新装備を手に入れた

 おはようございます。朝から煩いくらいに囀ずった雀です。そしてタイムカードを打刻したあと、ホワイトボードに今日の担当が誰なのかを確認しに行ったら、本日も寺坂さんでした。

 そして朝礼終了後。現在、商品抜きをしながら寺坂さんに笑われております。……いや、ニヤニヤされてます。


「平賀から聞いたよ、そしてリストを見たよ、雀。……まさか酒瓶ケースでも届かない場所があったとは……っ、ぶくくっ」


 はい、なぜか寺坂さんは呼び捨てです。というか、ホントこの会社の人たちはなんなの⁉ アットホームにも限度ってものがあるんじゃないですか⁉

 今までよっぽど親しくない限り職場の人たちに名前で呼ばれることがほとんどなかったから、嬉しさ半分、困惑半分……って、納得しちゃいかんでしょ、私!


「……いい加減、笑い止んで下さいよ、もう……。本当は、平賀さんに伝えるのも恥ずかしかったんですから。それと、名前呼びは止めてください」

「やだ。というか、無理。俺に限らず、自分よりも下の男が入社や配属されて来ても、下の女が配属されて来たり、バイトやパートさんが入社して来たことは今までなかったんだよ。それと、昨日の時点で既に名前呼びになってたから、俺たちに言うだけ無駄だし止めないと思うぞ?」

「あれ? 年下の女性って一人もいなかったんですか? 事務のお二人は私と同年代か、少し上くらいだと思ってたんですけど」

「あの二人は俺より上だし、結婚しててお子さんもいるよ。上重所長も四十越えてるしね」


 寺坂さんの話に衝撃を受けた。全然そんなふうに見えなかった!

 寺坂さんも三十越えてるとは思わなかったし。

 というか、この会社の人たちって年齢不詳の人が多すぎませんか⁉ 所長は三十代半ばだと思ってたんだけど!


「えー!? 全然見えませんよ! 私と違って野田さんとかすっごい綺麗だし、細いし!」

「野田さんには野田さんの、雀には雀のいいところがあるんだから比べる必要はないし、自虐的にならなくてもいいだろ? 失礼な言い方かもしれないけど、その体型の雀は可愛いと思うぞ?」

「か、かかか、可愛いっ!?」


 誰にも「雀にはいいところがある」なんて言われたことがなかったから、胸がじんわりと温かくなってくる。そして太い体型を可愛いと言われて、思わず鼓動が跳ねる。


「うん。冬場の雀みたいに丸々してるから可愛くて旨そうだし、抱き締めたらふわふわしてそうだし、柔らかそうだよな」

「誰が冬場のチビデブ雀ですかっ! それに私は食料じゃありません!」

「あっははははっ! だ、誰もそんなこと言ってねーし!」

「……はっ! やっちまった!」


 寺坂さんといると、彼の意地悪な言動のせいか、つい突っ込みを入れてしまう。やっぱり彼はSなのかな……? なんて考えていたら、そこに平塚さんと奥澤さんが来た。

 ここにある商品を抜きに来たみたいだけど、なんだか二人とも笑っているような……?


「昨日といい、今のといい、予想の斜め上の突っ込みするね、雀さんは」

「それはそれで面白いけど~、師匠~、あんまりべっちちゃんをからかうと嫌われるよ~?」

「……もしかして、お二人とも、き、聞いてました?」

「「ばっちり(~)!」」

「うわー、私のバカ!」


 穴があったら入りたい! と呟いたら、平塚さんがギュッと抱き締めてきた。な、何事!?


「私が慰めてあげる~。よしよし。……うん、と~っても柔らかくて、気持ちいい~」

「「柔らかくて気持ちいいのか……羨ましい……」」

「うふふ~、遠慮なく抱き締められるのは~、同性の特権なのよ~」

「二人が反応するのはそこですか⁉」


 私が悪いのはわかっているけど、この人たちも絶対にどこかおかしいよね⁉ とか思っていたら……。


「「「まあ、冗談はともかく(~)、仕事しようか(~)」」」

「冗談だったんかーいっ!」


 冗談でした。完璧に遊ばれてるよ、私!

 それにしても皆さんノリがよすぎるでしょ!


 でも、それが全然嫌なふうに感じないのは私がバカだからなのか、他の人が笑いながら言っているからなのか、わからなかった。まあ、突っ込みに対して笑い飛ばしてくれる彼らが大人で寛大なんだろうなぁ、とは思う。

 子供っぽい自分に自己嫌悪しつつ、雑談を終わらせてお仕事開始。

 そして今日も今日とて漢字の罠にはまりつつ、危うくエビチリソースと言いそうになったのを我慢したり。

 昨日、私が届かなかった場所にあった商品を、酒瓶ケースに乗ってあっさり取った寺坂さんから商品を受け取り、「昨日、雀が届かなかったやつな」と言われて撃沈したり。

 でも。


「一人の時は、高い場所にあるやつを無理して取る必要はないからな? 取れないなら昨日みたいに書いておいてくれれば自分たちで抜くし、無理に取ろうとして怪我されても困るから」


 そんなフォローとか注意喚起をされれば、すんなり納得できてしまうのが不思議だった。なんというか、私がまだ二日目ってこともあるんだろうけど、フォローや気遣いの仕方が的確なのだ。


(仕事のできる人って、こういう人のことをいうんだろうな……)


 何となくだけど、そう思った。

 だからといって、忘れたころに意地悪な発言がくるのはどうなんだろうね⁉

 寺坂さんはやっぱりSなんじゃないかと思った日だった。


 そして翌日。

 今日は土曜日なので、二便がある。昨日同様に平塚さんとお昼(どうやら終わるタイミングが一緒らしい)を食べて、平賀さんに二便の乾物・冷蔵のチェックリストをもらうと倉庫に移動する。

 リストを渡された時に入荷待ちをしている商品の名前を教えてくれたので、それをメモして商品集めを始めた。

 案の定手の届かない商品があったので、寺坂さんに言われた通りに無理に取ることはせず、リストの商品名に丸とその理由を書いて平賀さんにも報告した。もちろん、入荷待ちの商品にも丸をしてそう書いてある。

 今日は昨日よりも早く集め終わったので、お姉様方に教わりながら納品されて来た商品の片付けをし、入荷待ちの商品があったので、それを抜いてプラコンの中に入れた。その時に入荷待ちというのと、ちょんちょんと二重線を書いて丸を消すのも忘れない。

 定時になったので片付けをやめ、片付けられなかったものは平塚さんが代表して平賀さんにそれを伝えた。あとで平賀さんや二便がない人が片付けるんだそうだ。

 ホワイトボードの社員同士の組合せは、事務をしている人が二便がない人の担当をしていると、所長よりも詳しく教えてくれた。

 タイムカードを打刻し終わり、帰ろうとしたら野田さんに呼び止められる。


「雀ちゃん、これが防寒着ね。イヤーマフと上着とズボンよ。上着は薄いのと厚いのがあって、薄いのは冷蔵庫に入る時に使うといいわ。あとはちょっと寒い時ね。冷凍庫に入る時は厚いのを着てね。真冬もこれを使えばいいから。どうしても寒かったら薄いのを着てから厚いのを着てね。換えも含めて二着分あるわ。それと、サイズが変わったり破けたりしたら、すぐに言ってね。交換するから」

「ありがとうございます!」

「あと、悪いんだけど、滑り止めがついた軍手だけは雀ちゃんが用意してね」

「はい、わかりました」


 野田さんから防寒着一式をもらって更衣室に戻ると、それをロッカーにしまう。

 来週は冷凍庫に入るんだろうか。それとも、この二日間と同じなのかな?

 あと、誰のフォローをするんだろうか。冷凍庫に入ると困るから、明日は軍手を買いに行こう。


 仕事が楽しみだと思える日が来るなんて今までなかった。やっと立ち直れたかな、でも油断大敵だよね、と思いながらお姉様方と別れ、帰宅したら洗濯物を取り込んでしまっておく。

 今日は実家に顔を出す日なので、晩御飯の支度をしなくていいのが楽だ。

 実家に顔を出した時は泊まることになるけど、実家にいた時の自室はそのままだし、着替えも何着か置いてあるのでスマホと充電器、財布なんかを持って実家へと出かける。その時に会社の前を通るから駐車場を見たら何台か戻って来たみたいで、伝票を読み上げる声が聞こえて来た。

 それを横目に見つつ歩いていたら、前からクラクションを鳴らされた。そちらを見れば寺坂さんで、笑顔を浮かべながら手を振っている。私も笑顔を浮かべて手を振り返すと、そのまま実家へと向かって歩く。

 実家に着くと兄夫婦の子供たちと遊び、ご飯の支度を手伝う。週末になると家を出た次兄夫婦(子供二人いる)も帰ってくる。

 そうすると人数が多いから炊飯器では足りないからと、ご飯は土鍋で炊いている。今日はグリーンピースととうもろこしが入ったご飯だ。

 おかずは刺身と天ぷらとお蕎麦、いろんなお惣菜と糠漬け。飲み物に麦茶と、大人はビールや日本酒。私は、ご飯の時は麦茶。いただきますの挨拶で夕飯開始。


「雀、仕事はどうだ? やっていけそうか?」

「うん。人数が少ないからなのか、すっごくアットホームな感じの会社で、みんな優しいし楽しいよ」

「そうか……。よかったな」

「うん」


 心配をかけた父の言葉に素直に答えると、安心したのか上機嫌でビールを飲んでいる。その後も家族と話したり、食事後は子供たちとトランプをしたりして遊んで眠りについた。


 次の日の昼に自宅へと帰って来て、忘れないうちに軍手を買いに行く。帰って来てから昨日できなかった洗濯や掃除を済ませ、オンノベを読んだりテレビを見たりしながら、ゆっくり過ごした。

 明日は仕事だ。どんなことをやるのか楽しみにしつつ、「……痩せなきゃ」とぼやいて眠りについた。


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