第12話  社長もぼくと同じ 

 

 その社長の言葉に心底驚き、ぼくは声が出なかった。

 

 ただ、振り向いて逆光の中で立つ社長を、じっと見つめるばかりだった。

 

 社長は一歩一歩踏みしめるように歩いて、再びソファーに座った。

 

「そうやって声も出ないところを見ると、ズバリだったのかな。そうするとやはり君も、元の世界からこの世界に移ったのか?」

 

 衝撃で声が出ず、ぼくはこくりと頷いた。まさか、異世界に移った人間と出遭えるなんて、思ってもいなかった。

 

「どうやってこっちの世界に来たんだ?  やっぱり、元の世界で死んだのだろう。私の場合は交通事故だ。よくある、自動車同士の。君は?」

 

「か……」

 

 うまく言葉が出てこない。

 

「滑落事故、です」

 

 それでも、なんとか言葉を出した。

 

「滑落?  山登りで?」

 

「はい」

 

「それはかっこいいな」

 

 社長が表情を崩した。

 

「いえ、……マヌケです。マヌケなんです」

 

 俯いて言った。しぜん、声も小さくなる。

 

 それから2人で、現実世界で死んだときの状況と、異世界に移ってきた状況を擦り合わせた。社長もまたぼくと同じように、死んだときに自分の亡骸をそばで見ていたらしい。それから眠くなり、倒れるように寝て、起きるとこの世界だったという。そしてまったく、それまでの世界と同じだったことに驚いたらしい。自分の死んだときの状況をあれほど明確に覚えているのに、でもあれは単なる夢で、同じ現実世界で暮らしているのではと思ったほどだったという。ぼくと同じだった。

 

 そして違う世界に来たと感じたのは、やはりチョコだったという。どこをどう探しても、チョコレートが見当たらなかったのだ。社長は異世界に移ってからもう7年になるが、日常生活で前の世界と違いがあるのは、チョコだけだという。他は、物資の面では、なにも変わりがないとのことだ。

 

「私は酒も飲むし、特に甘党というわけではないから、チョコが食べられないということそのものには、まったく影響されなかった。なければないで、まったく問題なかった。チョコは、以前暮らしていた世界と、今暮らしている世界の、違いを表す標識みたいなものだな」

 

 社長は言った。そして一拍置くと、

 

「でも、食べたいなぁ。こうやってあらためて話してみると。あの味、思い出すよ」

 

 ニコッと笑って言った。

 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る