3.わたし、この静けさにはお金を払えるわ

「……ねえ、いまのとこ降りるんじゃない?」


 バスが加速を緩めたタイミングで、えるは地元塾の話題を打ち切る。バスは徴古館前のバス停を通り過ぎていた。


「えっ……ああ!」

「あらあら、焦ってる」

「う、うるさいな。次で降りるよ」


 えるのニヤけ面も、呆れられたり怒られたりするよりはいい。とはいえ、やらかしにやらかしを重ねている私は冷や汗ダラダラだった。


 伊勢病院西口のバス停から徴古館まで、県道37号を歩いて戻る。

 鳥羽から松阪までを結ぶこの道は明治天皇行幸のために整備された道で、御幸道路みゆきどうろと呼ばれている。道路をまたぐ大きな白い鳥居が見るほどではないけど見所で、それはちょうど徴古館のそばにある。


「これって外宮側が正面で内宮側が裏面ってことでいいのかしら」

「さあ……参拝の順番からしてそうなんじゃない?」


 なんてくだらない話をした。鳥居をくぐって入る前と出た後にはお辞儀をするのが作法だけど、この鳥居はドライバーもお辞儀しなきゃだめなのか……。そんなことを話していたら、お辞儀をするのを忘れて平然と鳥居を素通りしてしまった。

 鳥居を抜けた先には倭姫宮やまとひめのみやがある。内宮の分社で、神宮125社のうちのひとつだ。

 せんぐう館が休業していなければここに来ることもなかったと思えば、これも何かの縁。徴古館に行く前に参拝することにした。



          *



 境内にほかの参拝客はいなかった。正宮とはうって変わって静寂に包まれている。

 なんとなく、ふたりとも無言だった。でも、無音じゃない。風と木々のざわめき、ミンミンゼミとツクツクボウシの鳴き声。鳥のさえずり。私とえるの足音。ここにあるものが世界のすべてで、鳥居の外は世界の果てのように思えた。

 湿った空気が、一歩ごとにおりのように溜まっていた悪いものを吸い取って浄化していく。心が洗われるって、こういうことだったんだ。

 足元にドングリが散らばりはじめたかと思うと、蝉の声が遠ざかる。石段に足をかけると、秋の虫の音が耳をくすぐった。


「わたし、この静けさにはお金を払えるわ」


 えるは穏やかに微笑んだ。水に浮かんでいるみたいだった。


 倭姫宮は倭姫命やまとひめのみことを祭神としていて、創建は1923年と別宮14社のなかでもっとも新しい。

 倭姫命は垂仁天皇の娘で、内宮を創建したと伝えられている。日本武尊に草薙剣を授けたことでも知られていて、日本武尊の叔母にあたる神様だ。

 ほかの別宮に比べて倭姫宮がずいぶん新しいのは、倭姫命が後世の人々にその功績を慕われたがゆえのことだそう。


 またしまらない柏手で参拝して、宿衛屋しゅくえいやで御朱印をいただいた。手本のように丁寧な墨書は、外宮でいただいたそれとはまたひと味違った味わい。


「へへへ。分社の御朱印もいただいたなら、いっそ全部集めたくなっちゃうね」

「おたくの性ってやつ? でも神宮って全部で125社あるんでしょ」

「御朱印が頂けるのは正宮2社と別宮のうち5社だけだよ」

「ふうん。その気になれば1日で巡れそうね」

「そのうちふたつは伊勢市外だから、車が欲しくなるけどね」


 本当に行けたらいいなあと、参道を戻りながら思った。もちろんえると一緒にね。



          *



 神宮徴古館じんぐうちょうこかんは明治42年創立。日本最初の私立博物館だ。伊勢神宮の祭祀や歴史にまつわる資料を数多く展示解説している。


 建物は迎賓館や東京国立博物館表慶館を設計した宮廷建築の第一人者・片山東熊かたやまとうくまによるもので、宇治山田駅と同じく登録有形文化財に指定されている。

 周囲に現代を思わせるものが少ないからか、徴古館の前に立つと、タイムスリップしたかのような気分になる。明治の人も、大正の人も、昭和の人も、今と同じ色のついた景色を見ていたんだって当たり前のことに納得した。


 最初の展示は神宮の祭祀について。祭具の実物や供物の模型が解説とともに展示されている。

 中でも年に1500回ものお祭りが行われる伊勢神宮でも最大のお祭り、神嘗祭かんなめさいで捧げられる供物「由貴大御饌ゆきのおおみけ」の豪勢さには驚いた。お米にお餅、お神酒、柿、梨、大根、蓮根、それから鯛、あわび栄螺さざええび、干鮭、干鰹……海の幸がたっぷりだ。


「海が近いだけあるねえ」

「わたし神様じゃなくてよかったわ」

「なんて畏れ多い感想なんだ……」


 えるは道産子のくせして肉と魚介類が苦手という、土地に適応できていない食嗜好をしている。彼女がその好き嫌いのためにどれだけのウニやイクラやマグロやカニやアワビやジンギスカンを食べる機会をドブに捨ててきたかと想像すると、自分のことではないのに頭が痛くなる。


 御饌殿の復原展示、日本神話の絵画、徴古館の歴史、式年遷宮復興に尽力したお坊さんに、戦国時代の伊勢神宮の神主……中でもえるが一番食いついたのは、昭和4年の伊勢鳥瞰図だった。グーグルマップと見比べながら「そんなに変わってないわねえ」なんてつぶやく。確かに鉄道路線なんかは昔のまま残っている。


「えるって地図見るの好きなの?」

「んー、まーね」

「地理とか得意なんだ」

「んー、まーね」

「そういえばえるの案内でどこか行くときは迷ったことなかったね」

「んー、まーね」

「話聞いてないよね」

「んー、まーね」

「ねえ--」


 なんとか注目させようとえるのほっぺたを引っ張ってみたら、おもいきり蹴りつけられた。非力だからか、あんまり痛くはなかったけど……。


 私が一番素敵だと思ったのは最後の展示、御装束神宝調製の技。遷宮に際して、社殿とともに一新される御装束神宝の数はなんと714種1576点。剣に槍、盾に馬具、扇に傘……そのひとつひとつが精緻極まる技術で作り上げられている。


「ほあー! これはもう芸術品だよお……」


 神宝を恍惚の目で見つめる私を、えるが醒めた目で見ていた。それに気づいて私も若干冷静さを取り戻す。


「隣でテンション爆上げされるとこっちは冷めるからほどほどにしてね」

「ごめん……でも実際すごいじゃんこれ。どれだけの研鑽を積んだらこんなの作れるんだろう……」

「それこそ十代の頃から毎日、何十年も積み重ねて培ったんでしょう」

「だよねえ。できる気がしないなあ……」


 できるかできないかより、するかしないかのほうがきっと大事だってのはわかってるけど、それを胸を張って人に言えるような自分でもない。途方もない技術を目の当たりにすると、感動するし、嫌にもなっちゃうな。


「やらないとなんだってできないままでしょう」


 えるが平然とそんなことを言ってのけるものだから、私はつい吹き出してしまった。


「なんで笑うのよ」

「ごめん。でもさあ、えるはすごいなって思って」

「意味分かんない」



 頭の中で練っていたふわっとした予定はあまりあてにならないもので、展示に夢中になっていたらいつの間にか1時を過ぎていた。そろそろ内宮に向かって昼食にしないと、おはらい町とおかげ横丁で買い物をする時間がなくなってしまう。

 徴古館と同じチケットで入館できる農業館や徴古館に隣接する神宮博物館(……は空調の工事で休館中だった)にも行きたかったけれど、やむなくスルーしてバスに乗り込む。

 お昼を食べたら次はいよいよ内宮参拝!

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