第6話「光は闇の中へ」

 深夜の小さな宿場に、興奮と熱狂が広がってゆく。

 かわからの冷たい風でさえ、渦巻く熱気の中に消えていった。

 カレラは、整ってゆく決戦を黙って見守っていた。今、銀水晶ノ交易洞ギンズイショウノコウエキドウに向かって、二台の龍走騎ドラグーンが並べられる。イオタのCR-Zと、ザベッジのカローラだ。

 カローラのボンネットには、複雑な魔法陣と共に影が揺らめく。

 まるでイオタを威嚇いかくするように、縁陣エンジンに召喚された悪魔が浮かんでいた。

 ザベッジは、評判はよくないが腕の立つ龍操者ドラグランナーである。負けた者は皆、等しく彼を卑怯と言うが……敗者の言葉を記憶する者などいない。そして、勝者によって歴史は作られ、ザベッジの無敗伝説もこうして生まれたのだった。


「あれはでも……。随分と強力な縁陣エンジンを積んだわね」


 ぽつりとつぶやいたカレラの隣では、リトナが今にも泣きそうな顔をしている。その背後では、こってり妹に絞られたデルタが、肩を落として小さくなっていた。

 不思議と張り合うような警戒心のリトナが、おずおずと口を開く。

 小柄な彼女よりさらに小さいカレラは、動じず前だけ向いて会話に応じた。


「ね、ねえ、カレラさん」

「なに?」

「あれ、なに……? なんか、すっごいおっかないモンスターっぽいんだけど」

「あれは魔王ベルゼバブ。はえの王と呼ばれる魔界の大貴族よ。あのカローラ、かなり高レベルの縁陣エンジンを積んでるみたいね」

「ふええ……イオタ、勝てるかなあ」

「さあね。流石さすがにそれはわからないけど」


 左右横並びに、CR-Zとカローラが並べられる。

 こうしてみると、やはりCR-Zの方が一回り小さい。カローラも小さなハッチバックだが、CR-Zはさらに短く低いのだ。地をうようなそのスタイリングは、白亜に輝いて見える。

 イオタはルシファーを出すでもなく、黙ってスタートを待っていた。

 挑発が効果なしと見るや、ザベッジもベルゼバブを引っ込ませる。

 スタートの時が近付こうとしていた。

 そんな時、不意にカレラを呼ぶ声が爆音と共に響く。


「おう、カレラ! カレラじゃねえか! そのけしからんちち、間違いねえぜ!」


 酷くさわやかで、無邪気で元気な声だ。

 だが、顔をしかめてカレラは首を巡らせる。

 すでに周囲には、二台のバトルを追いかけようと龍走騎ドラグーンが集まっている。その中に、緑色に塗られたGTOがやたらとアクセルを吹かしていた。開いた窓から龍操者ドラグランナーが顔を出して、その名をカレラは呟く。


「……サファリ、あなたはなにをやってるの? それより……今、乳って言った?」

「おう、乳だ! わっはっは、あんましデカくてハリがよくて、しかも形も最高ときてやがる。見間違える訳ねえよ」

「こっ、この、セクハラ野郎やろうっ! ……もぉ、なによ。なにか用かしら? お兄ちゃんのサバンナは?」


 この男の名は、サファリ・バラム。以前、七聖輪セブンスでも最強の男、チャンプとバトルをした龍操者ドラグランナーだ。負けこそしたものの、いまだに多くのダンジョンで最速記録を保持するタイトルホルダーでもある。

 勿論もちろん、兄のサバンナ・バラムと共に七聖輪セブンスの一人だ。

 だが、七聖輪セブンスはその名の通り七人の凄腕龍操者ドラグランナーだが……決して群れず、馴れ合いもしない。互いが互いにとって、倒すべき最強の敵だからだ。それでも、同じスピードの領域を走る中で、奇妙な連帯感を育んできた。

 チャンプ以外の七聖輪セブンスは、皆がカレラにとって顔馴染かおなじみである。


「あんちゃんならFTOのシェイクダウンさ。セッティングを変えたみたいで、四苦八苦しくはっくしてらあ。……また速くなんな、あんちゃんは。へへ、かなわねえや」

「あら、そう。それで? あなたはまさか、あのバトルにちょっかい出そうっていうのかしら?」

「まさか! それより、乗れよ! 一番の特等席でバトルを一緒に見ようぜ!」


 サファリの性格は、まさしく竹を割ったようにシンプルで清々すがすがしいものだ。この男には気遣いや配慮がないし、同時に打算や表裏もない。

 要するにバカ、龍走騎ドラグーンバカなのだ。

 兄のサバンナのように、頭も回らないし容量もよくない。

 愛車のGTO同様、頭の悪い走りをする。

 だが、カレラを含めた他の七聖輪セブンスは彼をあなどらない。ノリと勢い、そして直感だけでサファリは多くのバトルに勝ってきた。結果が全てで、彼は速い……ならば、その速さに関して口を出す者などいないのだ。

 そのサファリが、ちらりと洞窟前を見てかしてくる。


「ほらほら、スタートすんぜ? 乗れよ!」

「……なんかしたら、承知しないわよ?」

「おいおい、俺は女に無理矢理なんてのはかねえよ。お前相手でも、ちゃーんと口説くどくことから始めるっての! ……でも、今夜は女よりバトルさ。な?」


 カレラは溜息ためいきと同時に、苦笑が浮かんで肩をすくめた。

 やはり、どこか憎めないのがサファリなのである。

 リトナにデルタとここで待つように言って、カレラはGTOの大きな車体を回り込む。サファリの隣に飛び乗ると同時に、スタートのカウントダウンが始まった。


「うーしっ、カウントォ! 三秒前! 二ィ! 一ッ! ――ゴーッ!」


 暴力的な轟音と共に、二台の龍走騎ドラグーンが地を蹴った。

 当然のように、軽いCR-Zが抜きん出る。だが、馬力と四輪駆動にものをいわせて、すぐにカローラが抜き返す。そのまま二台は、絡み合うようにして洞窟へと向かった。

 短いストレートの奥に、銀水晶ノ交易洞が口を空けている。

 同時に、サファリのGTOも走り出した。

 周囲の野次馬達をかき分け、追跡するギャラリー達から頭一つ飛び出した。


「よぉ、カレラ! どっちが勝つ? けっか?」

「イオタのCR-Zよ。そして、その彼に私が勝つの」

「なんだよ、賭けが成立しないぜそらぁ!」

「あら、そう? それより……なにこの車」


 カレラは、洞窟の闇へ消えた二つのテールライトを目で追う。

 すぐに二人の乗ったGTOも、洞窟へと突入した。中は道幅が広く、川底に向かってやや勾配こうばいくだっている。前半が下り、後半が上りの数kmほどのダンジョンだ。

 勿論、モンスターも出る。

 なにが棲み着いてるかは、誰にもわからない。

 だが、蛮勇ばんゆうこそが龍操者ドラグランナーだ。

 恐れ知らずのスピード狂達には、クラッシュ以外に怖いものなどない。

 それはそうと、GTOの内装にカレラは閉口してしまった。


「いいだろ? センスあっだろ! ……れたか?」

「こんな重い車に、さらになに? これは蓄音機ちくおんきたぐいかしら。シートだって、ホールド性が悪い革張りだし。それにこのコロンの匂い! 悪趣味極まりないわね」

「よせよせ、照れるぜ!」

めてないわよっ!」


 GTOは重く、馬力だけの龍走騎ドラグーンだ。いかな縁陣エンジンで幻獣や悪魔を招いていも、旧世紀に製造された車本来の特性は変わらない。そう、GTOは速い龍走騎ドラグーンではないはずなのだ。それをサファリは、トップレベルの走りで戦う龍へと生まれ変わらせる。

 その車内が、あまりにも悪趣味なドレスアップでカレラは驚いたのだ。

 重い車体がさらに重くなる、走りには関係ないものばかりがゴテゴテ積まれている。


「俺が命を乗せて走んだからよ……俺の好きにしてぇだろ。それに」

「それに?」

「ナンパするときゃコイツが一番! ゴージャスで女もメロメロってな!」

「……バカ。ま、いいわ。それよりほら、前! ダンジョンに入るわ!」


 確か、カローラが車体三つ分程CR-Zを引き離して先行していた筈だ。

 追いつけるとは思うが、以前からカレラは気になっていた。

 ザベッジはバトル中に、いったいなにを? 誰もが負けて卑怯だと言う、その技の正体はなんなのか。どんな小細工でもカレラは負けない自信があるが、あまりオイタをするような龍操者ドラグランナーは黙らせなければいけない。

 七聖輪セブンスは個人の集合であり、なんの義務も責任も持たない。

 ただ、自らの走りで同じ龍操者ドラグランナーのモラルやマナーを牽引してきた自負がある。

 走りのギルドへの介入は、これをひかえていましめるが……目に余るならば、走りでねじ伏せるつもりもある。


「っし、飛ばすぜぇ! カレラ、しっかりつかまってな!」

「もぉ、なんで四点シートベルトじゃないのよ!」


 洞窟の中は意外なほどに明るい。

 天井には大小様々な銀水晶が、無数に突き出てぶら下がっている。この特殊な鉱石は、の光を溜め込み夜に光る修正がある。今でこそ発掘品の再醒遺物リヴァイエが普及しているが、昔は銀水晶は貴重な明かりとして家庭や工房、王宮などに広く普及していた。

 ぼんやりとした光は、洞窟内の起伏を浮き上がらせる。

 そして、影は色濃くコーナーの先を闇に溶かしていた。

 そんな中でも、サファリの運転はいささかもひるまない。不思議な安心感さえあって、横滑りに第一コーナーに飛び込む車体の中で、カレラは恐怖を全く感じていなかった。

 だが、次の瞬間……サファリと共に彼女は驚愕きょうがくに目を丸くすることになる。


「なっ……おいおい、カレラァ! あのボウズ、なんなんだよ! こりゃあ」


 サファリが強引なパワースライドから、馬力にものを言わせてコーナーを立ち上がる。

 その前を走っているのは、ザベッジのカローラだ。

 

 そして、その先にどんどんCR-Zの特徴的なリアが遠ざかっていった。


「嘘……第一コーナーで追いついて、そして」

「追い抜いた、ってことだよなあ? へへっ、こいつぁ面白いぜ!」


 サファリがしまらないニヤケ面を引っ込めた。

 本気になった証拠で、カレラも黙って身を固くする。

 バトルの邪魔にならぬよう、二人の乗ったGTOは車間距離を大きく取りながら追走する。

 眼の前を走るカローラが、心なしかドライビングに苛立いらだちをにじませてる気がした。

 そこかしこに陣取っているギャラリー達の、驚きの顔が後方へ流れてゆく。

 誰もが想像だにしなかったバトルは、まだ始まったばかり……だが、どんどんCR-Zとカローラの距離は離れてゆく。このまま逃げ切れるほど楽ではないだろうが、改めてイオタのコーナーワークにうならされる。


「コーナーで抜いたってなあ……後半は登り、馬力勝負だ。四駆のカローラが有利に決まってらあ。それより……妙な胸騒ぎがすんぜ」


 いつになくシリアスなサファリの声に、カレラも黙ってうなずくしかない。

 洞窟内に抜けるような高音を響かせ、CR-Zは次のコーナーへと消えてゆくのだった。

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