二十七、夏の終わり

 高校時代最後の夏休みは忙しいの一言で言い表せるようなものだった。修行、帰宅して事務の繰り返し。そこに泊まり込みでの夜勤があった。依頼主の都合で夜間に行う仕事を受注しており、健一は特別の許可を取ってもらって参加した。

 浄化を美しいと感じたのは初めてだった。星辰を測り、星の位置と時間を合わせて遺物を片付ける。甲なのに保護具を一切つけない。理由を尋ねるとその必要がないからと答えられた。星辰が味方だ、と。

 そういう浄化方法があるのは知識としては知っていたが、うちではまだ早いからとやらせてくれなかった。今実際に行ってみると、確かに何の抵抗力も感じなかった。本当に甲かと疑ったくらいだった。それでいて遺物は塵一つ残さず完全に消滅した。星になったんだ、とその社員は冗談めかして言ったが、健一は本当にそう思った。

 翌日、感動ばかりしてられないと、記憶が新たなうちにできるだけ細かくメモに残した。作業を一段階ずつきちんと書き出す。こういうやり方こそ手順書にできないだろうか。真夏に保護具を着けなくていいだけでもありがたいし、それは経費節約にもつながる。


「手順書づくり、あきらめてないのか」

 社長が画面を覗いていた。

「はい。魔法そのものがわからなくてもある程度まではできるはずです。それで教育にかかる時間や経費を抑えます」

「まっとうな考え方だ。教科書の改良版になりそうだな」

 健一は照れる。

「そんな。協会の研究者が書いたのとは比べ物にならないでしょう。どちらかといえば理論より実用一点張りになりそうです」

「我々職人にはその方がいい。理屈はどうせ体で覚えるさ。本を読んでわからなくても、実際に仕事して、それからあそこに書いてあったのはこういうことかって気づくくらいでいいと思う」


 社長のスマートフォンにメールが着信し、話はそこで切れた。画面を見る顔がわずかに険しくなった。


「済まない。明日の仕事なくなった。乙まで保護対象にするとさ。あいつらとことん動物霊を研究するつもりらしいな」

「研究、研究って何をしてるのかわからない。もっとオープンにしてくれたらいいのに。これじゃただの営業妨害みたいじゃないですか」

 健一はわざと大げさに怒ったふりをした。自分が道化になって話を引き出すつもりだった。社長と周りの社員たちはそれを知ってか知らずか様々な推測を話しだした。そのうち重要そうな部分を心に書きとめる


『ほんとに死霊の研究かな』

『例の問題で左遷された奴らが中心になってる計画だし』

『また兵器開発?』

『でも今度は軍はノータッチっぽい』

『じゃ、研究なのは間違いなしか』

『何のため? 省力化? 訓練期間短縮? 今どき死霊を使うメリットは?』

『手軽に扱える高エネルギー源』

『これから現場じゃ牛や豚の悲鳴が聞けるんだ』

『なあ、聞いたことあるか? ろくでもない噂だけど、テロリストども、捕虜を使ってるって』

『それへの対抗研究ってこと? でも軍は関わってないんだろ』

『協会が外国とどういう協力体制なのかまではわからない。そういう可能性もあるって話』


 匂いの違う畳と布団。社長の自宅の二階が宿泊所だった。健一は昼間の会話を思い出しながら糊の効いた布団に転がっている。

 人間の霊を使うというのはおぞましい考えだが、技術的には不可能ではない。しかし、現実的には無理だろうなと思う。理論研究をしているというだけでも表に出れば協会の存在そのものを揺るがしかねない。

 テロリストだってそれは分かっているはずだ。証拠があがればもう味方をしてくれるものはいなくなる。世界を敵に回す気はないだろう。

 ただし、下卑た考え方だが、バレなければいい、とも言える。魔法を唯一使用できる生物の霊は動物霊と異なり、力を著しく強化する。これが人間だけが特別な生き物だと主張される根拠の一つになっているほどだった。

 死霊術は、そういういかがわしさを多分に含んでいる。だから当然、世間の評判は良くない。

 しかし、協会は手を出した。


 健一は転がり、布団の冷たいところに頬を押し当てた。その時、枕元のスマートフォンがメッセージ着信のパターンで振動した。木島久美子、と表示されている。

 中身はいつものくだらないもので、引っ越し先での暮らし、学校や予備校の友達についての噂話だった。そのくだらなさが嬉しかった。

 普段なら返事は明日になってから暇を見て、なのだが、どうせ仕事は消えたし、その場で返信した。こっちも日常をできるだけくだらなく書いた。

 やり取りをしていると、予備校で同じ大学、学部を目指す友人ができたという。彼? とからかったら曖昧に認めた。良かったな、頑張れよ、とよく考えると意味のわからない応援をした。

 また少しやり取りをし、遅くなったからと言って終わらせた。おやすみの繰り返しがちょっと続いた。外から昼夜間違えたセミの声がした。


 死霊術の報道に新鮮味がなくなり、トップから三、四番目に押しやられた頃、別の話題が浮上してきた。

 宇宙探査計画についてで、進行が前倒しになり、秋打ち上げの日米独共同のロケットに相乗りさせてもらうという。いささか強引さが感じられ、準備期間の不足から十分な結果が得られるのか疑問視する意見が紹介された。

 なぜそこまで急ぐのか、協会は明確な理由を公表せず、取材にも応じなかった。


「人気取りじゃないかな。宇宙は受けるから」

 朝食時、社長が言ったが、適当な言い方で、自分でも納得していない様子だった。


 それは頭の隅に追いやっておいて、今日の仕事を確認する。乙が無くなったので他の仕事から修行になりそうなものを選んでついていくつもりだった。とにかく早く決めて、邪魔にならないように準備しておかないといけない。

 結局その日は遺物の事前調査に加わった。まだ協会の判定が出ていないが、丙と思われ、動物霊も使用されていないので先に調べておくつもりとのことだった。


「害虫とか鳥よけでしょうね」

 単純な線を彫り込んだ人の頭くらいの丸い石が直径二メートルほどの円を描くように並べられている。

「うん、これなら大丈夫。協会も取らないだろう」

 掘り出され、日光を浴びた石のうちいくつかが活動を始めようとしており、かすかな刺激臭が漂っていた。

「とりあえず、覆いかけときましょうか」

「いや、協会が見るまでは手を出さないほうがいい。何枚か撮っといて」

 指示にしたがって模様がよく分かるように撮影した。光が起動のスイッチとエネルギー源を兼ねている、よくあるタイプの遺物だった。ここが田畑ならまだ役に立つかも知れないが、住宅街にこんな刺激臭はいらない。

「あれ、この模様、ちょっと見てください」

「へえ、観測も兼ねてたのか。農村の遺物によくあるけど、行事の日時を正確に決めるために天体観測機器になってるのがあるんだ。まずいな」

「そうですね。観測機器は保護対象になりやすい」

 その社員は頷いたが、不正を行う気はないようで、そのまま撮影を続けるように言った。

 その後、予想通り協会は保護対象に指定した。また仕事が消えた。


 そんなことばかりで、終わってみると夏の修行はあまり実り多いものではなかった。なんと言っても作業があまりできなかったのが痛い。

 だが、そのなかでも印象深いのは星辰を利用した浄化だった。これを体験できただけでも良しとしよう。


 健一は社長と皆に礼を言い、荷物をまとめて帰宅した。夏の終わりのセミの声はまだ騒々しいが、秋に移りつつある様子が感じられた。

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