二十三、修行

 初日から、一度はよその飯を食え、という言葉の意味を実感させられた。健一は皆に紹介された後、さっそく与えられた仕事をチェックしながら内心驚いていた。

 うちは仕事の仕方がゆるいほうだと思っていたが、ここではそもそも、仕事の仕方、などというものが存在しない。書類すらほとんど作られない。作られても紙だった。

 しかし、総勢五人でうちより少し広い範囲をカバーしているが、それで滞りなく回っている。


「必要なものは頭と体に入ってるから」

 健一の世話役の社長は笑う。移動中に読んでおこうと今日の現場についての資料を頼むと、一通り仕事の流れを口頭で説明した後、そう言った。

「ま、早乙女さんのところはきっちりしてるから。社長さんが。で、お父さんどう?」

「完全復帰はまだ。でも事務仕事はしてます。ほんとは療養してほしいんですけどね」

「あの人はそういうの嫌がるだろうな」


 いきなり浄化をさせられたのにも驚いた。長期休暇の時に手伝いをしていたとは言え、ちゃんと健一の腕を確かめようともしない。


 遺物は直径一メートルほどの半球で、全体に模様が刻まれている。危険度丙だが作動はしていない。

「これ、失敗作を捨てただけじゃないですか」

「そう思うが、丙って判定されたんだし、やってみな」

 様子を見てから手早く測定し、三本立てて点火した。見慣れた浄化が進み、終わった。


「いくらにする?」

 帰りの車内で社長が聞いてきた時、始めは意味がわからなかった。聞き返すと大笑いされた。

「請求だよ。いくら取るつもり?」

 ああ、金の感覚も試されてるのか、と思い、作業時間や浄化棒などの経費をざっと計算し、それに利益を乗せて答えた。

「早乙女さんとこはそんなに取るのかい。まあ、息子さんの修行初日だ。それで行こう」

「それでって、いいんですか」

「いいもなにも、いくら取るかは実際に働いた者が決める。すっきりしてるだろ?」


 翌日からもずっとそんな感じだった。社員は自分で自分の仕事を管理し、朝簡単に報告するとさっさと現場に出かけていく。浄化仕事がないときは道具の手入れをしたり、次の浄化の下調べなどをしたりしているが、細かいところは本人だけが分かっている様子だった。

 こんなところ、と言っては失礼だが、そんな仕事の進め方なのに姉はなにをどうやって学んだのだろう。


「そりゃ、見て盗んだのさ。最初は戸惑ってたけど、勘は良かったな」

 社員の一人に聞いてみるとそう教えてくれた。朝報告を聞き、仕事のある者の車に道具を持って勝手に乗り込んでついていったのだそうだ。姉はそういう苦労話は全然してくれなかった。

 健一もそれを真似た。ちょっとした雑談にも耳を澄ませ、修行に良さそうな仕事を持っている社員について行って手伝いをした。姉と違ってずっといるのではないので遠出や午後からの仕事はできなかったが、それでもうちにいるだけでは体験できない浄化の進め方には新鮮さがあり、勉強になった。


 そんな仕事をして帰ってくると、キーを叩いて事務仕事をしている自分に疑問を持つことがあった。


「健ちゃんもそうなったか。でも、これがうちのやり方で、これはこれできちんと機能するやり方だからね」

 香織が笑いながら言う。共感の笑いだった。仕事の進め方は一つだけじゃない。それを頭だけじゃなく実感できただけでもよそへいった値打ちはある、と付け加えた。


「あっちじゃあんまりコンパス使わないし、棒の位置だって厳密じゃなさそうなのに浄化は出来てるんだよな」

「あそこの人たちは体で覚えてるから。丙くらいなら棒だけで仕事するから経費がかからない」

「それが、勘?」

「まあ、そうかな」


 しかし、勘の解釈についてはあまり納得できなかったし、それが有用かどうかは判断できなかった。やはりモリグループのように高度にマニュアル化することに気持ちが傾いていた。『盗む』のは効率が悪すぎるし、個人の資質に依存しすぎてもいる。いい仕事をするためにはあまり向いていないんじゃないだろうか。


「厳密に言うとだな、そもそも魔法がどうやって生じたかとか、何なのかすら分かっていない。君の言う『科学的』な説明はまだない。そう言った現状で使い物になる手順書はできないよ。結局どこかで個人の経験や、それこそ勘に頼ることになるだろうな」

 昼休憩の時、モリグループみたいな仕事の進め方についてどう思うか聞いてみると、社長は少し考えてそう答えた。

 それもそうだなと思う。根本的に何か分かっていないものを魔法と呼び、経験的に分かった一部分を用いて操作してるだけだ。有害遺物はその過程で出た過去のごみなのだから、その処理も理屈があってやっているのではなく、こうしたらこうなる、を積み上げただけだ。


 浄化は科学だと言ったが、怪しくなってきた。手順書は作れるだろうが、家電の取扱説明書みたいに、このボタンを押して、程度のものにしかならないだろう。それでも新入社員教育には役立つだろうが。

 モリグループはその辺割り切っている。表面的だろうがなんだろうが、手順を定められるところは定めて効率的に動けと言う主義だ。それで経費を抑えつつも仕事の質は低下させない。

 うちはどうだ? 職人的に働くが、ある程度手順は踏む。一方で、ちょっとおかしい、といった数値化できない要素も重視される。


「じゃあ、君自身は魔法はどういうものだと思う? 今まで体験してきた範囲でいいから言ってみな」

 社長は健一の青臭さの感じられる疑問を面白がっているらしい。ただ、見下しているのではなく、どことなく昔を思い出しているような、自分に問いかけてもいるような口調だった。

「数学で言う関数みたいなイメージです。力やエネルギーを相互変換するような」

「じゃあ、有害遺物は間違った式か」

「そんな感じです」

「魔法使いは数学者?」

 健一は少し首を傾げる。

「学者、じゃないですね。やっぱり、職人? 理屈より、動くんだからいいって人たち」

 社長と、周りで仕事をしながら耳だけは二人に向けていた周囲の社員たちは微笑んだ。

「じゃ、魔法に関わる者みな職人か。この業界には科学者はいないのか」

「そうなりますね。まずいな。誰もなにも分かっていないものを、使えるからって使ってるんですね。魔法って」

「弟さんも頭がいいな。ご両親がまっとうに育てられたんだろうな。お姉さんもすぐそれに気づいたよ。魔法はものすごくまずいってことに」


 社長は伸びをする。

「さあ、もっと自分の頭で考えてみな」

 そして、皆にわざと大きい声で言う。

「仕事だぞ。おしゃべりじゃ稼ぎにならん。もうひと働きしてこい」

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