二十四、空間

 今報道番組で特集されているが、魔法について定期的に話題になることのひとつに、人間以外に魔法を使える存在はいるのか、ということがあった。


 健一は決まりきった流れの番組を横目で見ながら事務を片付けている。母と姉もそうしている。父は二階で休んでいた。


 自分の周囲の環境を、化学物質などの分泌なしに都合よく変える微生物は数十種は発見されていた。しかし、協会と生物学者の度重なる調査にもかかわらず魔法は検出されていない。他にもチンパンジーなどの大型類人猿や、クジラの仲間が魔法を使うかどうか、または使えるように訓練可能かどうかは常に議論されていたが、実際に観察されたり、訓練に成功したりした例はなかった。

 そこに人工知能が加わった。魔法を使う人工知能は実現可能か。もっと言えば魔法の自動化は可能か。

 ただ、魔法使いのように魔法の流れを制御し、目的を認識して物質とエネルギーの操作が可能かどうかという点は疑問視されていた。


 協会は、しかし、魔法の自動化、機械化に興味を示しており、大学や企業などの研究機関と協力しながら様々な方向からの模索を行っている。


「そんなに魔法使い増やしたいのかね」

 母が皮肉っぽくつぶやいた。

「遺伝子改変計画は潰れたし、今度はこっち方面か。害はなさそうだけど」

 姉も同様の口調だった。魔法使いの数が必要を満たしたことはない。いつも不足している。それは常識だった。


 魔法市民会は与党に働きかけ、魔法適性検査を義務化するよう求めていた。適性があるという結果になっても魔法使いにならなければならないという強制性はないが、全国民に自分の適性がどのくらいか知ってもらい、魔法や協会への関心を高めたいとしていた。


「健康診断と変わりありません。それに、魔法適性がゼロという人間はいません。自分の適性を知れば魔法や魔法使いにもっと親しみを持てるようになるでしょう。我々は数は少ないですが、特別な存在などではありません」


 協会の広報は取材にそう答えた。健一は今の発言の中の何かが引っかかるのを感じた。

 そう、『適性のない人間はいない』という部分だ。


「人間と魔法とどっちが先なのかな」

 そうつぶやくと、香織が馬鹿にしたような、あるいは何を言っているのか意味がわからないという顔をして言う。

「人間に決まってるじゃない。魔法は六千年だよ」

「それは魔法が表に現れて、記録されるようになってからだろ」


「健ちゃんが言いたいのはMMM説でしょ」

 母が健一の考えを先回りして言った。


「そう、魔法が人間を作ったっていうやつ。ほんとかな」

「さあね、人間が特別な生き物だって思いたい連中が好きそうな話だけどね」

 姉は白けている。MMM(Magic Made Mankind)説は自然の中で人間だけを特別視したい連中が好む説で、香織はそういう連中が嫌いだった。かれらはすぐに特別な能力を持つ支配者と持たない被支配者という構造を組み上げようとする。

「まあ、そいつらは置いといて、MMM説そのものは捨てちゃうには惜しいよ」

「魔法自体がなんだかわかっていない以上、証明しようがないけどね」


 番組中でもMMM説が取り上げられ、魔法は人間という存在そのものを生み出し、強く結びついているため、人間以外の魔法の使用はそもそも不可能なのだと主張する学者を登場させた。


 そして、最後に深宇宙空間における魔法を探る計画を紹介した。精密コンパスに似た機器を搭載した探査機を飛ばし、どのあたりまで、かつ、どのような魔法が検出されるか測定しようという計画だった。これまで魔法の測定を中心とした探査計画はほとんど無く、今回のように魔法のみの調査を目的とした計画は初めてだった。


「魔法は地球やその近傍のみに特有の現象なのか、宇宙に普遍的に広がっているのか、それがはっきりします」

 探査計画の中心人物である米国の魔法使いはそう説明しながら微笑んでいた。背景には計画に参加している各国の協会の紋章が並んでおり、日本のものも目立つところに掲げてあった。


 特集が終わり、地域のニュースに変わった。健一は聞き流している。様々な出来事の紹介。世間で起きた事実に重要度の大小があるなら、これらは微小とされるだろう。でも、人間の活動であることには変わりない。

 画面では可愛らしい幼児たちが神社で儀式を受けている。周りの様子に驚いたのか泣いている子もいた。

「あんたたちもあんなだったんだから」

 母がつぶやくように言った。


 データを打ち込む指が一瞬止まった。再開しながら健一は思う。

 協会に感じていた不快さの正体がおぼろげながら分かってきた。


 かれらは悪意を持った集団ではない。自分たちの利益を追求するために他の人々を踏みつけにしようなどと考えもしていない。むしろ逆なのだろう。

 そうだ、協会は善意の人々の集団だ。ひとりひとりの魔法使いは世界を良くしようとしている。魔法という力を使い、この世を誰にとっても住みよくしたいのだ。

 収賄や非公表の環境操作はあったが、動機は私利私欲ではない。良い目的のためには多少のことは許されると考えた者がいたというだけだ。


 溢れんばかりの善意。これほど不快なものがあるだろうか。

 魔法使いたちの定義する善によって覆われる世界。少なくとも日本では政治に関わるようになったことにより、合法的にそれが達成されようとしている。しかも、選挙結果を見る限り、国民の大半が支持している。そのこと自体は悪いとは思っていないし、阻止しようとも思わない。思ってもできない。


「なに考えてんの? 手が止まってる」

「これからのこと」

「迷ってる? まだなにか」

 母は聞き耳を立て、口は出さないことに決めたようだった。素知らぬ顔でデータ入力している。

「仮に協会の望む方向に進んだら、日本や世界はどうなるのかなって」

「なんだ、そんな大きいこと考えてたのか。進路とかそっちだと思った」

「なんだ、って……」

「だって、大きすぎるよ。あたしらじゃ想像もつかない。関わる要素が多すぎる。入れたものと出てくるものの関係すらわからない」

「そりゃそうだけど」

「だいたい、魔法がなにか分かってないんだから」

「ああ、結局それに行き着くよね。考えようにも一番根本のところが分かってないか」


 話が途切れ、二人ともまたデータ入力に戻った。こっちは入れた数字と出てくる結果の関係がはっきりしている。あまり良くはないが、蓄えがあるのでやっていけないほどではない。

「しょうがない。先生に色々動いて頂いたから」

 母が社長としてため息をついた。

「じゃ、来期はましになる?」

 香織が答えのわかっている質問をし、母は首を振って二階を見上げる。その顔を見て強めの口調で言う。

「やっぱり、ちゃんと治してもらおうよ。仕事しながらじゃなくて治療に専念してもらわなきゃ、いつまでもだらだら続くだけじゃないかな」

「でもね、健ちゃんもずっと会社にいるわけじゃないし。そうなると実質二人態勢だから」

「母さん、迷ってないで決めちゃおうよ。前の時みたいにおろおろするの、もう嫌だから」

 父が倒れ、入院した最初の一週間を思い出して健一もそう言った。母は小さく手を振る。

「分かった。もう一回話ししてみる。わたしにまかせて」


 三日後、父は折れた。改めて主治医と相談して入院を決めた。自宅療養でも良かったのだが、それでは仕事から切り離したことにならない。そのあたりの妥協として、父のスマートフォンで外部からでも日報の閲覧ができるように権限を設定した。

 決めてしまうと行動は早かった。父一人いなくなった家は、それ以上に空間ができたように感じられた。

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