2.これじゃ宇宙人が来ても戦えないじゃない

 三笠公園に入ると、「皇国興廃在此一戦」と刻まれた碑と東郷平八郎とうごうへいはちろうの銅像が目に入った。東郷さんは円形の噴水の真ん中にいて、公園のすぐそばの立体駐車場を見据えている。

 戦艦三笠はその背後に鎮座していた。冷たい曇り空を睨む主砲も、舷側げんそくからトゲみたいに延びる補助砲も、寒風に激しくはためく軍艦旗も、海に浮かんでいないってだけでなんだかオモチャみたいに見えてしまう。その船体は喫水線下をコンクリートで埋められているのだ。


「これじゃ宇宙人が来ても戦えないじゃない」

「?? ……あ、『バトルシップ』か」

「そうそう」

「この船相当古いからどのみち勝てないんじゃ」

「まあね。動かせても荒唐無稽なバカ映画になることは確かだわ」

「もともと大概だけどね」


 そんなとりとめのない映画トークをしながらチケットを買った。入館料(入艦料?)は600円。私たちには縁がなかったけど、スカジャンを着ていると半額らしい。

 ちなみに横須賀ではドルが使える施設や店舗が多数あるみたいで、三笠の入館料は5ドル。よっぽどひどい円安じゃなければこっちのほうが若干お得だ。


 入ってすぐの後甲板こうかんぱんでは、無料のガイドツアーがちょうど始まったところだった。後部砲塔の前でこの艦の半生を解説している。

 英国ヴィッカース社で建造されて日露戦争で活躍した三笠は、ワシントン条約の締結に伴って廃艦になり、人々の要望もあって記念艦として現役復帰不能な状態で保存されることになった。太平洋戦争の戦禍を乗り越え、終戦後にはソ連が解体処分を要求してきたものの、アメリカの反対によって存続。ただ、この頃には艦内に娯楽施設が設置されていて、ダンスホールや水族館があったんだとか。


「もしも今でもダンスホールのままだったら、いまごろはイルミネーションで満艦飾まんかんしょくかもね」

「それは痛ましい……けど、ちょっと見てみたいような……」


 もちろん今の三笠はダンスホールでもなければイルミで満艦飾でもない。国内外で復元保存運動がさかんになり、撤去されていた砲塔や煙突やマストなどを復元して現在の形になったという。当時の姿を現在に残す部分は鋲接びょうせつなのに対して、復元された部分は溶接で造られていて、この艦が辿った数奇な半生を物語っている。

 戦艦三笠の記念館としての意義は日露戦争の勝利を今に伝えることではなくて、かつてのこの国の絶頂期と凋落、それから戦後の復興を見つめ続けた記録としての部分にあるのかもしれない。


 ガイドツアーは中部甲板ちゅうぶかんぱんの無線電信室や補助砲の解説を経て、前甲板に移った。

 海を臨む三笠の艦首は北北東に向いている。その先になにがあるのかといえば、在日米海軍施設……じゃなくて、さらにそのずっと先、東京都千代田区千代田1番……つまりは皇居だ。立駐を見つめている東郷さんの像も、じつはそのずっと先の対馬沖(日本海海戦の起こった場所)を睨んでいるらしい。


「これって30センチ砲だっけ。えるなら入りそう」

「ダンスホールやめたのに、今度はサーカス団になっちゃうじゃない」


 後甲板では天幕が張られていたせいで全体を十分に眺められなかった主砲塔も、前甲板ではその威容がよくわかる。まさかとは思うけど、私の部屋よりも広いのでは……?


 甲板の次は艦橋。ガイドさんの先導に従って皆がぞろぞろと階段を昇っていく中、えるだけは上甲板でそっぽを向いていた。高いところが苦手だから、昇りたくないみたい。無理に引っ張っていっても仕方ないから、一時別行動することにした。


 最上艦橋さいじょうかんきょうにはとめどなく風が打ち付けていて、寒い。ものすごく……。

 それだけ周囲をよく見渡せる場所といつことでもあるんだけど、海の上ならこんな高い場所はよく揺れるだろうに、ここに立って戦闘の指揮を執ったって、当時の軍人の体幹はどうなっていたんだろう。

 床板には『三笠艦橋の図』(歴史の教科書にも載っている、三笠艦橋に艦隊司令部が集まっている絵です)に準拠した立ち位置がバミられていた。ガイドさんに言われるがまま、私は秋山真之あきやまさねゆき参謀長の位置に立つ。日本海海戦の作戦立案をしたり、「皇国の興廃此の一戦に在り」の信号文を考えた人で、そんな人と同じ位置に立つってだけで畏れ多くて身が縮こまる。……寒いだけか。


 最上艦橋から一段降りて、艦尾側に目をやる。艦尾にはためくのは軍艦旗ではなく将旗しょうきというらしく、指揮官の階級に応じてデザインが微妙に異なるらしい。こういう細部の描写まで拘るか否かでコアな読者の評価が左右されるんだよね……なんて考えていたのは、たぶん私だけ。

 上甲板に戻って、えるの姿が見あたらないことに気づいた。さては寒いからって中甲板に降りたな。

 ガイドさんに従う人の流れに従って、私も中甲板に降りていく。

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