第1章 呪われた箱
第1話 帰路と可憐な隣人
「...今日は冷え込むなぁ」
依頼とも言えない依頼を終えた帰り道、時刻は朝の6時になろうとしていた。
腹は満たされたが、結局歩いて1時間にもなる。
タクシーで帰る金など毛頭に無かった。
住宅街を吹く風はもう冷たく、秋の訪れをあらわしていた。
たまにランニングに興ずる人とすれ違うがこの時間だ、まだ人は少ない。
この仕事に就いてから3度目の秋だ。
まだまだ未熟なことは自分が一番知っている。
救えた人、こぼれ落ちたもの、いくつもの傷を得ながらもまだ自分は入り口に立ったばかりだ。
そして自分はどこまでいってもきっと許されはしないだろう。
疲れた頭で
「おやー朝帰りなんてお盛んだねぇ」
背後から声をかけられた。
振り返ればそこには金髪のショートカットの女性がいた。
胸元の開いた黒のシャツに黒のショートパンツ。ジャラジャラとうるさいほどアクセサリーをつけ、この肌寒い時期だというのに透けたローブを羽織っただけの露出の高い格好をしている。黒い布地が彼女の白い肌をより際立たせていた。
この女の名前は
泰人の借りているアパートの隣に住む、自称占い師だ。
「...美波留さんだって朝帰りじゃないですか。それに俺は仕事ですよ。」
「私だって仕事帰りだよー。」
ぷくっと口を膨らませて軽く笑いながら言う彼女は占い師というよりはお水の商売をしていると言われたほうがしっくりくる。
それほどまでに彼女のスタイルは細身でありながらもどこか色気に満ちている。いや、彼女の仕草一つ一つがそう見せているのだろう。
「あ、今失礼なこと考えたでしょ。」
「...美波留さんって儲かってるんですか?」
泰人は図星だったので無視して質問をしてみた。
「それなりに稼いでるよー。リピしてもらってるし、写真指名だってけっこう多いんだから!」
「…占いですよね?」
「占いだよ?」
占い師のシステムはよく知らないがかなり胡散臭い。
彼女が言うには「私は
「でも泰人くんならいいよー。いつもご飯くれるもんね。」
「なにがいいのかはわからないですけど、勝手に食料奪っていくだけじゃないですか。」
「ほんとはわかってるくせにー。いつでも待ってるよ?」
腕を絡ませて美波留は言う。控えめだが柔らかな感触が泰人の腕に当たっている。彼女の背は久々子の肩より少し高いぐらいだ。
「や、やめてください。いつもそうやって誤魔化して」
「じゃあ代わりに占ってあげるね」
美波留はどこから出したのかいつのまにか薄緑色の水晶玉を右手に持って、それ越しにこちらを覗きこんできた。このひとはいつもこんな調子で我が道をいく。
今も何も映っていない水晶にむかって、見えるぞー見えるぞーと言っている。
「うーんとね、泰人くんは可愛い年上のお姉さんにこのあとご飯とお味噌汁と卵焼きを食べさせてあげるでしょう!」
「もう占いでもなんでもないですよ。それに卵きらしてますからね、うち。」
「じゃあ可愛い占い師の面倒を一生看るでしょう!」
「じゃあって何ですか。じゃあって。」
「ほんとは嬉しいくせにー」
頭が痛くなってくる。いつもこんな感じだ。
「怒んないでよー。本当のこと言うと泰人くんってあんまり見えないんだよね。わかるとしたらそうだなぁ、女の人絡みで苦労するって出てるよー」
もう苦労してるのだが。
美波留から不毛な占いの結果を聞きながら歩いているうちに2人の住むアパートがみえてきた。都内といえば都内だが駅を抜け商店街を抜け住宅街を抜け、いろんなものを抜けた先にあるボロボロの木造アパート。ようはここは僻地だ。
このいかにもな建物の名前だ。二階建てだが一階は空室と大家の家になっていて二階の4部屋だけがそこの住民のものだ。
202号室に久々子、203号室に美波留、のこり二部屋にも住民はいるがどちらもクセのある人しかいない。
部屋の壁は薄く外壁もシダの植物の蔓が這ってまるでお化け屋敷だ。なんとも不気味でまともな人が住んで
「じゃあ30分後ご飯食べに行くからー」
「...寝させてください」
久々子は溜息とともに自室のドアを開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます