二十六、死霊術
健一たちが不審に思いながらも行動にまでは移せないでいる間に、協会の計画は独立系のジャーナリストによって明らかにされた。しかし、計画の内容、目的、進め方いずれをとっても何ら違法性はなく、その方向から見る限りにおいては騒ぎにはなりようがなかった。
「死霊術、か。とんでもないものに手を出すんだね」
流れる報道を見ながら姉がつぶやいた。母は明日帰ってくる父のお祝いの膳の仕込みをしながら同意する。
「まったく、変なことばかりする連中がいるんだねぇ」
それから、健一と香織にも手伝うように言った。
「忙しいんだよ。準備で」
目前に迫った夏休みの修行の準備をしているところだった健一は、ぼやきながらも混ぜや捏ねなど力のいるところを手伝った。父が帰宅するので泊まり込みで、しかも甲や乙にも関わらせてくれると言うので早くから用意していた。
協会はまだ公式には発表していないが、計画の存在をほぼ認めており、あくまで研究であって実害はないと強調していた。
しかし、人々の死霊術に対する感情はあまり好意的なものではなく、その報道があっただけで魔法市民会の支持率は低下の傾向を見せていた。
「動物だし、死霊なんだから皮や肉を利用するのと変わりないんだけどな」
「そんな風に割り切れるのは業界人だけ。霊のとらえ方は微妙だしね、一般じゃ」
香織が煮物の味を見ながら健一に返事をした。
死霊術は2000B.A.前後に発達した技術で、言葉通り生き物の霊を用いる。それにより魔法の効力を手軽に強化できる。特別な儀式を長く行わないでも、霊そのものが力の源となるからだ。修行を始めたばかりの魔法使いでも扱えるほどのため、一時はかなりの隆盛を見せた。
しかし、霊を取り出すためには当然対象の死を必要とする。理屈としては家畜を肉にするのと変わりないが、その過程で苦痛を見せることと、肉体が完全に消滅することなどから、初期から抵抗感はあったらしい。それが魔法使いへの差別感情に結びついたという説もあるほどだった。
現代ではほとんど行われず、知識としてしか残っていない。それは大粛清時代に、人間を対象とした死霊術を行っていた結社が告発されたことからだった。それが事実かどうか今となっては不明だし、対立する勢力への濡れ衣だと主張する歴史研究者もいるが、これが死霊術への負の印象を決定づけた。
香織が言う。
「でも、なんで今あえてなの? 確実に反発されるのに」
「そうだね。今どきなにかを隠し通すなんてできない。遅かれ早かれ表に出るのに」
「分かっててやったってこと?」
健一はそうだろうなと頷いた。そう、分かっててやったのだ。決して好奇心や生半可な気持ちで死霊術の実験を行っているのではない。それなりの覚悟があるのだろう。思いついた考えを言ってみた。
「魔法使いの減少と関係あるんじゃない。人手不足を解消するために訓練期間を縮めたい、で、未熟でも強力な魔法を操るために死霊を補助に使うっていう」
「そんなとこかな」
香織はそう返事し、包丁の先にほんの少し塩を乗せて鍋に入れた。隠し味、意味があるのだろうか、それとも、入れたという気持ちだけに過ぎないのだろうか。それも健一にはわからない。いずれ、料理をきちんと教えてもらおうと思い、心に覚書をした。
「また儲けが減るね」
母が現実的なことを言った。死霊術の実験を行っている者たちは一般の感情に配慮し、動物を使わず、すでにある遺物を利用して研究を進めている。業界団体は減少する利益を試算し、協会に対してあまり保護対象を増やさないよう要求を行う予定だった。
突然、香織が驚いた声を上げた。包丁で画面を差し、母に叱られた。
そこにはあの魔法使いがいた。遺物でのやり取りが思い出される。忘れようにも忘れられない嫌な顔だ。
「あいつも死霊術に関わってるんだ」
協会の本部に入っていく途中で声をかけられ、何も答えられないと繰り返しながら早足で奥へ去った。解説によると今回の死霊術研究計画の中心人物のひとりと見られているらしい。他の関係者と共に、福永智則という名前が出た。
「懲りないね」
母が言った。しかし、健一は嫌な感情を抱くと同時に感心していた。昔からこういう挑戦を続ける人物が未来を作ってきた。同時代に生きていると迷惑だが、後世に評価されるのはこいつかも知れない。
翌日、帰ってきた父はすっかり元気な様子だった。顔色は最近の健一の記憶にないほど良い。少し太り気味なのもかえって安心感がある。
「すっかりなまったよ。体も頭も」
「ゆっくり取り戻したらいいよ」
母の言葉に頷き、色鮮やかなちらし鮨や他のごちそうを見て目を細めた。
「病院食は悪くないんだが、塩気が、な」
「お酒はもういいの?」
心配そうに聞く香織にまた頷く。
「普通に飲んでいいって言われた」
「普通はだめ、控えてもらいます。せっかく入院までしたのに、次の検査で悪い結果になったら台無しでしょ」
そういいながらも母はビールを注ぐ。
「今日は別だけどね。退院おめでとう」
健一と香織もお祝いを言い、父は照れたように受けた。
「修行はどうだ。夏は?」
食事がほぼ終わり、皆いっぱいになった腹を抱えている頃、赤い顔の父が健一に聞いた。
「夏休みは前みたいに通いと、一週間ほど泊まり込みの予定。甲とか乙があれば手伝わせてくれるって」
「そりゃ良かったな。社長によろしく言っといてくれ。まあ、近いうちに行くけど」
「分かった。けど、丙の指定が減ってるから浄化作業の数も少なくなるのは困るけど」
それを聞くと、父の顔が一瞬曇った。死霊術の報道は見ていたと言う。
「なんで今そんな実験をするのかよくわからん」
「魔法使い不足を補うためじゃない? 健一の考えだけど」
香織の言葉に父は首を傾げる。
「訓練期間を短縮して死霊術で力を補うっていうのはやり方が雑すぎる。もしものことがあったときに対処できない魔法使いじゃ結局役に立たないから、教育の省略は考えにくいな」
こつこつと拍子を取るように卓を叩く。
「それに、国政選挙が近いだろ。死霊術なんて印象の悪いものをあわてて研究しなくてもな。実際支持失ってるし」
「もう、今日はやめてよ」
母がたしなめ、父は苦笑いする。香織がお酌をした。健一は、その方向に話を持っていくのは今夜はもうやめようと思った。
しかし、一方で父が投げた疑問が膨らむのも感じていた。
夜、明かりを消してベッドに寝転がってもそればかりが頭の中を巡った。死霊術。そもそも霊とはなんだろう。教科書的な答えなら、ある程度複雑な生物に存在し、肉体と対をなす実体のない魔法的エネルギーとされる。それは死霊術によってのみ取り出せる。
霊を別の肉体に移すことはできず、唯一魔法使いが正しく刻んだ模様にのみ封印できる。封印された霊は魔法を行使する際に手間のかからない良質なエネルギー源として機能する。
もういい。寝返りを打った。自分は自分のすることをしよう。告発とか騒動とかはもういい。死霊術が何で、目的が何であるにせよ首を突っ込んでいる余裕はない。
目を閉じると色の模様が見えた。もやもやしていて形がない。そういうもののように、追いかけてもどうにもならない。
動くのは自分の正義が侵されてからにしよう。身の回りの手の届く範囲だけの正義の味方でいればいい。
健一は大きく息を吐き、手足の力を抜いて朝までぐっすりと眠った。
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