワケ。そして、魔王軍に対抗するために研究が進められた」

 「ふーん。……あれ? おかしいな、この果物はエルフィリアの実なんだろ? でも俺が朝あの木を見た時はどこにも果実なんて生ってなかったぞ」

 

 アリスはフルーツが刺さったままのミニフォークをリオナに向け、指摘した。今朝、地平線から顔を覗かせる太陽の光を浴びる巨大樹を花の船から見下ろした時に、件の果実らしきものはどこにも存在していなかったことを思い出したのだ。

 

 「その通り、現在のエルフィリアにフェアリタは生ってないの。これらはデルメニア島に自生する木から採ったもの。記録では、エルフィリアに実が生らなくなったと同時期にフェアリタをつける木が島のあちこちで生えてくるようになったらしいわ」

 「島のあちこちに……」

 

 リオナの返答を聞いて、アリスは再び記憶を辿る。確かに街の郊外には果樹園らしき森林地帯がいくつもあったし、都市部にも緑は見受けられた。

 

 「でも、なんでエルフィリアは実をつけなくなったんだ?」

 「んー、私も詳しいことは分かんないんだけど、一説によるといつまでも争いを止めない人類に失望して実をつけなくなった、と言われているわ」

 「なんじゃそりゃ。まるで木に意思でもあるかのような言い方だな」

 「あるのよ、それが」 


 アリスは笑い飛ばしながら言うが、リオナは至極まじめに反論した。

 

 「エルフィリアは人類が管理しなくてもほぼ無限に果実を生み出していたけど、他の木はそうじゃないの。栄養、立地、時期、環境、太陽や月の光、ありとあらゆるものが成長する要因となり、枯れる原因になる。それは木によって様々で、通常の生育法じゃあまともに育てることができないの。フェアリタはヴェネロッテにとって重要な主力産業。だからそれら果実をつける木――総称『虚露木ロリエット』を専門に育てる職業が必要になった。それが『樹導師ジリエルダ』」

 「樹導師、ねえ……」

 「虚露木はデルメニア島の固有種で、この島にしか生えない。そのため樹導師はヴェネロッテのみの特別職。この国の国籍を持ち、フィリア教に所属する魔法使いしか受験資格が与えられず、その試験も非常にシビアと聞くわ。確か樹導師は現在、100人もいなかったはず」

 「そりゃあ少ねー……のかな? ちなみに、毎年何人受けての話だ?」

 「毎年とか、そんな話じゃないのよ。試験は教皇庁が執り行っているんだけど、合否がいつに出るのか分かんない。だって植物を育てる職業なんだから。そうして長い年月をかけていくつもある厳しい試験を乗り越えた者が、フィリア教の総本山、ルミエステ大聖堂にて、教皇から勲章と称号を授与されるの。で、その人たちが言ってるのよ。木には意思があるんだって。その意思を読み取り、虚露木を正しく導いていくことが我ら樹導師の使命なんだって」

 「ふーん…………いまいち釈然としねえが、魔法なんてある世界に理屈とかそんなもん求めたらダメだわな」

 

 まるで熱の無い言葉を連ねたアリスは、ようやくミニフォークに刺したままのフルーツを口の中に放った。良い具合に弾力のある果肉を噛み締めると、唇から溢れ出さんほどの汁が放出され、つい口を手で押さえる。

 果汁は薄く、どこか梨のように清々しい。アリスはそれを丁寧に砕いた果肉と一緒に飲み込むと、再びフォークをリオナに向けた。

 

 「で、さっきから当たり前のように出てるけどよ、そもそも『魔法』ってなんなんだ? この果物に含まれる魔力を使う、ってのはなんとなく予想はつくが」

 「魔法……ね。改めて問われるとなんとも表現にしがたいわね。この世界の人は魔法があることを常識としてるから、それを全く知らない人間にねえ……」

 

 リオナは両腕を組み、眉間に皺を寄せて悩み始める。空になったカップにコーヒーを注ぎ、熱いそれを一口飲み干した後、やおら切り出した。

 

 「定義はともかく、今は基本的なことだけ言っておきましょう。魔法にはね、無から物体や現象を発生させる『事象じしょう発現法はつげんほう』と、既存の物質や条理に干渉する『質量しつりょう作用さようほう』の二つがあるの」

 「じしょーはつげんほーとしつりょーさよーほー……?」

 「えーーーんーーー、要するにね」

 

 リオナは右手を掲げ、指を弾いた。その直後、弾いたリオナの人差し指の上に小さな火が発生する。

 さらにリオナが火に左手を翳すと、火は左手の向きに合わせて自由に宙を飛び回った。

 

 「分かる? 私が火を生み出したのが事象発現法。で、今こうやって火を動かしているのが質量作用法」

 「ああ、なるほど」

 「ホントはもう一つ、『空間くうかん断定法だんていほう』というのがあるんだけど、それは疾うの昔に廃れたから、実際はこの二つに大別されるわ」

 「へー。っていうか、ナチュラルに火ぃ出したけどお前も魔法使いだったんだな」

 「んーー、まあ広義的にはそうね。一応、学校も出てるし」

 「魔法学校的な?」

 「的な」

 

 アリスの相槌にテンポ良く応え、リオナは一つ、咳払いする。

 

 「んんっ、とにかくそういうものなの。魔法は確率、決められた方程式によって生み出される、未来の選択肢の一つを引き寄せる力」

 「方程式? まぁたややこしい話になってきたな」

 「式自体はものすごくシンプルよ?

 

          その魔法を行使する術者の素質および環境その他要素 

  魔法の成立 = ―――――――――――――――――――――――――――

              魔法によって起こりうる現実

 

                                  だから」

 「わっかりっづれー」

 「んー……具体的に言うと、例えば私がこの国を滅ぼすとするでしょ?」

 「例えが恐ろしい」

 「うっさい。で、滅ぼす定義を《存在そのものの消失》とした時、それを魔法で行うとしたら、私はこの国、というか島か、島全体を完全に蒸発させるほどのエネルギーを生み出さなきゃならない。それって凄まじい量でしょ?」

 「…………んー、つまり、それが『魔法によって起こりうる現実』ってワケか?」

 「その通り! この場合は分母の値が分子の値を大幅に上回ってる状態なの。確率にして0.0000~~~~~001%。要するに、現時点での私1人での能力では実現する可能性が限りなくゼロである魔法、ということよ」

 「ということは、上の値を大きくすれば……?」

 「おお、分かってきたわね? そう、魔法の研究とはすなわち、そこ! 魔法使いの力量や素質、そして魔法を行う際の場所や時間という主体値に様々な外的要素の《X》を掛け合わせ、分子の値を分母と等しくすることができれば魔法は成立する!」

 「分かっちまえば極めて当然の話だ。その魔法を実現させるにおいて、実現させるだけの力があれば、それは実現できる、ってことだからな」

 

 床に辛うじて届くくらいの足を組んで、アリスは満足げに頷く。

 リオナはそんなアリスに喜色を浮かべ、そして頭上を仰いだ。その体勢で緩やかに動かす腕は、まるでオーケストラをいざなう指揮者のよう。

 

 「未来は、私たちでは決して知ることなどできない一秒後の世界。ゆえに、無限。現在という幹から、まるで無数に枝が伸びていくように未来は広がっている。その中にはきっと、想いを現実のものにしている未来がある。魔法は、その未来を現在の一秒後に引っ張ってくる力なの」

 

 甘美な声を淡々と連ね、そうしてリオナは顔を下ろし、アリスを煌く瞳に宿した。

 

 「魔法が確立されてから、多くの魔術師が己の思い描く魔法を実現させようと研鑽を重ねていった。今日の魔法学は、そんな人たちの努力によって支えられている。私がさっき使った火の魔法もそう。たかだか指先に点る程度の火を出すのに、何十年もの月日を費やした。そうして完成された魔術式は、さらに多くの魔術師の努力によって簡略化され、今や魔法を習う全ての人が楽に扱えるようになった」

 「なるほどなぁ。ってことは俺でも魔法は使えるってことか? ちょっと教えてくれよ」

 「無理よ」

 

 アリスの請願は、リオナにすげなく断られる。

 

 「なんだよ、いいじゃねえか。とりあえずできるかどうか試したいんだよ。今後のためにもさ」

 「別に意地悪で言ってるんじゃないのよ。ダメなの、教えたら。他者に魔法を教えることができるのは教員資格のライセンスを持っている魔術師だけだから」

 「そうなのか? だったらしょうがねえか…………あ、ならさ、教科書みたいなモンはあるか? 独学でやるからさ、いいだろ?」

 「いいワケないでしょ、このバカ! なんのためにライセンスがあると思ってんのよ!」

 

 リオナは吐き捨てるように喚き、アリスに人差し指を突きつけた。

 

 「あのねえ! 魔法ってのはさっき見たとおり、火とか簡単に出せるのよ? もし魔術書なんて代物がそこらへんにあって、それを善悪の判断がつかない子どもや、危険な思想を持つ人間が手に入れてみなさい? どんな悲劇が起こるか簡単に想像つくでしょ!」

 「お、おう……でもお前、たったいま俺に魔法のことを教えてたじゃねえか」

 「教えたのは知識であって、技術じゃない。人の殺し方を教えても罪にはならないけど、人を殺すように誘導するなら殺人教唆で罪になるでしょ? そういうこと」

 「例えが恐ろしい」

 「うっさい。そのため、魔法は基本的に師資相承ししそうしょう。もし、弟子が何か問題を起こしたらそれは師の責任。だから師匠は己の奥義を伝授する相手をよく選ばなきゃならないの。もちろん、そういう人たちが認めた魔術書もあるだろうけど、そういうのはまず秘蔵されていて一般人が触れられるような所にはない! 分かった?!」

 「う、うい~っす……」

 

 リオナに遣り込められて、アリスはしゅんと椅子の上で丸くなった。

 それまで2人のやり取りを岡目していたリリィは、アリスの姿に少しだけ苦笑し、閉じていた口を開く。

 

 「魔法って見たり聞いたりしたら使ってみたくなるよね。わたしもそうだったもん。わたしは学校に行ってないから、だから気持ちが分かるなあ」

 「お前は魔法使いじゃないのか?」

 「うん。あ、そうだお姉ちゃん。せっかくだから魔力まりょくしょくを調べてあげたら?」

 

 リリィは両手を叩き合わせ、リオナに提案する。途端にリオナは眉を顰めた。

 

 「えー? なんでそんなことを?」

 「いいじゃん、ついでだよ。魔法の説明にもなるでしょ?」

 「んー…………じゃあ、持ってくる?」

 

 リオナは立ち上がり、渋々といった様子で食堂を出て行った。

 階段を上がっていくリオナを目で追うアリスは、彼女が視界から消えた後、リリィに顔を向ける。

 

 「なんだ? 魔力色だって?」

 「あ、今のうちに説明しとくね。魔力色というのは字の通り、魔力が持ってる色を指すの」

 「魔力の色? 色って赤とか青とかの?」

 「そう、それ。あのね、魔力ってね、本来は人間は持ってなかったらしいの。フェアリタを何世紀にも渡って食べてる間に、体の中に蓄積されていったんだって。それでね、魔力は人によって異なる色を持ってるの。フェアリタは何十種類もあって、幼少時からどの種類のものをどれだけ食べたか、それに両親の持っている魔力色とか成長環境とか、そういうので決定するんだって」

 「決まったらどうなるんだ?」

 「それも魔法を使う上で重要になるみたいだよ? お姉ちゃんが言ってたけど、色によって得意な系統や苦手な系統があるみたいだし、さっきの方程式の分子にも関係するんじゃないかな。色はある程度の年齢になると固定されるから、魔法使いの親の中には子どもに決まった実しか与えない食育方を実践してるところもあるんだって」

 「ほーん。それを今から調べるってワケか」

 

 話している間にトントンという足音が階段の方から聞こえ、包みを持ったリオナが食堂に帰ってくる。

 

 自分の椅子に座ったリオナは、包みを覆う紫のハンカチを解き、現れた桐箱の蓋を開けた。

 箱の中には、木屑に守られる布に包まれた球体があった。その屑を払い、何十に巻かれた布を慎重に剥ぎ取ると、現れたのは透き通る大きな水晶玉である。

 

 「ほぉー、こりゃすげえな」

 

 アリスが感嘆の声を漏らすと、リオナは得意げに胸を張った。

 

 「でしょ? 私たちの宝物よ。これほど見事な水晶はそんじょそこらにはないわ」

 「確かに……で? この水晶で何を?」

 「これに魔力を込めるのよ。それで魔力色を見ることができるわ」

 

 「こんなふうに」と、リオナは徐に水晶に両手を翳した。すると、透明な水晶玉の内部に黄色の結晶が生まれ、強く発光を始める。

 

 「ね? つまり私の魔力色は黄色ってワケ。ちなみにリリィは水色ね」

 「ね? と言われても、俺はその魔力を込めるそのやり方を知らんのだが」

 「簡単よ、誰もが一度はやることなんだから。ほら、両手を出して」

 

 リオナは腕を戻し、今度はアリスがおそるおそる水晶玉に両手を翳す。

 

 「リラックスして。体から力を抜くの。目を閉じて、ゆっくり深呼吸してみて」

 

 言われるまま目を閉じ、暗闇の中で呼吸を繰り返す。

 

 「イメージするの。自分の姿を。あなたの目の前にはもう1人の自分がいて、あなたはその人にどんどん近づいていく」

 

 暗闇の中に、もう1人の自分が現れる。それは生前の自分ではなく、瞑目するブロンドの少女であることに些かの違和感を覚えながら、ゆっくりと視界を彼女に近づけていく。

 

 「どんどんどんどん近づいて、やがて肌が触れ合って、そしてあなたはその中に入っていく。深く、深くへ入り込んでいく」

 

 少女との距離は瞬く間に狭まっていき、そして彼女を突き抜けて、尚も視界は闇の中を直進していく。



 ――ゾワリ、と全身を貫く悪寒。


 

 いつしか浮遊感が意識を支配した。 

 奥へ、奥へと自由落下していく感覚。

 声は出ず、体は動かず、分厚い綿の中に沈んでいくかのような抵抗感のある空気を引き裂いて、意識はそれでも途切れず、なのにありとあらゆる感覚が剥がれ落ちていく。

 このまま自分はどこへ行くのだろう。

 そんな疑問すらも薄れて、自分という存在が小さく硬く、一つの塊に圧縮されていく心地よさ。

 

 

 虹色の海が広がっていた。

 

 

 頭を下げたのか、目を動かしたのか、意識を向けたのか、定かではない。

 闇の向こうのそのまた向こうを満たす、見渡す限りの色の海。

 『魔力』――そう確信したのは、紛れも無く直観である。

 

 

 「――はや――――て―――――」

 

 

 意識はまもなく海の中へ突入する。

 瞬間、頭の中に響くノイズと同時に、全身を途方も無い衝撃が貫いた。

 


 『うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?!?!?!』


 「なに――――よ――こ――まじゃ――――ダ――」



 海は獲物を待ち侘びた肉食獣のように群がり、全身を内側から破裂させんばかりの力の暴風に悲鳴を上げる。

 その恐怖と絶望の中心で、アリスは、見た。

 何もかもが虹色に染まる光の世界の果てに佇む、後姿。

 

 

 「起き――――はやく! アリ――――!」


 

 次第に大きくなるノイズ音が反響する中で、その人物がゆっくりと振り返る。

 地面まで届きそうなほどに長い蒼の髪を優雅に流す、美しい女性。

 

 

 『おま、えは――――!』

 


 その女性が微笑んだ瞬間、


 

 「アリス!!! 目を覚ましなさいアリスっっ!!!」

 「――――――っ!」

 

 アリスはハッと瞼を開いた。

 しかし、視界を埋め尽くす虹色は消えず。

 

 「なん、今のは……っ?!」

 

 そして、食堂内で発生している異常事態にアリスは気付く。

 両手を翳している水晶玉が強烈な虹色の光を放出しながら激しく振動し、耳鳴りを起こすほどの高音を奏でていた。

 それは今にも内側からはち切れそうで、


 「なっ、なにが――――」

 「バっ、集中を――――」


 リオナの叱声は最後までアリスに届くことなく――――

 

 


 水晶玉から放たれるさらなる強烈な虹色の光が、全てを呑み込んだ。

 






 

 




 



 

 

 

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