第5話 未来へ駆け出す

「ではご所望通り、詳しい話でもするかのう」


 その声に、枯葉の絨毯から身を起こして向き直る。どんな珍妙な話も受け入れる覚悟は出来ていた。


「まず初めに、使い魔...君も家で会った化け猫に飴玉を持たせ、大人の人間限定で無差別に配らせる。そして前にも話した4つの条件を満たした者だけが、幼帰家へ来ることが出来る。その人物は皆等しく幼い時の姿となり、昔懐かしい記憶は共有され、個々に寄り添い願いを叶えてやるのがうちの役割という訳さ。」


 因みに、今回の飴玉はハロウィン仕様に作ったものらしく、だから黒とオレンジの色だったのかと素直に感心した。


「幼児化も人それぞれで、君のように大人時の記憶はあるが、口調が戻ったりする軽度のものから、完全に子供の頃に戻ってしまい迷子の子猫ちゃん状態になる子もいる。前に来た奴なんかは、泣き止まなくて大変だったんだぞ。」


 肩をすくませながらやれやれといった様子で苦労話を聞かせてくるが、願ったのがこちらにせよ、きっかけを作っている自身にも非があるのではないのかと考えたが、今ツッコミはよそう。機嫌を損ねて置いて行かれでもしたら大変だ。


「 それで、どうやったらもとにもどれるんだ?」


 結局、1番肝心なのはそこだ。例えここから自分の住むアパートに帰れたとしても、子供のままじゃ仕事も出来ない。


「前も言った通り、きみの願いを全て叶えることさ。

 遊んで、休んで、食べて。それと後もう1つ...残っているじゃろう?」


 不意に投げられた問いに、ここに来る前の自分の思考を注意深く探れば、心の片隅にずっととどまっていた望みに触れた。


「おばあちゃんに...会いたい。」


 幼い頃、共働きの両親に変わって面倒を見てくれていたおばあちゃん。男勝りな勝気な性格で、反対に体の弱かった子供の私を、時には叱り、時にはお手製料理で癒してくれた。

 都会の大学に行くため一人暮らしを始めてから会える頻度は少なくなって、ついには死に目にも立ち会えなかったが。

 優しくて、大好きなおばあちゃん。突然の別れが辛くて墓参りに行けずにいた。


「会いに行こうではないか。きっと、首を長くして待っているぞ。」


 差し伸べられた手が一瞬ぼやけて見えたが、戸惑いと共に拭い落とすと、小さくなった自分の手でしっかりと握り返す。不思議と今なら大丈夫な気がした。


 巨木を背に、横並びで真っ直ぐ歩き出す。登ってきた坂は、実は寺が建つ小さな山で、先程までいた木は、そこの御神木だそうな。そう長くない道のりを進むと、石造りの階段の先に目当ての寺が見えてきた。


 胸の前で合掌をし、お辞儀をすると右足から敷居をまたぐ。自分たち以外には人はおらず、当たりは静寂に包まれていた。一通りの参拝を済ませると、左側の壁に《寺院墓地》の看板が下げられている。

 昔から定期的な掃除や、お盆の際に来ていたため、容易に家墓の前に辿り着くことが出来た。


「遅くなってごめん、おばあちゃん。」


 込み上げてきたものを飲み込み、話を続ける。

 大学を卒業して、無事就職が出来たこと。家事はズボラだけど、なんとか自炊をこなしている事。体調管理は、そこそこ気を付けているおかげで、大きな病気になることも無く元気にしている事。生活していく上でのおばあちゃんに教えてもらった些細な知恵が、有難く感じている事。そう思う度に、泣きそうになってしまう事。ここに来ることになった経緯を伝える。

 途中から塩辛い味がして顔がヒリヒリと痛んだが、むせ返りながらも、会えなかった時のを埋めるように言葉を紡ぐ。


「あたっ...私、頑張るからさ。

生まれ変わりしたおばあちゃんに出逢えても、恥ずかしくない大人になるから...だから。

 またね、おばあちゃん。大好きっ!」


 ありったけの想いを込めて放った最後の言葉で力を出し切った。脚の力が抜け膝をつきそうになる。が、すんでのところで座敷わらしが肩を掴み、支えてくれた。


「きみの願い、すべて叶ったようじゃの。お疲れさん。」


 ポンポンと頭を撫でられて、また涙がこぼれてきたので拭おうとすると、左手首の腕輪が目に止まる。初めて見た時はゴルフボール程だった宝石が、小指の爪ほどの小ささになっていた。


「さて、帰るとするか。」


 そう言って出口に向かおうとするのを掴み止め、もう少しだけと駄々をこねると、ちょっとだけだぞと了承してくれた。入口近くの物置小屋へ、掃除用具を借りに走り出す。駆ける脚はとても軽く、今の自分なら何処にだって行ける気がした。

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おかえりなさい。幼帰家へ みおう @onasu8989

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