第25話

「やったじゃないですか、ミヤモトさん! これからプチ同棲が始まるんじゃないですか?」

「それから……ユウジとハルカの……奇妙な共同生活が始まった……な〜んてね!」

「今のナレーションは森本レオですか? もしかして!」

 アカイさんを相手にオレはおおいにノロけていた。まだ昨日の今日なのだ、浮かれていて無理もない。突如、主人公の元に舞いこんできたワケありの女の子、定番と言えば定番だが、冒頭のシーンとしてはわりとお気に入りだ。この二人のドラマはどう展開していくのか? じつに見物だ。

 まず主人公は二晩めからはセックスしようとはしないのだ。本当に好きなことを証明するために……かっこええなぁ、オレ。そして一ヶ月くらい同棲を続け、そこで初めてきちんと告白をし、二人は初めてキスをする。うん、いいぞ! そんな平和も束の間、ヒロインの居場所を探偵に探させていた元カレの若社長が彼女を連れ戻そうとする。立ちはだかる主人公と若社長の直接対決! 若社長は言う。「お前が彼女になにをしてあげれるというのだ!」確かにオレにはなにもない。金。ステータス。才能。車の免許すらも! だが、主人公は叫ぶ。「たとえ五体が砕け散っても彼女を一生守る! 必ず最後に愛は勝つ!」

 うお! すげえセリフはいちゃったよ! かっこええなぁ、ミヤモト君!

 そのとき電話が鳴った。誰だよ、いいとこだったのに! ってそのヒロインからだ。

「あ、もう起きたん? 出かける? じゃあね、冷蔵庫あけてみて。うんそう、キムチの瓶の上に合い鍵あるから、持っといてもええよ」

 ヒロインは新宿のコインロッカーにあずけたバッグを取りに出かけるみたいだ。今は一時すぎ、オレが部屋に着く四時頃にはもどっているだろうか?


 オレは初めて自分の部屋のインターホンを押した。ドアが開いて『おかえり』と言ってもらう喜びを味わってみたい! でもドアは開かなかった。もしかして疲れて寝ているところかもな……鍵をとりだし、ドアをゆっくりと開ける。部屋の中は誰もいなくて、ポカ〜ンとアホみたいに口を開いているようだった。見慣れている景色のはずなのに見慣れない景色のように感じた。

 いつもと同じ部屋のはずなのに……いや、少しだけ違う。部屋には少し煙草の匂いが残っていて、枕には彼女のシャンプーやら香水の匂い。キッチンの流しには煙草の入ったぺッドボトルが残っていた。

 そして床には、売ります買います出会います個人情報誌ふれワード、貴女のための高収入情報誌ティンクル、公募ガイドなどが置いてあった。

 あまり寝てなかったのでニ時間だけ眠った。日は暮れているのにまだハルカはもどってこない。いつもは居心地のいい空間なのに、一人でいることがひどく落ち着かない。ちくしょお、オレはこの家の主だぞ! なんで連絡をよこさないんだ! と両親の気持ちが少しだけわかった。もし電話に出なかったらどうしよう? ドキドキしながらハルカに電話する。十五回コールした後に彼女はでた。

「ごめん。今、仕事の面接中なんだ〜。うん、ぬけていいってさ。店の人すごく感じがよくてね。新宿で見つけたの、フロアレディのバイト。もしかしたら一日体験入店してくるかもしれない! もしその仕事が続けられそうだったらそこの寮に泊まってくるからさ。ユウジくんは気にしないで先に寝といてね」

 彼女の残したティンクルをめくると、いたるところがピンクの蛍光ペンで囲ってある。フロアレディ、ラウンジ、キャバクラ、ピンサロ、ファッションヘルス、ソープ、雑誌モデル……女にしかできないさまざまな職種が載っていた。ファッションヘルスのところは蛍光ペンで囲まれてなかった。

 十時に部屋の電気を消した。昨夜のことを思い出し、オナニーをした。すぐにイクことができた。やっぱりこういうことは一人でするより二人のほうがいいのにと思った。仕事が決まると、この部屋にはもどらないのだろうか? すぐに仕事がイヤになってこの部屋にもどってくればいいのに。

 もし夜中に彼女が帰ってきた場合を考え、布団のスペースを半分開けておいた。左の肩が少し冷えた。

 朝、目が覚めるとやはりオレは一人だった。携帯電話を見ると彼女からのメールが夜中の二時すぎに入っていた。

『今、仕事が終わって寮に帰るところ』

 よし! オレは一安心した。この時間に仕事が終わるってことはおそらくキャバクラだ! ピンサロやファッションヘルスなどの具体的にエッチなことをする店は法律によって十二時すぎ以降の営業を認められてないのだ!

 よかったぁ〜、助かった〜、彼女は小汚いオッさんに敏感なところをいじくられてはいないのだ! お酒の相手をして会話につきあってあげただけなのだ! ヤリ手ババアの魔の手からオレは彼女を救ってやった王子様だ! あとは彼女が仕事に嫌気をさし、オレの部屋にもどってくれればいうことはない。そうすればこの恋愛ドラマを再会することができる!


 月曜、火曜となにもなく、水曜日の夕方にハルカから電話がかかってきた。

 ハルカは機嫌がよかったのか、いつもの声の一・五倍の大きさと早さでまくしたててきた。

「あのね私の働いた店ってね! あれフロアレディじゃなくてピンサロだったの! おかしいでしょ? 日本語っておかしいよね! フロアレディじゃわかんないよね! ビックリしちゃったよもぉ〜」

 あ……れぇ? オレの予想ダメじゃん……なんで? オレはどこにいるんだ? どこのポジションを守っていたんだ?

「今ね、新宿のね、パックンウーマンってとこで働いてるの! 店の名前はアオイってゆーの! 自分でつけたんだよかわいーでしょ? まだ店に慣れてないからアオイって意味なんだ、わかった? いい店だよ! 三人回転してサワリ放題ナメ放題ヌキ放題の三十分八千円! 安くない?」

 アハ……ハ……サワリ放題ナメ放題ヌキ放題なんや……ハ……ハ……へぇ〜、サワリ放題ナメ放題ヌキ放題ねぇ……な、なるほどぉ、サワリ放題ナメ……

 なぜかオレは復唱した。現実をゆっくりと噛み砕いて消化していくかのように。

「すごいんだよ私って! 指名いっぱいとれたよ! 店長や店の人も優しいし、布団用意してくれたり焼肉おごってくれたりすごい親切なの!」

 ハルカ、誰だって金の成る木にはちゃんと水を与えるよ。

「慣れるまで休ませてくれないし大変だけど目標金を設定して頑張るんだ! なんかユウジくんと別の世界の人になっちゃった!」

「目標金ってなにそれ?」

「言わなかったっけ? 私ね、ネイルアートの店を持ちたいんだけどね、それには二千万円必要なの…」

 月給八十万としてね、三年がまんすれば貯まるんだ。

 確かに別の世界だ。約五倍の給料かよ。

 お金がなくても夢さえあれば輝いていける、なんてことをオレは思っていた。だけどお金がなければ、お金がなければ始まらない、そういう夢だってあるんだ。けっきょく世の中お金だよ……リカの言うとおりかよ、ちくしょお! だからといって、そんなやり方で夢を叶えるのか? 夢じゃない、現実を手にいれたいからそうするんだ。ユウジよ、風俗以外に金を稼ぐ手っとり早い方法を君は知っているというのか? オレに口を出せることはなにもない。じゃあ確かに別の世界の人になっちゃった。出会ってまだ三日しか経ってないのに、オレはもう彼女と会う気はないのか? オレ、少し混乱してるよ。会う理由は? 方法は?

 あった。

「そういえばさぁ、ハルカに貸した合い鍵どうしよっか? 次の日曜日って会える?」

 毎日オレをひとりぼっちにするための鍵が彼女の世界のドアを開けるのか……ってなにをオーバーな! いつでも会えるのだ。彼女とオレがその気なら多分。

「うん、大丈夫。昼間、新宿に来てもらっていい?」

 鍵を受け取るためだけに行くのではない。そこでオレはなにかを決断をするのだろう。


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