第18話「激闘への渇望」

 決着……闇夜のチェッカーフラッグは、待ち受けた人々の中にある。

 誰もが勝者を祝福し、敗者をもねぎらい讃える……それが龍走騎ドラグーン同士のバトルだ。

 最終コーナー、安定した勝利を捨ててまでカイエンは、こちらのラインを潰してきた。彼は一番速く走ることより、相手を倒すことを選んだのである。

 そこにイオタの勝機があった。

 今、大観衆の中でゴールし、CR-Zが停止する。

 一気に疲労感が込み上げる中、降りたイオタに柔らかな感触がぶつかってきた。


「イオタ、流石さすがねっ! やっぱり私が見込んだだけはあるわ!」

「わわっ、ちょ、ちょっと! カレラさん!」

「やっぱりキミとはやるしかないわね……ね? 次は私とバトルよ!」

「待ってくださいよ……今日はもうヘトヘトで。それに、その、ええと」


 満面の笑みで、カレラが抱きついてきた。

 少しよろけたが、思わず華奢きゃしゃ矮躯わいくを抱きとめてしまう。周囲のギャラリー達も大興奮で、相手のギルドであるスカイライナーズの面々でさえ、勝利を祝ってくれた。

 バトルの先にあるのは、いつだって勝利と敗北、そのどちらか。

 だが、ゴールした誰もが味わうのは、決して他では得られぬ達成感だ。

 勝利への安堵、敗北の悔しさ……その両方が龍操者の財産である。


「やるじゃねーか! うちのカイエンを……次は俺と走ろうぜ!」

「久々に熱くなったぜ! いい縁陣エンジン積んでるじゃねーかよ!」

「おっ、我らがカイエンもゴールだ……みんな、出迎えようぜっ!」


 スカイライナーズのメンバーが、停車するGT-Rへと集まる。

 だが、カイエンを待ち受けていたのは仲間達だけではなかった。

 突如、りんとした声が響く。

 誰もが振り返る先に、二台の龍走騎ドラグーン……そして、二人の龍操者ドラグランナーが立っていた。

 ヘッドライトの逆光で、顔は見えない。

 女性らしき人物が歩み出て初めて、イオタはその名を口にした。


「あっ……あなたは、ディリータさんっ!?」

「やっほー、イオタ。ボクの読み通り、かな……絶対に動くと思ってさ。それが目的で、情報をリークしたんだし」

「え、つまり、それは」

「捜査が手詰まりに近かったからね……でも、ようやく見つけた。カイエン、そしてスカイライナーズ! 近衛騎士団このえきしだんの名のもとに、拘束させてもらうよっ!」


 見れば、一同を囲むように何人もの騎士が立っている。

 イオタは理解した……自分はうまくディリータに転がされたのだ。彼女は、彼女にしか見えない彼は、イオタを利用したのである。家族にも等しいリトナのため、必ずイオタは長年続く壊し屋ギルドを探し出すと。

 実際、イオタは一生懸命探したし、七聖輪セブンスのサバンナから情報を得た。

 それはディリータにとって、期待であり確信だったのだ。

 イオタの首にぶら下がりながら、カレラがそのことを教えてくれる。


「ディリータは昔から、人を転がすのが上手いというか……魔性の女、もとい女装少年だ。気をつけるんだぞ、イオタ」

「は、はあ……それより、カレラさん」

「ん? どうしの」

「離れて、くれませんか。そろそろ」

「……あ」


 ようやくカレラは、豊満な胸をイオタに押し付けている自分に気づいた。

 瞬間、ボッ! と耳まで真っ赤になって飛び退く。


「ちょ、ちょっとぉ! なにひっついてんのよ!」

「カレラさんの方から抱きついてきましたよね」

「そ、そりゃ、そう、なの?」

「そうですってば」


 なにやら恥ずかしそうに俯きつつ、顔を上げては目を逸らすカレラ。

 そんな彼女を見て、ニヤニヤしながらディリータが近付いてくる。


「でもほら、カレラさ……危機一髪だったじゃん。一発やられちゃうとこだったじゃん?」

「ちょっとディリータ、なにそれ……なんの話?」

「いやだって、イオタが負けたらあの男と、カイエンと一晩付き合っちゃうんでしょ?」

「ええ、そういう条件だったわ。こてんぱんにしてやろうとは思ってたけど」

「……えっと、あのさ、カレラ。意味、通じてる?」


 話題のカイエンは今、屈強な騎士達にギルドメンバーごと拘束されていた。こちらをちらりと見て、悔しそうに目を逸らす。

 間違いなく、彼は一流の龍操者ドラグランナーだった。

 GT-Rの性能を100%引き出していた。

 ただ、それだけだ。

 縁陣エンジンとの相互理解もなく、互いを支えて助け合うこともしなかった。だから、最後にメフィストフェレスの怯えた弱気に同調してしまった。カイエンはあのまま、自分の走りに徹するべきだったのだ。

 荒くれ者の無頼漢ぶらいかんを気取っていても、彼の走りは本物だったのだから。

 それを思い出しつつ、連れて行かれるカイエンを見送る。

 その間もずっと、カレラとディリータはかしましく華やいでいた。


「イオタが負けたら、私がカイエンとやるんでしょ? 問題ないじゃない」

「いやあ、カレラさあ……ビッチ系に鞍替くらがえ? オススメしないなあ」

「誰がビッチですって! イオタが負けたら、バトルでかたきを取ってやるって……あ、いや、そ、その、深い意味はないけど! バトルやろうって話でしょ?」

「いや、やらせろってのはね、世間一般の男達の間ではね」


 ゴニョゴニョとディリータが、カレラの長い耳に小声をささやく。

 すぐにピンと耳を立てたカレラは、硬直したままギギギギとイオタを振り返った。


「イオタ、キミね……知ってた? 知ってて、引き受けたの?」

「いや、まあ……カレラさん、度胸があるっていうか、純真っていうか」

「あーもぉ、恥ずかしいじゃない! 私、そんなに尻軽じゃないわ!」


 どうやらカレラは勘違いしてたようだ。

 イオタが負けたら、次は自分がカイエンのバトルの相手になる……そう思い込んでいたのである。

 改めてイオタは、負けなくてよかったと胸を撫で下ろしていた。

 その時、背後で声が響く。

 振り返れば、CR-Zのボンネットに浮き上がったルシファーが、まばゆい光の方を指差していた。彼女の緊張した表情に、イオタも視線を指差す先へと滑らせる。

 ディリータと共にやってきた、もう一人の男。

 自分の龍走騎ドラグーンが放つヘッドライトの光を背に、決して顔を見せぬまま立ち尽くしている。


「マスター」

「どうしたんだい、ルシファー。……まさか、あの人は!」

「ええ、そのまさかですわ。あの龍走騎ドラグーンから、サタンの気配を感じます。あのGT-Rが本物なら、その龍操者ドラグランナーは」

「チャンプ、なのか? あれが」


 腕組み黙って動かぬ男。

 しかし、その背後で静かに震えているのは、間違いなくGT-R……黒いR34だ。

 この王国で、あれだけの存在感を放つGT-Rは一台しかない。

 先程のカイエンのR35GT-Rなど、まるで比べ物にならなかった。

 ただあるだけで、周囲の空気を変えてしまう。

 静かなアイドリング音が広がるだけで、冷たい夜気に熱が染み込んでいくようだ。そして、GT-Rの前で微動だにせぬ男は、腕組みこちらを見ている。

 服装はラフな格好で、どうやらパーカーを着てフードを被っているようだ。

 だが、逆光の中からイオタに注ぐ視線は、まるで剃刀かみそり彷彿ほうふつとさせる鋭さだった。

 意を決して、イオタは一歩を踏み出す。


「あの……チャンプ、さんですよね? 七聖輪セブンスの」

「……ああ。そう呼ばれている」


 声は若い。イオタより少し年上だろうか? 酷く落ち着いた、低いながらもよく通る声音だった。なにより、語りかけたイオタを射抜いてくる眼光が燃えていた。

 まるで太陽のような、燃える目だ。

 真っ赤な瞳に見詰められ、イオタは萎縮してしまう。

 これがチャンプの覇気かと思うと、震えが止まらなかった。

 だが、チャンプは意外な言葉を口にした。


「正直、助かったぜ。前から色々と騒がれててよ」

「えっ? それって」

「お前が偽物を倒した話だ。俺は別に気にしねえが、ディリータとかがうるせえからよ」


 酷くぶっきらぼうで、粗野とも思える言葉だった。

 黒いシルエットのまま、真っ赤な眼差しでチャンプは放し続ける。


「放置してもよかったんだが、ヘボい腕の偽物っつーのもな」

「ヘボい……いや、カイエンさんのドライビングは凄かったですよ。それだけに……どうして危険な暴走行為を続けたのか」

「そっか。まぁ、偽物とバレなかったのは、腕もそこそこあったからなんだろうよ。それより」


 へびに睨まれたかえるのように、イオタはその場から動けない。

 そして、チャンプから目を逸らせない。

 そんな彼を見て小さく笑うと、チャンプが驚きの言葉を口にする。


「イオタ、つったか? やろうぜ……久々に走りたい相手を見つけた気分だ。あのカレラがつきまとうのも、わからんでもねぇ」

「そ、それって」

「やんのか、やらねーのか、どっちだ?」


 周囲がざわつき始めた。

 だが、全く動じずにチャンプが問い詰めてくる。

 イオタは、悩んでいた。

 やりたい、バトルしたい。

 だが、それだけの腕が自分にあるだろうか? 以前は、圧倒的なパワーにねじ伏せられてしまった。だが、長いストレートでの加速競争に負けただけだ。あらゆるテクニックを問われる局面、ちゃんとしたバトルでなら結果はわからない。

 なにより、イオタも最強の男と走ってみたかった。

 パンパンと手を叩いて、ディリータが二人の間に割って入った。


「おっけ、ねえチャンプ? この話、ボクに仕切らせてくれない?」

「お膳立てなんざいらねーよ、今すぐこいつと走らせろ」

「まあまあ、待って。イオタはさっき走ったばかりで疲れてる。限界を超えた全開バトル、どれだけ消耗するかはチャンプもわかってるじゃん?」

「……そりゃそうだ。すぐにバトルってのは、これはフェアじゃねえ」

「という訳で……一週間後! 場所は、禁忌都市きんきとしトゥ=キョ!」


 ――禁忌都市トゥ=キョ。

 初めて耳にする名だが、イオタは驚きに震える。もしやそこは、イオタの知っている場所ではないだろうか? 冒険者達はもちろん、王国の騎士達も立ち入りが制限される地域があると聞いている。危険度が高すぎるダンジョンなどだ。

 即座に了承するチャンプと共に、イオタも首を縦に振るのだった。

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