第32話 惑星ファニール

 そして次の日、ついに出陣当日がやってきた。以前と同じ、四代城下広場には六千の兵が集まっている。既に最前線の近重城にいる兵を合わせれば、合計で一万の大軍となる。


 徴用された兵の数は前回よりも増えたワケだったが、皆の士気は以前よりも高かった。先の戦に負けてしまった後の苦しみを、民衆は知ってしまったからなのだろう。それに、特に三区にいた者は住む土地を失い、食い扶持がなく現在ギリギリの生活を送っている。そんな戦う以外に道をなくしてしまった志願兵も多く存在した。


 しかし雅達一行は完全武装し、準備を終えたものの、なかなか四代城を出られないでいた。


 この戦の要となるリオンの姿が見えないからであった。天守の広間で緊急の会議が開かれた。


「杏、一体どうなっておる。リオンはバッテリーとやらを取りに船に戻ったのじゃろう」


「……分かりません。リオンはギリギリまで修行をしたいとは言っていましたが」


「しかし、さすがにこの時間までやって来ないというのは……」


 すると、その場にいた元三区の大名が話に割って入ってきたのだった。


「雅様、このままいつ来るかも分からない者を待っていて宜しいのでしょうか。もしや奴は今更になって怖気づいたのではありませんか。前回の戦もそうでございましたよね」


「それは違います!」と、杏はとっさに反論する。その勢いに三区大名は少しのけ反った。


「リオンは先の戦の時は修行が不十分だったのです! そのあと一騎で六城に突っ込んでいったのですよ! やつが今さら戦に臆するなどありえないと断言できます!」


「だ、だとしたら、一体なんでやって来ないのかね……」


 そう尋ねられると杏は口ごもってしまう。本当にリオンはどうしてしまったのか。


「リオンと朧月、その存在の有無で、この戦の勝率には雲泥の差が出てしまう。リオンがいる場所が分かっているのであれば、迎えをよこすしかあるまい。誰か足の速い兵を……」


 雅がそう提案すると杏が「私が迎えに行きます」と宣言した。


「じゃが……杏、お前は部隊長であるぞ。お前までいなくなられては……」


「しかし雅様、リオンがいる場所は、私以外の者に出向く事は不可能なのです」


 今この場でリオンの居場所や宇宙服の着方、居住地の外に出る方法などを誰かに伝え託すのは杏にとって極めて不安だった。杏の真摯な眼差しに雅は納得したようだった。


「そうか……そうじゃな。では杏、お前が行ってまいれ。我々は予定通りの時間に出陣する事にしよう。近重城で待っておるぞ」


「はっ。必ずリオンを連れて参ります」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 杏は自室に置いてあった宇宙服に着替え、リオンの元へと駆けていった。


 そして一時間後、杏は一人で外門を抜け居住地の外へと出た。船に向けて歩いていく。


「なんだ……?」


 途中、杏は異変に気付いた。どうやら船に損傷があるようだった。大きな穴が開いてしまっている。一体何が起こったのか。これは毒の空気が船内に入ってしまっているという事だ。焦り、こけそうになりながらも駆け寄って穴から中を覗き込む。すると席にリオンの姿が見えた。


「リオン!?」


 声を掛けたが返事はない。ハッチを開けて中へと入る。恐る恐る足を進め、回り込んでリオンの顔を覗き込む。するとリオンはフードを被ったまま目を瞑って動く様子はなかった。


「リ、リオン! 大丈夫か! しっかりしろ!」


 リオンの肩を掴んで揺するが目覚める事はない。その時、イコのアバターが姿を現した。


「イコ……リオンはどうしてしまったのだ。息はあるようだが。寝てるのか?」


 ちらりと見ると、もう一つの縦に割れた操縦席のひじ掛けにイコの姿があった。


「リオンは今自分の殻に引きこもってるわ」


「殻に? ……一体何を言っている」


「あなたは仮想世界に入ることは出来ないけど……そうね、雪丸の修行の時のように疑似的にホログラムで再現しましょうか。船の外に出て」


 言われて杏はよく分からないまま宇宙船の外に出る。そこから更に指示され、数十mほど先まで歩いた。そして次の瞬間だった。いきなり杏のいた場所が別世界へと切り替わった。


「こ、これは……」


 案は思わず周囲を見渡す。それは超先進的文明都市の街の様子だった。


 その時、イコのアバターが杏の横に姿を現し言った。


「これはリオンの故郷、惑星ファニール。その都市部よ」


 そこでは天にまで届くような高層ビルが立ち並び、箱型の物がその隙間をビュンビュン飛び回っていた。建物の側面には何かの商品と思しき映像が派手な演出と共にどんどん切り替わっていく。地面を歩く人々は奇抜な服装に身を包み、何か見えないものと会話をしているようだ。


「し、信じられん。何もかもが私の想像を超えてしまっている。これがリオンの住んでいた神々の世界? こんな場所が外の世界には存在するのか……」


「えぇ、これはそれを再現しているだけで本物ではないけどね」


 イコの言葉に杏は「何を言ってる?」と眉根を寄せる。


「仮想空間。幻のようなものってこと。リオンがいる場所はあっちよ。行ってみましょうか」


 すると、杏はその場に立っているだけだったが、背景がものすごいスピードで移動を始めた。


 思わず杏は「わっ」と声をあげ、たたらを踏む。


 建物や人の姿をを突き抜けていき十数秒、背景はやっと動きを止めた。


 そこは先ほどよりは都会ではない、低層の一軒屋が立ち並ぶ住宅街のようだった。


「あの家よ。あの中にリオンがいる」


 イコは道の向かいにある家を指し示す。杏はそちらに向けて移動した。そこは周囲と同じような一軒家の一つで車庫には数台の車、そして広い庭にはプールまである。


 杏は家の前へと立った。すると、窓越しにリオンの姿が見えた。その他にも三人の姿が。あれはもしかしてリオンの家族だろうか。四人は食卓に座り、幸せそうに談笑していた。


「リオン」と杏が話しかけても反応がない。ガラスに手を触れると指がすり抜けてしまった。


 イコに「そのまま中に入ったら」と言われ、杏は壁をすり抜けて家の食堂へと入った。


 そして「リオン」と改めて呼びかける。するとリオンはやっと杏に気づいたようだった。


「杏……? なぜここに。あぁ……イコが疑似的に中に入らせてるんだな」


「お兄ちゃん。この人誰……?」


 するとリオンの隣に座る白に近い金髪で華奢な少女が首を傾げてリオンを見た。


「……ヘレン、少し待っていてくれ。お兄ちゃんはこの人と少し話をしなくちゃならない」


「そっか……うん、わかった」


 杏はリオンに案内され、部屋を移動した。そこはリオンの自室だろうか。モノトーンの配色の家具が並んでいた。リオンは窓辺に立ち、外の風景に目を向けている。


「お茶も何も出せなくてすまないな。椅子はあるけど、座れないから気を付けてくれ」


「……リオン、こんなところで何をしているのだ」


「何って、別に。普通に生活してるだけだけど」


「……こんなまやかしの中でか?」


 リオンはその言葉に返事をしない。だがピクリと眉根を動かしたようだった。


「我々の軍は城を出た。戦はもう始まってしまったのだ。お前がいなければ勝てる戦も勝てなくなってしまう。早く加勢にきてくれ」


 するとリオンは、ふぅと一度ため息をついてからやっと口を開いた。


「杏……話さなくてはならない事がある」


「……なんだ」


「俺はな、別の星からやって来た、お前達からすれば宇宙人って奴なんだ」


 その言葉に案は顔をしかめ「うちゅう……じん?」と復唱した。


「この再現された空間はお前のいる大地と地続きじゃない。俺はその空の上、ずっとずっと果てしなく遠い先にある惑星ファニールからやってきた」


「空の上……だと?」


 杏は頭をかしげ、半分理解出来たような出来てないような顔をしている。


「俺とイコは仕事で別の惑星に派遣されててね。三年ぶりに故郷であるこのファニールに戻る途中だった。でも、そのワープ航行中、プラズムって化物になぜだか襲われ、そして船のエネルギー源であるコアを奪われた。そしてそこからワープ航行を諦めざるを得なかった俺達は、唯一たどり着けそうで、更にコアの反応があったお前達の惑星にまでやってきたって訳さ」


「……それで?」


「そして目的のコアは朧月や火焔のようなお前等が神刀と呼ぶ武器の中に入っている。だから俺は秀隆を倒し、奴の持つ武器を手に入れるためにこれまで頑張って来た」


「……だから、一体何だというのだ」


「杏……分からないのか。俺は神の使いでもこの国の守護神でもない。そんなの大嘘だったんだよ。俺が戦っていた理由はこの妹や両親のいる故郷に帰るため。ただそれだけだったんだ」


 リオンは踵を返し横目で杏を見た。


「そして今の状況を考えてみろ、宇宙船が破壊されてしまった。そしてこの環境では修理する事は出来ない。つまりもうファニールへ帰る手段がない。だったらもうコアなんてどうでもいい。俺は戦う理由を失ったんだ……秀隆を倒し、刀を手に入れたところで何の意味もない」


 その言葉に杏は「なっ……」と目を見開いた。


「ここでは体感速度を500倍まで引き上げる事が出来る。つまり、ここなら一生分の時間をファニールで暮らす事が出来るだろ? だったら、それも悪くない……なんて思ってさ」


 リオンのその態度に、次第に杏の顔は驚愕から憤怒の形相へと変わってきた。


「なんだと……リオン」


 杏はリオンの元までズンズンと歩み寄り、その胸倉をガシリと掴んだ。おそらくイコが触る事を有効にしたのだろう。質量はないので随分簡単にリオンの体は持ち上がってしまう。


「お前は何を言っているのだ! だから戦いに現れなかったのか! だからこんな所でまやかしの中に浸っているのか!」


 リオンに抵抗する様子はない。杏はリオンを真っすぐに睨み付ける。


「ふざけるなッ! この戦いはお前が始めたと言っても過言ではないだろう! それを今更お前の勝手な都合で降りるというのか! 無責任な! 私はお前がいたから……! お前がいたからこそ、ここまで頑張ってこれたのだぞ! 希望を持ち続ける事が出来ていたのだぞ!」


 杏の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 しかしリオンはそんな間近で訴える杏から目を反らし、気怠そうにつぶやき始めた。


「杏……俺の立場になって考えてみてくれよ。雑賀、根来。この二国は一体何が違う? お互いの利益のために争っているだけじゃないか。俺からすれば誰も知らない宇宙の果てで起こっている小競り合いに過ぎない。どっちが勝ったとしても同じだよ」


 杏はその言葉にギリリと歯を食いしばった。


「……そんな事言ったら全ての争いはそうだろう! どんな規模で起きている戦いだとしてもだ! 結局、そこに支えたい人がいるかどうかなのだ! だから、その人のために我々は戦っているのだ!」


 その言葉にリオンは何の反応もなく黙り込んでいる。


「……お前には雑賀で大切だと思えるものは何も見つけられなかったということか」


 杏はリオンの服を放してしまった。リオンはそのままドサリと傍にあるソファーに倒れ込む。


「……本当にそうならば仕方あるまい。戦は我々だけで何とかするしかないようだな」


 杏は踵を返して部屋の入口に立っていたイコに目を向けた。


「イコ、もういい。こんなまやかし一刻も早く消してくれ。生ぬるすぎてイライラする」


「……分かったわ」


 杏は最後にリオンに視線だけを向けて言った。


「リオン、もう会う事はないのかもしれぬな。……さらばだ」


 次の瞬間、杏の前からリオンやイコ、家の姿は消え、赤い荒野だけが広がっていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 杏は一度四代城まで戻ると再武装し、ヨンロク門を抜け、その日の夜に雑賀の前線基地である近重城へとたどり着いた。まだそこから雑賀、根来共に動きはない様子である。


 腰を休める兵達の間を抜けていき、城中心部の屋敷に案内され、中に入る。するとそこには一つの卓を囲うようにして各区大名達が座っていた。杏は雅を前に片膝をつけ頭を下げる。


「おぉ、杏。リオンは一体どうじゃった」


「申し訳ありません。……リオンを連れてくる事は叶いませんでした」


 その言葉に大名たちがざわつく。雅は「どういう事じゃ杏」と問いただした。


「リオンには会う事は出来ました。しかし……もう駄目なのです。奴は完全にやる気をなくしておりました。もう、この場にやってくる事はないでしょう」


 そして杏は事のいきさつを雅達へと話したのだった。リオンが守護神なんて話は嘘で、目的は二つの神刀を使用し、遥か彼方の故郷に帰る事であったこと。そして朧月は既に分解されて、あのまやかしを再現するために使用され持ち帰れなかったこと。


「なんて奴だ。大詐欺師ではないか」「我々はそんな輩をこれまであてにしていたのか……」


 愕然とした雰囲気が場を支配する。そんな時、雅が「聞け、皆の者」と声を上げた。


「文句ばかりを言うても仕方ない。我々はどんな状況であれ戦に勝つよう尽くすだけじゃ」


「しかし……リオンなしで秀隆を討ち取る事など可能なのでしょうか。秀隆は先の戦で、何十もの兵を鬼のような強さで返り討ちにしたと言いますが」と、赤虎が雅に口を挟む。


「あぁ、それに関しては問題ない。十で駄目なら百、百で駄目なら千の兵を秀隆一人に向ければいいだけじゃ。秀隆を討ち取るはずであったリオンとて五百の兵を相手にし、刀傷を負ったのだという。それを越える兵をぶつければ奴もいずれ膝を折るはずじゃろう」


 確かにそう考えれば秀隆打倒は可能かもしれない。しかしその作戦は秀隆一人にそれだけの犠牲を出さなければならないという事である。淡々とそう述べる雅に、大名たちは息を飲んだ。


「それより今、一番の問題は時間じゃ。秀隆を討つ前に、根来の地での反乱がおさまり、敵の援軍が来てしまえば、我々は六城と援軍の挟み撃ちとなり、この六区から敗走してしまう可能性が高い。そうなれば、あとはその勢いのまま追撃され殲滅させられてしまうやもしれん」


「確かに……我々は、以前の支配された時、武器なども一部奪われておりますからな……」


「うむ。リオンが戦に参加しないとなれば、いつまでもこの城に留まっておく道理はない。明朝より六城に向け進軍させる。敵援軍が来る前になんとかして六城を攻め落とすのじゃ」




 次の日の明け方、雑賀軍は近重城を離れ、昼には秀隆のいる六城を取り囲んだ。


 六城に籠城する根来の兵は三千。それに対し、雑賀の兵はその三倍を超える一万だ。圧倒的な兵力の差。これならすぐ、簡単に責め落とせる……なんて事はないのであった。


 無理に城に近づけば、矢が雨のように降り注ぐ。虎口の前に向かえば壁の隙間から槍が飛び出し、籠城している側が別の虎口から奇襲を仕掛けてくるなんて事もある。例え門を一つやぶっても、籠城側からすれば、その一か所に攻撃を集中しておけばいい。それに一つの郭を取られても、更にもう一つ内側の郭に移動してそこでまた立て籠ればいい。同じ城であっても、近重城とは攻略難易度に大きな差があった。これでは落城までに数週間かかっても不思議はない。


 いつ来るか分からない根来の地からの援軍がきてしまえば雑賀軍の敗走は濃厚だというのに。


 どうにもならないイライラと焦燥感が雑賀の兵達の間に積もっていった。




 そしてそれから四日後。


「おそらく明日には根来からの援軍がこの六区へと進軍してくるのではないかとの報告です」


 六城から少し離れた山の麓、そこに陣を張っていた雅は、根来の地から早馬で駆けてきた家臣からその伝令を受けたのであった。


「そうか。思ったよりも早かったな……」と、雅は腕を組み、難しい顔をする。


「して雅様……我々はしばらくこの場を離れていたので分からないのですが、このあとどのように対応されていくのかは、決まっておられるのでしょうか……」


 援軍がここまで来れば根来の敗走は必須だと言われている。そして六城攻城はまだまだ終わりそうにない。その現状を考えてか、やってきた家臣は絶望にも近い表情で雅の顔を見上げる。


「うむ、決まっておる。ここから三千の兵を出し、三原の谷にて援軍の撃退を行う」


「え……三千……ですか」


「あぁ、六城周囲の兵が少なすぎても籠城する敵に反撃されるからな。それが限界の数じゃ」


「し、しかし援軍の数は七千とも八千とも言われております。二倍以上の差があっては……」


「案ずるな、既に手は打ってある。……時間はなさそうじゃな。今すぐ出陣の準備をせよ!」


 雅の号令により、雑賀の軍は動き始めた。そして赤虎を隊長、杏達数名をを副隊長として部隊を組み、三千の兵が三原の谷へ向かっていったのだった。


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