第19話「ダンス、ダンス、ダンス!」

 あちこちで暴走行為を繰り返していたギルド、スカイライナーズは壊滅した。ギルドメンバーの多くが、頭目であるカイエンと共に王国の騎士団に捕らえられたのである。

 同時に、彼等が不法に占拠していたダンジョン、神代ノ巨人城カミヨノキョジンジョウも解放された。

 今まで多額の金銭を要求されていた冒険者達も、今はフリーで探索している。

 全てがめでたしめでたし、平和な結末を迎えた中……イオタの日々は混迷の中にあった。


「くっ、駄目だ……こんなんじゃ、チャンプには勝てない」


 あの日、ユーティス村へと戻ったイオタを、家族が出迎えてくれた。デルタとリトナの兄妹は、まずはイオタの無事を本当に喜んでくれた。そして、リトナもようやく過去を振り切ってくれたのだ。

 しかし、その日からイオタの苦悩が始まった。

 一週間後、イオタは七聖輪セブンスのチャンプとバトルする。

 そのことを考えただけで、震えが止まらないのだ。

 今も、夜のダンジョンを一人で飛ばす。

 さらなるドライビングテクニックの向上を目指す筈が、走れば走る程に不安は増していた。


「マスター、あせらないで……」

「わかってる、ルシファー。でも、じっとしてられないんだ」


 深夜、ルシファーの奏でる縁陣エンジンの音が空間に響く。

 ここは冒険者もまばらな不人気ダンジョン。名前すらない廃坑跡はいこうあとだ。かつては鉱石の発掘で賑わっていたが、資源の枯渇こかつと同時に人々から忘れ去られた場所である。

 出現するモンスターも弱く、珍しい宝が見つかったという話も聞かない。

 ただ、外界から遮断されたかのような静けさが、イオタをこの場所へと誘った。

 ただただ自分と向き合い、何度も走る。

 同じコースを行き来しながら、自分の走りのイメージを補強しているのだ。

 だが、走るほどに不安は募り、縁陣のルシファーにまで心配されてしまう。

 イオタは廃坑の出口から飛び出すと同時に、CR-Zを停車させた。


「……駄目だ。走れば走るほど、チャンプとの差ばかり気になる」

「少し休みましょう、マスター。……今のマスターは、一番大事なことを忘れてますわ」

「俺が? 一番大事なこと……それは」


 だが、ルシファーは口を噤んでしまった。

 今のイオタが忘れている、一番大事なこととは?

 答を欲するあまり、安易に強請ねだってしまう。しかし、ルシファーは画面から消え、ボンネットの奥へと引っ込んでしまった。

 しょうがないので、再びイオタは愛車を廃坑の闇へ向ける。

 しかし、走り出せば焦燥感が再び胸の奥をチリチリと焦がした。


「GT-Rのパワーは本物だ……そして、チャンプの腕はその力をフルにかしてくる。なら、コーナーワークで詰めていくしかない!」


 暗がりの中に、CR-Zの音が反響する。

 今日も縁陣たるルシファーの魔力は、十分に車体へと満ちている。

 龍走騎ドラグナーの整備は万端で、ベストコンディションだ。

 だが、乗り手である龍操者ドラグランナーのイオタは、焦っていた。

 こんな時に限って、自分で自分を信じられなくなる。今まで、時代の異邦人として生きてきた。剣と魔法の冒険世界は、イオタが生まれ育った時代の遠未来……衰退した文明の残滓ざんしを使いつつ、人々は中世さながらの世界を生きている。

 勇者として戦いを望まれ、それを断った。

 元の世界に戻るべく、その儀式のために探している……自分をきそうになったトラックを。再醒遺物リヴァイエと呼ばれる発掘品を扱う技師として、世界の片隅でひっそり生きてきたのだ。

 そんな彼を魅了したのが、同じ過去から復活した龍走騎だ。


「もっと速く……もっとするどく! チャンプに勝つためには、限界を超えた力が必要だ!」


 力んでいる自覚もあったし、普段通りの走りができていないことも知っていた。

 それが余計にイオタを焦らせる。

 きっとルシファーは、イオタが自分で気付くことに期待してくれているのだろう。聡明な彼女は、先程から魔力を振り絞る以外のことをしてくれない。

 背後に気配が忍び寄ったのは、そんな時だった。


「ん、こんな場所で別の龍走騎……?」


 バックミラーの中で、ヘッドライトが眩しく瞬く。

 パッシングはバトルの申し出だ。

 だが、今のイオタにそんな余裕はない。ハザードランプを点灯させ、減速させて路肩に寄った。龍操者なら誰もが躊躇ためらう、道を譲る意思表示だった。

 今はバトルが、怖い。

 ここで名も知らぬ相手に負けたら、積み上げてきたものが全て失われる。

 自信なんてもとからないのに、失くすのが怖いのだ。

 あのチャンプに認められたという、小さな希望さえ重く感じていた。

 CR-Zの横を、グラマラスな曲線美の龍走騎が通り抜けてゆく。


「今の龍走騎は……いや、どうして? 何故なぜ、あの車がここにっ!」


 眼の前に躍り出たのは、黄色いFTOだ。

 兄弟分のGTOもそうだが、イオタがいた時代ではスポーツカーではなく、揶揄やゆされていた車種である。

 ――スポーティカー。

 それは、格好だけの駄馬だばに押された烙印らくいん

 いわゆる走り屋と呼ばれる人種、非合法のとうげや首都高のあるじ達は、ピュアスポーツカーを好んだ。メーカーが威信をかけて生み出す、走るためだけのたましい駆動体くどうたいである。

 FTOには、そうしたとがった性能も魅力もない。

 フェラーリを真似たようなボディばかりが美しいが、ただのFF駆動のNAナチュラルアスピレーションエンジン、当たりさわりのない走り心地の……いわゆる、なんちゃってスポーツカーである。


「確か、あのFTOは……あっ!」


 イオタは目を見張った。

 CR-Zを抜いたFTOは、まるで誘うように小刻みに尻を振る。

 あおられている……それも当然に思えた。

 イオタは、この黄色いFTOの龍操者を知っている。そして、この時代、この異世界では知らない者は少ないかも知れない。

 自然とイオタは、ギアを落としてアクセルへ自分を乗せてゆく。


「間違いない、あれは……ルシファー! 頼むよっ!」


 すぐに縁陣のルシファーが、カーナビにあたる部分のモニターに映った。

 その表情から、強敵と知れる。

 漠然とだが、勝算が薄いとさえ思える。

 なのに、負けてしまうのが怖かったリトナは、気づけばアクセルを吹かしていた。

 FTOは不思議とバトルに誘いながらも、肌をひりつかせるような殺気を放ってこない。むしろ、どこかじゃれつくように速度を落として並ぶ。

 横を見ると、ウィンドウの向こうにニヤリと男が笑っていた。


「よぉ、少年! 一人さびしくシェイクダウンかい?」

「やっぱり! 七聖輪のサバンナ・バラム!」


 バラム兄弟の片割れ、兄のサバンナだ。

 弟のサファリと共に、七聖輪の一角として圧倒的な強さを誇る。

 そう、強い……速い男である以上に、強い男だ。

 その彼が今、まるで少年のような笑みを向けてくる。


「ハッ! ついてきな、ボウズ! 最後までケツに張り付いてこれたら、俺が一杯おごるぜ……そらっ! えろ、ラファエル!」


 刹那、FTOのボンネットに光が屹立きつりつする。

 その眩い輝きの中に、偉大な熾天使セラフの姿が浮かび上がった。


「……お久しぶりですね。偉大なるかつての天使長、ルシフェル様。……いえ、堕天使だてんしルシフェル」


 六枚の羽を広げて、加速するFTOの上でラファエルが振り返る。金色に輝く衣をまとった、端正な顔の美丈夫ハンサムだ。そして、とても悲しげな目で長い髪を棚引たなびかせている。

 イオタの視界を邪魔しないように、ルシファーも縁陣から出てきた。


「久しぶりね、ラファエル。元気そうで、よかった」

「俺もです、ルシフェ……ルシファー。今でもまだ、貴女あなたは我ら天使を統べる天使、王たる気品を保っている。だが、ほまれいさおしに満ちた伝説の十二翼も、今は半分に」

「……私の未熟さ、浅はかさ故です。それと、天国は常に安息の地。ただしゅのみが尊ばれる場所です。天使には王などいりませんし、私も王などではありません」


 どうやら顔見知りのようだ。

 イオタも漠然ばくぜんとだが、ルシファーが嘗て天使長ルシフェルと呼ばれていたことを少し知っている。明けの明星と歌われた、最強にして至高の熾天使……ルシフェル。

 だが、彼女は主たる唯一神に反旗をひるがえした。

 天国の三分の一の天使が、彼女の呼びかけに応じて反乱を起こしたのである。

 結果、彼女は戦に負けて堕天使とされ、更に半身たるサタンを生み出してしまった。


「ルシファー! つらいなら、ここは引く。けど……だけど、なんだろう。僕は!」

「マスター、遠慮は無用です。私の力を、全て貴方へ。今宵こよい、この走りの先に答えがある気がします。さあ」


 ルシファーの魔力が、CR-Zに満ちる。

 1.5リッターのVTECブイテックエンジンは、本来はモーターとの併用で車体を走らせるハイブリットカー仕様である。だが、今はルシファーの魔力を受け止める純粋なハイチューンドだ。

 ストリートに産み落とされた、戦うための

 リトナがアクセルを踏み込めば、FTOと共にCR-Zが加速する。

 だが、不思議と敵意が感じられない。

 そればかりか、抜きん出て先を走るFTOは、ラファエルの魔力に輝きながら踊り出した。


「な、なんだ……? サバンナさんは、なにを」

「マスター、ここは合わせてみてください。ふふ、ラファエルが……あの、堅物かたぶつで誰の言うことも、私の言うことも聞かなかったラファエルが。楽しそうに、踊ってる」


 暗い廃坑の中で、ヘッドライトが最初のコーナーを映し出す。

 FTOは、サイドブレーキを使った大胆な荷重移動で、大きく横滑りしながらノーズをインに押し当ててゆく。触れるか触れないかの、限界まで攻めた走りでクリッピングポイントを抑えて走る。

 だが、そこに速さを求める猛々しさが感じられない。

 スピードを出すなら、こんな大袈裟おおげさなドリフトは必要ないのだ。


「誘われてる、のか? でも、なんだろう……変な気分だ。さっきまでのイライラが」


 イオタも自然と、同じラインを選んで車体を横にする。追い抜くには道が狭過ぎるし、そもそも相手に速さを競う意思が感じられない。

 伝わってくるのは、奇妙な連帯感と親愛……そして、信頼だ。

 そう、FTOのサバンナから、信頼感が注がれてくる。

 だから、イオタはFTOと並んでのパラレルドリフトでコーナーを抜けた。付かず離れず車体を寄せ合い、右に左とコーナーにタイヤの焼ける跡を刻む。それはまるで、二匹の龍がダンスを踊っているかのような光景だった。

 不思議とイオタは、自分が笑っていることに気付いて驚くのだった。

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