朋友への密やかな傾慕

石燕 鴎

第一話

-恋愛なんてはっきり言って嫌いだ-そう彼女は常々ぼくに言っていた。彼女は化粧はしないし、制服の下にジャージを履いて大股を開きながら男子女子関係なくみんなと大笑いをしていた。そんな女の子だった。ぼくは彼女と違い大変に地味である。彼女は幼馴染みで高校まで一緒だった。高校生だったぼくらは常に行動を共にしていた。授業中のみならず私生活では自転車を漕ぎ、色んな所に行った。ハンバーガーを食べながら、ポテトを半分こしたり、側から見たら付き合っているように見えたかもしれない。でも彼女からしたら、その行為は「恋愛感情のない、遊び相手」であったとぼくは想っていた。

ある高校2年の冬、図書室で受験のための志望校選びをぼくはしていた。彼女は不意に背後から現れてにんまりとぼくの持っていたラインマーカーを取り上げた。

「それ、返してよ。どこが重要かマーキングしてんだから。」

彼女はにこにことしながらぼくから取り上げたラインマーカーをくるくる回している。

「そんなことする必要ないのよ。あなたは私と同じところに行くんだから。」

ちなみに彼女とぼくの偏差値は少なくとも10は離れてる。同じところに行くには相当な努力をしなければいけない。彼女の夢は薬剤師なのだ。

「同じところに行けるわけないだろ。ぼくは君よりはるかに頭が悪いんだ。」

ぼくが自分の髪をくしゃくしゃと掻くと彼女は微笑む。今度はラインマーカーを指で扱き始めた。

「じゃあ、私と勉強すればいいじゃない。これから放課後図書室集合ね。その日その日の課題をクリアできたらご褒美をあげるわ。」

ともあれ、腐れ縁の幼馴染みと放課後に勉強をすることとなったのである。最初は出される課題が阿保みたいに難しく、彼女にお仕置きをされる日が続いた。ぼくは中学生の頃、詩人になりたかった。中学生の頃に書いた恥ずかしい詩を朗読させられたのだが、彼女は何故そんなものを未だに持っていたのだろうか。不思議であるが聞くと怒りそうなので、やめておいた。何日か続けていくうちに、段々と彼女の課題も解けるようになっていき、ご褒美に帰路でポテトを何本か摘むことを許可されるようになった。

そんな日々が続いていたある日、クラスのトモガラ(彼女はこう呼んでいた)がニヤついた笑顔でぼくに話しかけてきた。バスケ部の主将でそこそこ顔も良い男である。

「最近というかずっと××と一緒にいるよな。お前が独占してるのズルくないか?連絡先とか知らないのか?」

ぼくは彼女を独占しているつもりなんぞないし、連絡先は彼女が「あんな面倒くさい連中と連絡先交換するのがめんどくさい」という理由でクラスのトモガラに教えていないのである。因みにぼくは携帯を買ってもらった時に彼女も一緒にいたので勝手に交換されていた。ぼくは普段クラスの連中に無視の様な扱い-所謂高校デビューに失敗した-をされているのでめったにクラスメイトとは話さない。ぼくはクラスで約何カ月ぶりに口を開いた。

「幼馴染みだから仲良いけど、連絡先とかは教えてもらってないよ。みんなの方が詳しいと思うけど」

なぜぼくはこんな回答をしたのだろうか。普段クラスの騒音の中心地にいる彼女の過去と連絡先を知っている。自分の中にちくちくとする安心感があったことを自分でも認めたくなかった。彼女は恋愛が嫌いでみんなと騒ぐのが好き。ぼくはただの幼馴染み。放課後一緒に勉強してるだけ。そんな関係だと想っていた。

その日の放課後の勉強会でぼくはさっぱり課題を解くことができなかった。彼女はペンをリズミカルに机に叩きながら「今までの応用よ。なんでできない?」と不愉快そうに言った。ぼくは先程からずっと悩んでたこと彼女に言うか言わないか迷っていた。彼女は面白くなさそうに「なんか悩みとかあるんだったら言いなさいよ。」とぼくに言った。でも、おそらく、きっと、この胸の内を明かしてしまえば今までの関係ではいられない気がする。関係が変わるのが、今までの心地よい空間が消失するのが怖かった。ぼくは出来るだけ口角を上げ、なるべく穏やかに「なんでもない。ちょっとだけ調子が悪いだけ」と一言だけ言った。そうすると、彼女はすぐさま立ち上がり「帰りましょ。今日は勉強なんて出来ないわ」とぼくに告げた。ぼくは彼女の心象を悪くしたと思い少し凹んだが今は勉強に集中することが出来ないのも事実である。彼女に合わせて帰ることにした。

2人で帰路につく。彼女はぼくの自転車を押す速度に合わせ歩いてくれた。彼女は今日あったことを笑い話として話して1人で笑っているがぼくは全く笑えなかった。どうして彼女はこんなに明るくて、一緒にいて楽しくて、でも恋愛が嫌いで、年頃の女の子にしては珍しく子だ。でも何故恋愛が嫌いかはずっと一緒にいるのに教えてくれない。18年も一緒にいるのに、ドーナツの穴の様にぽっかりと中心が空いた彼女しか知らないのだ。一緒にいるのになんだかとても寂しくなってきた。普段一緒にいて気にならなかったことが胸の奥で洪水の様に暴れ出してきた。この感情は今まで彼女に対して抱いたことのないものだと思う。

そんなことを考えているとまた彼女の恋愛批判が始まった。クラスのトモガラの誰某が付き合っていて仕様もないとか、あんなことに貴重な青春時代を捧げて20代になれば好きじゃなくて条件で他人と付き合うことになるし等々である。普段は聞き流しているだけだが今日のぼくは違った。

「ねぇ。なんで××は恋愛が嫌いなの?親でも殺された級に嫌いだよね。」

彼女はぼくに合わせていた歩調をぴたりと止め、立ち止まった。ぼくと彼女に少しだけ隙間が生まれた。××は俯きながら自転車のハンドルを強めに握った。

「私の恋は実らないからよ。結実しないことに恨みがあるからよ。」

彼女にも思いびとがいたらしい。そんなこと18年一緒にいて知らなかったし、そんな素振りも見せてこなかった。ぼくはなんだか心の隙間が埋まる気がして聞いてみた。

「初耳だよ。誰なんだいじゃじゃ馬さんの思いびとは」

「地味で誰とも関わらずをよしとして、誰かが側にいないとなにも出来ないくせに独りぼっちな女の子よ。貴方よ。貴方が好きなのよ。」

ぼくの時が止まった気がした。彼女もなんとなく羞恥心が湧いてきたのか頬から火がでるような色をしている。ぼくはなんだか、心の穴が塞がった気がして彼女を強く抱きしめた。

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朋友への密やかな傾慕 石燕 鴎 @sekien_kamome

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