第2話 爛れた夢と呪われた箱
恨めしそうな表情の父と母と妹。泰人は動けない。彼等は大きく亀裂の入った道を挟んでその向こう側から何も言わずこちらを見ている。
やがて彼等の背後には黒い炎があがる。
泰人は叫ぶが父も母も妹も何も言わず背を向けその炎の中にゆっくり入っていく。すぐに肉の焼ける嫌な匂いがする。肌に人が焼けた脂がまとわりつきベトベトする。家族が焼け死ぬ様を泰人はずっと見ている。
嫌だ。僕も連れていってくれ。なんで...
やがて泰人の家族は元の形をとどめてはいられなくなる。そして泰人は体中にまとわりつかれた何かに喉元を噛み千切られる。首は皮一枚で体と繋がり大量の血がゆっくり湧き出すがそれでも死ぬことは出来ないでいた。
ドンドンッ
自室のドアが叩かれる音で目を覚ます。酷い汗をかいていることに気付く。仕事を終えた日はいつもこうだった。
「...。美波留さん朝食はいつものところに作っておきましたから勝手に持っていってください...」
泰人は目を瞑ったまま力なく応えるが返ってきた声は隣人のものではなかった。
「私だ。」
自信と威圧に満ちた声、自分が圧倒的に強者であると自覚していなければ出すことも出来ない脳に響く声だった。
「入るぞ。」
泰人は慌てて体を起こす。どんなに疲れていようが礼儀を尽くさなければならない気がする。泰人にとって恩人であり師匠でもあるこの女性は
「すまんな。起こしたか。」
「...いえ、大丈夫です。」
「ん?なんだ?私の顔に何か付いているのか?」
一瞬言葉に詰まってしまう。寝起きで彼女の顔を見れば誰でもそうなる。いや寝起きじゃなくてもそうだろう。
年齢を不詳させる美貌。全てを見透かしたような切長の目。長い黒髪に抜群のプロポーションを濃いグレーのパンツスーツが包み、ベストははち切れそうな胸を押さえている。上着は着ていない。
「やけに疲れているな。」
「ええ、まぁ仕事で。」
「そうか。その顔じゃどうせ頼まれてもないのに慌てて現場に行って、間一髪解決はしたが同情して金も取らんと歩いて帰ってきたとかそんなところだろう。」
...全て当てられた。見ていたのかこの人は。
「
「いえ、先に自死していました..。」
泰人は此度の仕事を説明する。出来るだけ客観的に。
「そうか。運良く、いや運悪く条件が揃ってしまったか。思慕の情だけで死のうと呪いにはならんからな。」
そうだ。今回のケースは意図的だったとは言い難い。
だからこそやるせない気持ちになる。
「それに...また受けたな。」
グイっと正座する久々子の胸ぐらを掴むようにシャツを開けて言う。泰人の胸には大きな手の跡がありその周りを囲むように紫色の痣が出来ていた。痣はよく見ると蠢めいている。
「いい加減その方法はやめろ。あれはお前が使っていいものだ。」
「そういうわけにはいきませんよ...」
使うわけにはいかない。自分だけがそんなことしていい筈などない。それにこの程度のものは数日で癒える。
「...まぁいい。お前に仕事だ。」
そう言って常神は久々子の目の前に60センチ程の木で出来た細長い箱を置いた。黒色化した木が随分と年季を感じさせる。箱は赤い紐で縛られていた。
「これを数日預かってくれ。」
「なんです、これ?」
「呪物だ。」
常神が持ってきたものだ、普通のものではないことはわかる。
「いや、もうちょっと詳しく教えてもらわないと...」
「知る必要はない。とにかく数日肌身離さず持っていろ。開けなければ実害は無いはずだ。」
開ければ実害があるのか...
「機が来ればまた取りにくる。それまで預かってくれ。色もつける」
常神はこの業界で知らぬ者はいない祓魔師だ。どんな依頼でも身ひとつで解決する泰人の憧れだ。そんな彼女から仕事を頼まれれば答えはひとつしかない。
「どうせ仕事もないのだろう?数日それを抱えてじっとしておいてくれ。」
そのもの言いにムッとするが同時に事実でもある。痛いところを突ついてくる。
「俺もそんなに暇なわけじゃないんですけどね...」
「そうなのか?てっきり依頼者に飯でもたかっているのかと思っていた」
なんで知っているのだ。くそぅ
そんなときだった。机に開いたパソコンから
アァ〜ア、ヤンナッチャッタ〜
アァ〜ア、オドロイタ〜
と素っ頓狂なメロディが、流れた。
依頼が届いたことを知らせる音だった。
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