第3話 Wデート?with ユーレイ

「何着ていこうかなあ」

 明日はいよいよ映画の日。さすがにいつものパーカーとショートパンツとスニーカーで行くのは抵抗がある。たまにはおしゃれをしてみようと思い、自分のクローゼットを眺めていた。

すい

 そこにすばるが扉をすっとすり抜けて現れた。どこから出してきたのか手には大きなピンクのイルカのマスコットがついた銀色のデジカメを持っている。

「だから‼ 黙って入ってきたらダメって言っているでしょ‼」

 昴との生活もかれこれ三ヶ月経とうとしている。最近はかなでの部屋にある本も読み飽きたのか翠の部屋に出入りすることもよくある。

「ちゃんと声掛けはしたぞ」

 昴の中では、名前を呼んだことが声掛けとなっているらしい。これ以上、深追いはしない方がよさそうだ。

「……ところで、それは何?」

 翠は昴が持っているデジカメに視線を落とした。すると、

「見ればわかるだろう。デジカメだ」

 自慢げに昴がデジカメを翠に見せつける。

「どこからそんなもの出してきたのよ」

 奏の部屋のものを勝手に持って来たのなら戻せと一喝しなければならない。しかし、奏のものにしてはついているマスコットがかわいすぎるような気もする。考えあぐねていると、

「学校で拾った」

 昴は思いもよらなかったことを真顔で答えた。

「拾った?」

 驚いて声が裏返る。

「ああ。廊下に落ちていた」

「それを拾ってきた……と?」

「そうだ。明日、使おうと思って。ちょっと練習をしに来た」

 昴は翠に向けて、レンズを向け、シャッターを切った。ぽかんとしていた翠はしばらくして不意打ちで撮られたのだと気付いた。

「うん。ここがシャッターボタンで間違いない。きれいに撮れている」

 昴は撮るだけ撮って、デジカメの画面を確認し、出来栄えに満足しているようだ。

「勝手に撮らない‼」

 勝手に撮られた翠としてはたまったものではない。がみがみと怒るが、

「それではまた明日」

 昴は顔色一つ変えずに来た時と同じようにすっと扉をすり抜けて戻っていった。

 土曜日の朝十時。昨日は、昴のデジカメ騒動に振り回されたが、その後、クローゼットの中から白地に花柄のノースリーブとキュロットのセットを見つけた。おかげで、今日はいつもよりは華やかになっていると思う。しかし、梅雨入り目前のせいか、ちょっと暗くてどんよりしていて、せっかくの白地の服が映えない天気である。

「雨が降らないといいね」

 念のため、折り畳み傘は持って来た。でも、せっかくの遠出の日になるべくなら使いたくない。

「いつの間にか梅雨入り目前だからな。ところで、この道で駅までたどり着くのか?」

 坂道を下り、月当たりまで来ると昴が不安げな顔をする。いつも学校と家との往復なので、逆方向にあたるこの道は使わない。通ったのは、初めて翠の家に来た時くらいだろう。

「さすがに間違えないよ。失礼だなあ」

 その証拠に駅らしき建物が見えてきた。白い壁に駅名が書いてある。ショッピングセンターやスーパーは併設されていないが、駅員は常駐している。この辺ではわりと大きな駅で、人通りも多い。

「翠。おはよう」

 翠の姿を見て、レース素材の白いワンピースを着たこのみが駆け寄ってきた。いつにもまして本物の女神様のように見える。

「おはよう。全員揃ったみたいだね」

後ろからチェックのシャツを着て、ベージュのズボンを履いた舞希が現れた。どこにでもいそうな高校生の格好だ。はぐれたら、きっと見つけられないだろう。

「よし。まずは記念撮影だ」

 昴がどこで調達したのか自撮り棒にカメラを乗せている。撮る気満々だ。

「こんなところで?」

 と翠が聞き返すよりも先にシャッターが切られた。何もない駅の前ではなく、もっと景色がきれいなところで撮ってほしい。しかも撮るだけ撮ると、

「おっと。こんなところでうかうかとしてはいられない。行くぞ」

 そそくさと改札口へ走っていった。さすが言い出しっぺだけあって、気合が感じられる。

「すごく楽しみにしていたみたいだね。デジカメまで持ってくるなんて……」

 このみがはしゃぐ昴を温かく見守っている。

「昨日からあんな調子で……もううるさいってもんじゃないよ」

 たまに見ると面白いが、いつも一緒にいる翠は振り回されてくたくただ。

「確かにあんなテンション高い人が家にいたら、お小言の一つや二つも言いたくなるだろうな」

 そう言う舞希もこのみと一緒に遊びに行くことができて嬉しいのかうきうきしている。 

「ところで、ショッピングセンターは、どっちの乗り場だ? 1番か? 2番か?」

 先を行っていた昴が改札を通り抜けて、戻ってきた。ショッピングモール方向の電車がわからないらしい。

「逆方向の電車に乗らないでよ」

 いちいち手間がかかる幽霊だ。

「電車に乗るのは、久しぶりだからな」

 そこまで張り切っているなら、ついでに調べてこいと言いたかったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。

「昴って生きていた時はどのあたりに住んでいたんだ?」

 舞希がふと尋ねる。そういえば、昴はどこに住んでいたのだろう。出会ったのは、祖母の入院している病院だったから、そんなに遠くはないのだろうと勝手に思い込んでいた。

「いや……この駅は俺の家から歩いて五分のところにあるのだが……地名は何回聞いても覚えられない」

 やはりこの近場だった。翠の予測はだいたい合っていたらしい。

「方向音痴なんだ。なんだか意外だね」

 360度誰がどこから見てもかわいいこのみがなかなか痛いことを言う。

「その言葉……なんだか胸に突き刺さるな」

 そんなこのみに言われると、さすがの昴もこたえたようで、ちょっと大人しくなった。

 一番乗り場から電車に乗り、一駅先のショッピングモールに向かう。みんなで他愛ない話をしているとあっという間だ。

「着いたね」

 このみが嬉しそうに笑い、電車を降りる。

「花崎さん、待って」

 すたすたと歩いて行くこのみを追って、舞希があとを追う。翠も人混みをかき分け、電車を降り、慌ててこのみについていく。地元の高校生御用達のショッピングモールは、駅から降りるとすぐに着く。7つの上映場を持つ映画館を併設している三階建ての大きな建物で、休日には、いつも多くの人が集まっていた。特に映画館は大混雑だ。

「おお。これが映画館か」

「行ったことあるでしょう」

 チケットを買っているといちいち隣で昴が騒ぐ。

「そうだな……なにせ最後に行ったのはいつだったか……思い出せないからな。最後に行った時は、母さんと一緒だったか……」

 昴は何か思い出そうと首をひねっていたが、思い出すよりも先にポップコーンを見つけたらしい。

「おお。ポップコーンだ」

 と言って、飛んでいった。

「あれ? 昴も食べるの?」

 先に列に並んでいたこのみが昴に気づいた。

「俺は幽霊だから、食べられない。ただ、ポップコーンは好きだ」

「ポップコーンおいしいものね。キャラメル味なんて香りからして、最高だよね」

「おお。わかってくれるか」

 このみと昴は、ポップコーンの話でのんきに盛り上がっていた。その様子を後ろでぼんやりと舞希が眺めている。

「倉田君はポップコーン、買わないの?」

 翠が話しかけると舞希がはっと我に返った。

「僕はあまり好きじゃないんだ。花崎さんには奢ってあげるって言ったんだけど、無理しなくていいよって言われてさ。ここで待っているんだ」

「なんだかこのみらしいね」

 このみと昴の並んでいる列が少しずつ進み始めた。店員が増えて、1つレジを多く開けてくれたおかげで、スムーズに進み始めたのだ。

「花崎さん、今日は一段とかわいいよね。ずっと憧れていた人と一緒に映画に行けるなんて夢みたいだ」

 隣にいる翠のことなどまるで眼中にないらしく、舞希はポップコーンの列に並んでいるこのみばかり見ている。

「やっぱりそうか。なかなかやるじゃない」

「結局、昴のおかげなんだけどね。なかなかやるのは昴の方だと思うよ」

「まさかあのこのみが話に乗るとはなあ……他の男にばれたら怖いよ」

「うわあ……やっぱりハードル高いなあ」

「でもさ、このみと付き合いたい男は多いけど、このみが付き合いたい男はまた別物だよ。だから、悲観しなくてもいいんじゃない?」

「桜木さんにそう言ってもらえるとなんだか心強いな」

「それはよかった」

 根拠はない話だが、そう言われると悪い気はしない。ポップコーンの列を見るとこのみがバケツのようなプラスチックの入れ物に盛られているポップコーンを持ってゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。

「ようやくポップコーン買えたよ」

 満面の笑みで翠にポップコーンを見せる。見ただけでお腹いっぱいだ。このみのギャップに驚いている翠たちとは違い、昴は冷静にデジカメでポップコーンの写真を撮っている。

「なかなかいい写真が撮れたぞ」

「へえ。見せて」

 確かに薄暗い映画館の特徴を生かし、ポップコーンだけに照明がよく当たるように撮っている。そのため、おいしそうに見えるのである。悔しいが、撮り方はうまい。

「おいしそうに撮れているね。インスタ映えってやつだ」

 ポップコーンを抱えてご満悦のこのみが無邪気に笑う。

「一人で食べられるの?」

 舞希が信じられないと言わんばかりにこのみに尋ねる。

「もちろん。それに、ポップコーンはこういう時しか食べられないでしょ」

「そ、そうだね……」

 舞希がこのみの空気に完全に飲まれている。このみの不思議エンジンは今日も全開だ。

「そろそろ入ろう」

 ポップコーンの話はまだまだ止まりそうにない。翠はそれぞれマイペースな三人を連れて、5番シアターに入った。1番後ろの真ん中あたりの席に4人並ぶ。

「端から見ると舞希が両手に花でお得な感じだな」

 並び順は、一番左がこのみ、左から二番目に舞希、その隣が翠、そのまた隣が昴だ。チケットを取るときに俺の席はどこだとやかましかったので、翠が泣く泣く払ってやったのだ。

「そうだね。今日はいい日だ」

 嬉しそうに舞希が笑う。

「よし。これで俺の夢が一つ叶うぞ」

 昴もわくわくしている。

「単純でいいねえ」

 翠は呆れながら、前を向いた。周りが暗くなり、コマーシャルが始まる。そして、昴が前から見たいと主張していた映画が始まった。原作は漫画で、ある出来事から特殊な能力を開花させてしまった高校生のひと夏を描いているアニメーション映画だ。昴が好きそうな友情だの恋愛だの甘酸っぱくてキュンとする要素がちりばめられている。それでいて、宿敵との最後の戦いのシーンはなかなか圧巻でとてもきれいな映像に仕上がっていた。アニメにはあまり興味がなかったが、これは面白い。途中から翠は手に汗を握って、映画の世界に入り込んでいた。そのせいか二時間という上映時間はあっという間に過ぎてしまった。これなら、昴の分まで払ってやっても惜しくないとさえ思う。

「面白かったね」

 このみが空になったポップコーンの入れ物を抱えて、目を輝かせる。

「あの山盛りのポップコーンを食べきるとは……なかなか強者だな」

 昴がしげしげとこのみを見る。ほっそりとした華奢な体でこのみはよく食べる。そう思ったのは、翠だけではなかったらしい。男性陣でさえも呆れていた。

「そう? それより、お昼ご飯食べに行こうよ」

「まだ食べる気?」

 いったいさきほどのポップコーンはどこに入ったのだろう。

「これはおやつだからね。どこかいいところないかなあ」

「それなら僕、知っているよ」

 自信満々に舞希が答える。

「本当?」

「この近くにランチができるおしゃれなカフェがあるんだ。デザートもすごくおいしくて、よく兄妹で遊びに行くんだ」

「いいね。じゃあ、そこにしよう」

「うん。案内するよ」

 すっかり二人の世界に入ってしまったので、翠は昴と一緒に後ろからその様子を見守っていた。

「青春だな」

 昴がぼそっと呟く。

「なんだかんだ言って、やっぱり仲良しだよね」

 このみに舞希に対する恋愛感情はまだないだろうが、こうしてみると二人ともふわふわとした優しい雰囲気でお似合いだ。

「友達以上恋人未満の距離か……ここから舞希がどう勝負に出るのか……楽しみだな」

「他人事だと思って楽しんでいるでしょ」

「もちろん。こんなに身近で恋の始まりを満喫できるなんてそうそうない機会だからな」

 映画館を出て、ショッピングモールを出ると思った以上に人が増えていた。しかし、このみも舞希も後ろを見ずにさっさと歩いて行く。一方、ショッピングモールが物珍しくてたまらない昴は、

「翠。本屋があるぞ」

 本屋を見れば、立ち止まり、

「最新のゲームソフトが出ている。この前作も面白い」

 ゲームがあれば、子どもたちを押しのけて、お試しプレイをし、

「この服、いいと思わないか? このペンギン柄のポロシャツ、セールで安くなっているぞ。いや、でもオーソドックスにストライプもありか」

 服を見れば、悩み始める。女子の買い物は長いというが、昴の買い物はその上をいくと思う。お金がなくて買えもしないのに、とにかく長い。最初は、そっと見守っていた翠もついに堪忍袋の緒が切れた。

「遅い‼」

 昴が見えない周りのお客さんがいっせいに翠の方を振り返る。そこをぱしゃりと昴のカメラがとらえる。

「何するのよ‼」

 怒っているのがわからないのかとさらに激高する。しかし、

「怒った顔も悪くない」

 昴は怒り狂っている翠の写真をデジカメで確認し、とても楽しそうににこにこと笑っていた。

「どういうこと……?」

 昴の意味がわからない発言を聞いて、翠は怒っていたのを忘れ、その場で固まってしまった。

「そうだ。舞希とこのみは今、どこにいるんだ?」

 ウインドウショッピングをひと通り楽しんだのか昴がようやく舞希とこのみのことを思い出した。

「はぐれちゃったよ。とっくの昔に」

 周りが全く見えていない。これでは小さな子どものお守をする母親の気分だ。

「何?」

 昴が大きな瞳をさらに真ん丸にしている。

「今さら……?」

 隣にいる翠がいったいどれだけ待たされたと思っているのか。昴には見当もつかないだろう。

「とりあえず、外に出てみよう。まだ間に合うかもしれない」

「いや……無理だと思うけどなあ」

 昴に引っ張られるようにして一緒に出てみたものの、もちろん舞希とこのみの姿はない。スマホを見てみるが、特に連絡もない。

「もしかして、私たち忘れられている?」

 大きな道路とは反対側に出てきてしまった。細い道で人気がない。みんなで遊びに来たはずなのにまさかこんなことになるとは……そう思うと寂しい気持ちになった。

「そうかもしれないな。電話してみるか?」

「電話したけど、応答ないんだよね」

 昴に言われるまでもなくメールもしていたが、残念ながら返信はない。

「そうか……じゃあ、カフェらしいものを探して歩いてみるしかないな」

 大人しく待とうという気はないのか。ただでさえ、方向音痴なのによくそんな大そうなことが言えるなと感心してしまう。

「ええ? ここで連絡を待っていようよ。カフェは無数にあるし、やみくもに歩いても仕方がないよ」

 しかし、翠がなんと言おうと昴は頑なに首を横に振る。

「街を歩いて、聞き込みをする。これはロールプレイングゲームの基本だ」

「ゲームと一緒にされても困るんだけど。どうせ、聞くのは私だし」

 人任せ禁止と唇を尖らせて反論する。

「翠なら問題ないだろ」

 昴は、はぶてている翠なんて気にも止めず、まっすぐに突き進む。

「どこに行く気?」

 あてもなくどこに行くのか。昴の考えていることはいつもさっぱりわからない。すると、突然翠の方を振り向き、

「俺はこの街並み保存地区に行きたい。ここは俺が好きなアニメの聖地なんだ。ここからすぐだろう?」

 街並み保存地区のパンフレットを見せて力説してきた。どこで調べてきたのかはわからないが、言っていることは正しい。昴の言う通り、この道をまっすぐに進めば着くし、最近話題になったアニメの聖地でもある。翠も幼いころに何回か訪れたことがある場所だった。

「まあ……すぐだけど」

 ショッピングモールの中でもかなり動き回っていたのに、まだ動くのか……翠は頭を抱えた。

「おお。タイムイズマネーだ、翠。行くぞ」

 翠が頷くよりも早く、昴は街並み保存地区へと飛び去っていった。

「こら‼ 待ちなさい‼」

 誰も行くとは言ってない‼ と言いたいのは山々だったが、すでにいなくなっていた昴に言うすべもなかった。

 昴を追いかけて全力で走ること十分。街並み保存地区に着いた。両側に漆喰の壁の趣のある建物がずらりと並ぶ。そして、隙間さえあれば、アニメの看板やポスターが飾られていた。土曜日だからか親子連れやカップル、ツアー客で道は溢れていた。 

「人が多いね」

 こんなに人が多くては、趣も何もない。街並み保存地区にまで来て人の波に飲まれたくはなかった。翠がため息をついている横で、昴は、黙々と写真を撮っている。

「この灯篭と隣の旧家は、第1話で出てきたな。主人公が住んでいる家だ」

 感激しているらしく、頬が高揚し、しつこいほどにシャッターを押している。

「翠。そこに立て」

 そのシャッターはやがて翠に向けられた。

「ええ?」

「いいから。立て」

 昴に言われるままに指定された場所に立つ。旧家の入口あたりだったため、出入りする他の観光客にとっては邪魔でしかない。写真うつりも下手でもなければうまくもないが、他にモデルがいないから翠が立つしかない。浮足立っている昴に、

「昴も撮ってあげようか?」

 と提案してみたが、

「いや。俺は撮る専門であって、撮られることには興味はない。ベストアングルなるものを探したいのだ」

 一蹴されてしまった。翠の話はどうも聞いてもらえそうにない。その時、

「おい‼」

 どこかで聞いたことのある声がどこからか聞こえてきた。

「はい?」

 声の方向に振り向くと翠と同じクラスの佐原翔馬さはらしょうまが立っていた。茶髪にヒョウ柄のシャツを着て、ダメージジーンズを履いている。もはや血気盛んなヤンキーにしか見えない。

「うわあ‼」

 めったなことでは驚かない昴が驚いて、翠の後ろにさっと隠れる。

「失礼なやつだな……人を見て隠れやがって」

「俺は、ヤンキーは苦手だ……さあ。望みはなんだ。言え」

 昴は翠の後ろでぶるぶると震えている。翔馬も翔馬で翠がいなかったら、食ってかかりそうな勢いだ。翔馬に食ってかかられれば、昴はひとたまりもなかっただろう。

「俺のデジカメを返せ‼」

 今度は翠と昴が驚く番だ。

「……この大きなピンクのイルカのマスコットがついたデジカメが? 佐原君のデジカメ?」

「かわいい女子の持ち物ではなかったのか」

 てっきり女子の物だろうと思っていた。まさかこんな軽そうなヤンキー男のものだなんて……。

「なんだよ。その不服そうな顔は。返せ」

 翔馬がきっとにらみつける。後ろで震え上がった昴が大人しくカメラを引き渡した。幽霊がヤンキーを怖がるというのもなんだかおかしな話だ。

「昨日からないと思って、通学路たどってみたら……人の新品のカメラをデートに使いやがって。写真部としては、心外だぜ」

 翔馬がぶつぶつ文句を言いながら、データをチェックしていく。

「ご、ごめんね……勝手に使っちゃって」

 後ろで翔馬に怯えて謝る気のない昴に代わり、翠はひたすら頭を下げた。しかし、少し経つと翔馬の表情が変わってきた。

「へえ……なかなかいい写真撮るな。桜木の彼氏」

 翔馬が翠の方をにやにやと見て、茶化す。

「彼氏じゃないよ」

 むきになって言い返す。こんな変人が彼氏になったら大変だ。

「そうか? まあ。どうでもいいけど」

 自分で聞いてきたくせに翔馬の関心はすぐにまた昴が撮った写真に戻っていた。

「おお。褒められた」

 隠れていた昴がすっと翠の隣に出てきた。苦手なヤンキーに褒められたとだけあって、とてつもなく嬉しそうだ。

「俺が写真部として、お手本を見せてやるから、二人でそこに立て」

 翔馬が昴の撮った写真と同じ旧家の入口あたりに立つよう指導する。昴は旧家の出入口の前だったが、翔馬にはちょっと離れて灯篭と一緒に入る位置に立てと言われた。

「お。いい感じだ。上から撮るからそのまま待っていろよ。撮るときは合図するからな」

 翔馬はそう言うと向かいのお寺の階段を駆け上がっていった。

「よし。撮るぞ」

 お寺の方から翔馬の声が聞こえてくる。二回くらいフラッシュがたかれたのが遠目で見ても分かった。翔馬がデジカメを確認しながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。写真撮影タイムは終わったらしい。

「ヤンキーがどんな写真を撮ってくれるのか……楽しみだな」

 近づいてくる翔馬は、ぶつぶつと何やら呟いている。

「どうしたの?」

 翠が話しかけてもなんだか上の空だ。

「ちょっとお前らそこに立て」

 顔を上げたかと思えば、突拍子もないことを言う。

「なんで?」

「なんだ? 写真に写るのが嫌いなこの俺が写真に写ったというのに……まさか失敗したのか?」

 翠たちは翔馬の指示通りの場所に立って、写真に写ったはずだ。思わぬ展開に驚いたのか相手が苦手なヤンキーであることも忘れて昴が詰め寄る。すると、とっさに翔馬がデジカメを構え、昴の写真を撮った。

「……やっぱり写っていない」

 翔馬が翠と昴にデジカメを手渡し、先ほどとった写真のデータの確認をさせた。確かに昴は写っておらず、翠しか写っていない。今、撮った写真にももちろん昴は写っていない。

「お前……なんで写らないんだ?」

 翔馬の顔からみるみるうちに血の気が引いていく。一方、昴の顔は明るく輝いていた。言いたくてうずうずしていたに違いない。

「よくぞ聞いてくれた。それは……俺が幽霊だからだ」

 もったいぶって、かっこよく決めているが、初めての人が聞いたら気が狂っているとしか言いようがない。

「ゆ、幽霊? 桜木‼ どういうことか説明しろ‼ 意味が全く分からねえ‼」

「はいはい」

 目を白黒させている翔馬に翠は一から説明した。しかし、まだ翔馬は疑いの眼をしている。

「わけがわからねえよ。そんなことがありえるのか……?」

 上から下まで翔馬が昴をじっくりと眺める。

「そんなにじっと見るな。照れるだろう」

「やかましいわ‼」

「ヤンキーにしてはいい突っ込みだ」

「誰がヤンキーだよ‼ こう見えても学年1位だぞ‼」

「な、なに……? こんな軽そうな男が……? 嘘だろう」

「幽霊に嘘ついてどうするんだよ」

「それもそうか」

 とんちんかんな会話だが、なんとなく成立している。昴がようやく黙り込んだところで、

「信じられないけど、ありえているんだよね」

 翠は大きくため息をついた。昴の謎はまだまだ多い。

「いやいや。現実にありえているからって信じられることじゃねえよ。俺は信じない……信じないからな‼」

 翔馬は、デジカメを乱暴に取り返し、吐き捨てるように言うとそのままどこかへ走り去ってしまった。

「やはりヤンキーとは分かり合えなかったか」

 昴は純粋に友達が増えると思っていたらしい。がっくりと肩を落とした。

「まあまあ。そう落ち込まなくても」

「充実した楽しい高校生活にはああいう遊びを知っている人が不可欠だ」

「遊びねえ……」

「そうだ。生きていれば、決して近寄らないが、死んだ今となっては怖いものは何もない。俺としたことが……惜しいことをした」

 よほど悔しいのか昴にしては珍しくむすっとはぶて、ひとことも喋ろうとしない。しかもその場に座り込んでしまったので、身動きが取れなくなってしまった。

「佐原君は同じクラスだから、また話す機会はあるよ」

 動いてくれないことには帰ることもできない。翠はご機嫌斜めの昴を必死に励ました。どいつもこいつも気まぐれで困る。

「そうなのか……話して分かり合えるかは不明だが……」

 まだ翔馬が怖いのかいつもポジティブな昴にしては弱気である。

「佐原君と仲良くなりたいんでしょ? 最初からあきらめてどうするの?」

「そうか……そうだな。翠。ありがとう」

 何か腑に落ちるものがあったのかすっと昴が立ち上がる。いつもの希望に満ち溢れた明るい昴に戻っていた。楽しそうにまた観光客に混じって歩き始めた昴を見て、ほっとする。

「やっぱり昴はそうでないと……ね」

 再び明るく生き生きとし始めた昴を見ていると翠まで明るい気分になる。

「そう言ってくれたのは翠が初めてだな」

 昴が嬉しそうに目を細める。目鼻顔立ちが整ったスタイルのいい少年が笑うとやはりカッコよくて見とれてしまう。どきどきして、直視できなかった。

「どうした? 顔が赤いが」

「うるさいな。なんでもないよ」

 照れてパニックに陥っていると、ちょうどタイミングよくこのみからメールの返信があった。

「このみから連絡が来たから、合流するよ」

 街並みをきょろきょろと見渡している昴に声をかける。

「おお。ようやく連絡が来たか」

「この街並み保存地区の中にあるカフェに倉田君と一緒にいるんだって。今、パフェ食べているらしいよ」

 一緒に送られてきたパフェの写真を昴に見せる。抹茶のアイスクリームとバニラのアイスクリームが二つ乗っていて、生クリームもたっぷりかかっている。きなこもちや白玉団子も乗っていて、ボリューム満点だ。こんなに食べたら、1日ご飯がいらないと言いたくなる。

「……花崎さんの胃はブラックホールなのか?」

「そうかもね……」

 このみの食欲に半ば呆れながら、翠は昴を連れて、カフェへと急ぐことにした。

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