エビチリでいいじゃない!

「お待たせ」


 その声に我に返り、差し出された紙を受け取る。紙はA4サイズで、英数字や商品名、メーカー名と思しきものが書かれていた。

 ぱっと見て、1ページ8行くらいだろうか。


「これがチェックリスト。これを出すのは社員の仕事だから、園部さんがやることはないよ」

「はい」

「じゃあ、これの見方を説明するから、倉庫に行こうか」


 話をしながら移動をする寺坂さんのあとにくっついて行くと、ホワイトボードの横に並んでいる手押しの台車のひとつを動かし始めた。それを押しながら別の場所にあった、長方形で五センチくらいの薄さの青いものがたくさん積んである場所に移動すると、それを五枚ほど台車に積む。

 一番上の部分を持ち上げると重なっていた羽みたいなのが下がり、パカッと音がして横の部分が繋がり、長方形の箱になった。


「おー、すごいです!」

「これはプラスチックコンテナっていうやつで、俺らはプラコンって略したり出荷箱って言ったりしてる。こんなやつを薬局やスーパーで見たことない?」

「あります。色は違いますけど、薬剤師さんがそのプラコン? に入っていた薬を棚に入れているのを見ました。あれと同じですか?」

「そうだよ、形はちょっと違うけどね。畳む時は横の下の部分を強めに叩いて羽を中に入れて、上に持ち上げながら下ろすと、さっきみたいになるから。やってみて」

「えっと……こう、ですか?」


 言われた通りに羽みたいな部分の下の方ほうを強めに叩くと中に入り、それを指で持ち上げるように押し込んで重ねるよう畳むと、元に戻った。なるほど、と頷くと、寺坂さんはまたプラコンをふたつほど組み立てて台車に載せ、移動し始めたのでついていく。

 そして商品が載っている棚まで来ると、ストップした。


「じゃあ、チェックリストの説明をするよ。これが商品名とメーカー名で、この左の部分が商品がある場所の棚番。棚番はこれね」


 リストにある商品名の右側にメーカー名が書いてあって、左側には英数字があった。その紙には〈12―B〉と書かれていて、寺坂さんが指差した棚にも〈12―B〉とラベルが貼ってある。

 商品の数が多いし似たような名前のもあるけど、メーカーを見れば間違えることはなさそうだ。どうしてもわからなかったり見つからなかったら、聞けばいいしね。


「で、この下に書いてあるのが注文して来たお店で、そのトータル数が一番右側の大きな数字。お店によってはケース単位で発注してくることもあるけど、あまり気にしなくていいよ。そしてその左側のは在庫数で、更にその左側は1ケースあたりの入り数ね。ちなみに、ダンボールに入っていて封を開けてない状態のことを、ケースって言ってるよ」


 商品名とメーカー名の下の欄に名前が載っていた。知らないお店のもあれば地元にもある居酒屋チェーンのお店、有名なホテルチェーンの名前もある。

 今説明している商品は亀の甲羅を模した六角形のマークを使っているメーカーのお醤油で、1ケースあたりの入り数が〈6〉、必要な数字は〈9〉になっていた。在庫は〈65〉だ。


「で、今から園部さんにやってもらいたいのは、棚番を読み上げてから商品名と必要数量を読み上げること。商品によっては同じ名前でリッターが違うものがあるから、それも気をつけてね。特に醤油と味噌。棚番は変わった時に言ってくれればいいよ。調味料関係はメーカー名も一緒に言ってくれると助かる。特に醤油やみりん、料理酒はいろいろあるから、先にメーカー名を言ってから商品名、それから必要数を言ってくれると助かる」

「はい、わかりました。あと、質問なんですけど」

「なに?」

「商品名の横に書いてある【PB】ってなんですか? あと在庫がゼロの商品はどうしたらいいですか?」

「【PB】はプライベートブランド――オリジナル商品の略で、自社製品のことだよ。これがついている商品はそのまま読んで。たとえば……この料理酒。【料理酒PB】になってるだろ? これはそのまま読んで。で、在庫だけど、本来なら気にしてほしいけど、今日はいいよ。多分、そこまで見てる余裕はないだろうし。しばらくは俺か別の人と一緒に商品を抜くことになるけど、ある程度慣れて来たら一人でやることになるから、その時に気にすればいい」


 確かに慣れるまでは見落としそうだなと思って、素直に「わかりました」と返事をする。


「じゃあ、やろうか」

「はい!」


 そんな寺坂さんの合図で初仕事が始まった……のはいいんだけど、すぐに躓いた。あれですよ、漢字の罠です。


「ほし……ほしやきエビ……?」

干焼蝦仁カンシャオシャーレンね」

「おー。干焼蝦仁が3です」


 とか。


「マメに太鼓の鼓の……」

豆鼓醤トウチジャンね」

「おー! 豆鼓醤が1です」


 とか。


「とり油が……」

「ぶっ……っ。 鶏油チーユね」

「うっ……、鶏油が2です」


 とか。


 中国や韓国系の調味料の一部が読めなくて適当に言っていたら、とうとう吹かれてしまった。

 いや、 紹興酒しょうこうしゅ豆板醤トウバンジャンは使うからわかるよ? でも豆鼓醤なんて使ったことなんてないし、干焼蝦仁なんて商品についてる写真を見た限りだけど、エビチリソースでいいじゃんと思うのは私だけ!?

 そう言ったら思いっきり笑われた。


「あっはははははっ!!」

「うぅ……そんなに笑わなくたっていいじゃないですか!」

「ははっ……いや、ごめん。このあたりの商品は最初から読めない人が多いからいいんだけど、干焼蝦仁をエビチリソースって言ったのは園部さんが初めてだよ……っ、くくっ」


 間違っちゃいないけどさ、と言いながらもまだ笑っている寺坂さんを睨む。間違った読み方はちゃんと教えてくれるのはいいけど、そんなに笑わなくてもいいんだけどな。

 というか、「いいネタができた♪」なんて、楽しそうに言わないでください! もしかしてSですか⁉

 なんてことを言えるはずもなく。でも、寺坂さんが笑い飛ばしてくれたおかげで緊張が解れた私は、調味料やドレッシングは躓くこともな……いわけじゃなかったけど、商品集めを終えた。


「集め終えた商品はトラックのうしろに並べて、陽が当たるところはブルーシートをかけるんだ。ブルーシートはプラコンの隣にダンボール箱があって、その中に入ってるから持って来てくれる? 俺はその間に商品を並べておくから」

「はい」


 言われた通りにブルーシートを取りに行って戻ると商品を並べていた寺坂さんを手伝い、ブルーシートを半分に折って陽が当たる場所に被せた。


「はい、お疲れさん。次は冷蔵庫と冷凍庫にある商品なんだけど……防寒着はまだもらってないよね?」

「まだです。合格の連絡をもらった時に、『商品集めや棚卸で冷蔵庫に入る事があるから、それに耐えられる上着を持って来てください』と言われたのでパーカーは持って来てます。でも、それだと冷凍庫は寒いですよね……」

「ああ、滅茶苦茶寒いね。なら、俺が冷凍庫に行くから、園部さんは冷蔵庫をお願い。誰かしらが必ずいるから、商品がわからなかったらその人に聞いて。俺が行く前に終わったら、冷凍庫に来て俺を呼んでくれ」

「はい、わかりました。あと、冷蔵庫の商品はどこに置いたらいいですか? 外はまずいですよね?」

「今の時期は外でも大丈夫だよ。もっと暑くなってきたらダメだけどね。基本的に、米とケースに入っている卵は一年中外で、日陰に置いてくれればいいよ。それ以外はバターなんかの溶けやすいものや痛みやすいものもあるから、それらの商品は 五末ごまつ――五月末くらいから十月半ばくらいまでは冷蔵庫の中に入れておくって覚えておいて。で、集めた商品はプラコンに入れて、その中にチェックリストを入れること。そうしておけば、誰が見ても、誰の商品か一発でわかるから。今日は外に出すから、入れなくていいよ」

「はい」


 寺坂さんは冷蔵庫の分と冷凍庫の分のチェックリストを分け、7~8枚ある冷蔵庫の分を私に渡すと「頼むね」と言って歩き出したので、私もあとを追うようにパーカーを取りに行く。脱ぎ着がしやすいファスナー付きのを持って来たので、それを着てプラコンがある場所に行くと、一枚だけ持って冷蔵庫の中に入った。

 中は十畳くらいの広さの冷蔵庫で、入口から向かって両サイドの壁際と真ん中に棚が向かい合わせでふたつ置いてある。どの棚も三段になっていて、その上にはダンボールに入った商品がところ狭しと並んでいた。

 右奥の通路には男性社員二人と、平塚さんと森さんが仲良く話しながら商品を抜いていた。

 それを邪魔しないように小さな声で「失礼しまーす」と声をかけて冷蔵庫の扉を閉めるとプラコンを組み立て、チェックリストと棚番をにらめっこしながら頑張りますか、と気合いを入れた。


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