ex12−3 女騎士の鏡像

 星読みのできない私には、夜間時間を計る事は難しい。

 焚き火から蒔きを何本か取り出して、それが燃え尽きる時間を参考にするのが精々だ。

 そんな測り方だから逐一確認なんてしない。意識の半分くらいは1日の反省に使っていた。

 彼が起きだして来るまでは。


 テントから出て来た彼は、むしろこれまでずっと気を張って警戒していた側の様に疲れた様子で、いったいどうしたのかと気になった。

「……大丈夫か?」

「あぁ……いや、大丈夫だ。リリーは寝相が悪いのか?」

 彼の言葉に記憶を漁るが、そうは思えない。いつも宿でも静かに寝ている印象だ。

「いや、時折寝返りを打つ程度で、悪いという程ではなかった筈だが」

「そうか」

 短く呟いて、彼は肩を竦める。

 魔法使いは、今日も彼の腕を抱いて綺麗な姿勢で寝ていたはずだ。彼が何を問題視しているのか、今ひとつ判らない。

「交代だ」

 テントから距離を取り見張りの姿勢に移る彼の言葉に、私はそれ以上の詮索を取りやめた。

「……では、後は任せよう」

 この見張りに念のため以上の意味合いはないのだし、多少の疲労は問題ないだろう。

 見た所身体疲労というよりは精神疲労なので、明日に響く事も無さそうだ。

 もし多少不調でも、コンディションの上下くらい補い合うのがパーティだ。臨時とはいえ仲間だ。むしろ今日が順調過ぎたくらいでも問題はない。


 その後、モンスターの遠吠えに目を覚ましてみると、彼が魔法使いからその技を教わっていたという一幕はあったものの、特に問題なく朝を迎えた。

 彼は結構初心らしく寝床を隅の方に移動していたが、取り立てて問題にするような事ではないだろう。棍棒使いが諦めるのが先か、彼が諦めるのが先か。それだけの話だ。


 ◇◆◇


 敢えて彼の意見は聞かず、狩りではなく採取活動を行う。

 それは彼の能力と自尊心を見る為の秘密の計画だった。縄張り熊テリトルベアーと遭遇する所まで含めて全て。男を立てない、斥候の意見を聞かない、初日とはまるで違う行動方針、抜き打ちの非常事態。その全てが、彼の反応を見る為の仕込みだ。


 その全てが、殆ど満点だった。

 リーダーの一方的な指示にも合理性に理解を示し、事前通達のなかった採取活動にも関わらず木の実や薬草の群生地へ迷い無く案内し、採取手順や良品の見分け方まで指導し。熊の襲撃も事前に察知して逃げを打つ時間を確保した。

 斥候しかできないと彼は言うが、その知識と視野の広さはリーダーやその補佐役としても十分に役立つはずだ。なにより、戦闘の場数を踏むのは簡単でも、斥候としてのそれは失敗を取り戻すのが難しく、才能を育むのは簡単ではないと聞く。

 冒険者が、襲ってくれば返り討ちにするという受け身な立回りになりがちなのは、その辺りの煩わしさに起因する。その能力を高いレベルで備えている彼は、消極的な印象を取り去ってしまえば一角の人物に違いない。

 おそらくは、戦うという選択肢を取れる他の冒険者とは違って、「戦えない」と自負するからこそその能力を突き詰めたのだろう。


 そこにどんな思いがあったのかは判らない。

 しかし、その努力は並大抵の事ではないはずだ。きっと、私が盾や鎧の技術の習練と同様に。あるいは、死や暴力の脅威に抗う術なく晒される恐怖と孤独は、私が鍛錬に流した血と汗よりも濃密な経験だったのかも知れない。


 彼の能力は、彼の在り方そのものだ。

 私がそれをようやく理解したのは、彼がたった1人で縄張り熊の足止めと撤退ルートの確保、反撃の準備まで考え、実行してからだった。


 彼は私達を信用なんてしていない。信頼なんてしていない。

 実力を推し量り、利用していただけ。

 それはそのまま、私達が彼にしていた事で。

 彼が特別薄情な訳ではなく。

 彼の独断を責める権利なんて、私にはなかった。

 彼に向けて盾を構えている私に、信用しろと言う権利などあるはずもない。


 しかし、自己嫌悪に浸っている暇もない。

 私は彼を庇う様に、洞窟の外へ向けて盾を構えた。

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形無き宝石 紅月 @akatukimugen

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