第4話 原因と結果
「すいません。ご馳走になっちゃって。」
「い、いいえ、好きなだけ食べてください...」
「3日も食べてなかったんで地獄に仏とはこのことですよ。」
この細い体のどこに入るのだろう。久々子の前にはもう4枚も皿が重ねてある。
本当は助けに来たんじゃなくてご飯をあやかりにきただけなんじゃないのか...?
「気山さんは何も食べないんですね。」
「ええ、まぁ...」
数十分前に殺されかけたのだ。それも得体の知れない何かに。
食べれるわけがなかった。
「でも、そのほうがいいと思いますよ。たぶん。」
というかここから先は俺一人でも大丈夫なんですけど、という言葉に愛莉は首を縦にはふらない。
経緯は全て話したが、このままあの部屋に戻れそうにもない。
「...ひとりにしないでください。」
「まぁそれもそうですね。でもおすすめはしませんよ」
では行きましょうか。と言って泰人は会計が書かれたボードをチラチラ見ている。
「ここはちゃんと私が出しますから…。」
「ほんとうにすいません。ご馳走さまです。」
ほんとうに大丈夫なのか心配になってくる。
だが、ひとりきりだった私の地獄に現れた仏になりそうな人はこの青年だけなのだ。
「ここですね。」
ファミレスを後にした2人は木造二階建ての古いアパートの前にいた。
驚くことに愛莉の家から徒歩で20分もかからないような場所だった。
「たぶん...います。離れないでくださいね。」
先の嫌な記憶が蘇る。
泰人の後につき二階にあがり一番奥の部屋の前で止まる。
「カギ空いてますね。」
ドアを開けると異臭がした。しかしそんなことは気にならない。もっと異様な光景に目を剥く。
ヒッ
愛莉は今までに感じたことがないほど恐怖に駆られた。
入ったそばから壁中に彼女の写真が貼られていたのだ。床以外を埋め尽くすほどに貼られた写真は狂気そのものだった。
「相当ですね。でも
泰人の声だけが救いだった。この声で現実に帰ってこれる。
愛莉は声は出せなかったがその代わりに大きく頷いた。
ふたりは写真に覆われた廊下を抜ける。
先には戸で仕切られた部屋があるようだった。
「開けますよ。」
引き戸を開いた瞬間だった。大量のハエと臭気が2人を襲う。
泰人から渡されたマスクがなければ速攻で嘔吐していたに違いない。
「いましたね。」
廊下と同じように写真で埋め尽くされた暗い部屋の真ん中に首の曲がった男が立っていた。
愛莉の部屋に現れた男に間違いはない。
が、最初に見たときと違って顔のパーツが中心部に向かっておどろおどろしい表情をしていた。
明らかに怒っている。
男を連れてきたのか。僕の気持ちを知りながら。
くぐもった声が聞こえた。いや直接頭に響いたそんな気がした。
「も、もうやめて」
震える声で愛莉は応えた。
「私のせいで、、ご、ごめんなさいごめんなさい」
涙がとまらなかった。
首の曲がった男は愛莉に近づこうとする。
だが遮るように
「あなたが謝る必要はないですよ。」
「もう彼は人でも霊でもない。ただの呪いだ。」
「祓うしかない。」
そう強く泰人は言い放った。先程までとは別人のような厳しい声だ。
その言葉に男は激昂したのだろう視線を愛莉から泰人に向け飛び交ってきた。
泰人は男に肩と右手を掴まれた。
そのまま男は曲がった首のまま泰人の顔に噛みつこうとする。
「やめたほうがいい。返ってくるぞ」
そう泰人が言った気がした。
また一瞬だった。なにが起きたかはわからないが、噛み付いたはずの男の頭部がまるで喰い千切られたかようになくなっていた。
泰人は右手の人差し指と中指で空に何かを描いた。
男は残された首に両手をあてがいながら苦悶し消えていった。
「仕上げといきましょう。ここにいてください」
唖然とする愛莉をよそに泰人は淡々と部屋のなかを進む。
部屋の奥に目をやると腐乱した死体がぶら下がっていた。ハエが集り所々はもう黒ずんでいるが、今まではなぜか気付きもしなかった。
自重で縄に食い込み首が曲がっていた。
泰人は何かを探しているようだったがやがて納得がいったようで、迷わず死体の口に手を突っ込み中からなにかを取り出した。
小さく丸まった紙を広げ、そして引き裂く。
「もうこんなことはしてはいけませんよ。」
それは愛莉が怒り任せに
「私のために死ねますか?」
と書いて戻した男の手紙だった。
愛莉は自分の愚かさに再度気付いたのだろう、その死体に向け何度も嗚咽を洩らしながら謝る。
「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい」
その肩に手をかけ泰人は語る。
「もうここに彼の魂はいません。ああなってしまった以上祓うしかなかった。それにあなたの一言があったにせよ彼の行動は許されるものじゃない。」
「でもあなたが彼に少しでも恨み以外の感情を持てるなら、気山さん、あなたは人を呪わず生きてください。」
泰人もなにかと重ねるように辛く寂しげだった。
死体に向け手を合わせた。
気付けば夜が明け始めていた。
気山愛莉の長い悪夢はようやく終わりをつげようとしていた。
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