六、放課後

 木島久美子は事態を知ってか知らずか、何も変わった様子はなかった。健一への話し方も変わらない。だから、健一も変わらず接している。

 発表のまとめはそこそこ順調に進んでいた。クラスの管理表に途中経過を載せ、修正意見を集めたり、できるところからまとめてもらったりしている。


「田舎だと思ってたけど、結構重要人物が出てるんだね」

 放課後、時間ができたので相談していると、木島が年表の流れる画面を指差しながら言った。

 教室には、帰らずにだらだらと喋っているグループがそこらにいたが、徐々に減っていき、今は二人だけだった。

「でも、一人で何かを成し遂げたってのはいないよ。天才じゃない」

 健一の言う通り、そこに並べられているのは、誰かとの共同研究や開発で名が残っている者ばかりだった。

「名前が残ってるだけですごいよ。わたしなんか次の世代にも覚えてもらえないだろうから」

「そうかな。まだこれからだよ。僕ら」


 業績を並べ替えながらそう言った健一の横顔を、木島はじっと見た。


「これから、か。早乙女くん、ちょっと聞いていい?」

「何?」

「将来、どうするの? 家継ぐの?」


 どう答えていいか迷ったが、研究者になると言うのは恥ずかしかった。いつだったか姉に、食っていけない、と言われたのを思い出した。女の人はそういう考え方をするのだろうか。健一は、木島さんもそうなら、本音は言わないほうがいいかも、と瞬時に考えた。


「うん、そうする。多分」

「多分?」


 よけいな言葉を付け足してしまった。


「はっきりしてないけど、今も仕事手伝ってるし、父も修行先探してくれてるし」


 どうしたんだろう。健一は、言えば言うほど何も決めていない自分が明らかになっていく気がした。


「そうなんだ。いいなあ。うちは継ぐなっていうの。進学しろって。で、浄化以外の仕事につけって」

「この仕事したいの?」

「うん。子供の頃から浄化見てて、これがやりたいって思ってたの。親は許してくれないけど」


 家業を継いでほしくない親もいる。それだけのことが健一には意外だった。


「そうなると、うちが浄化サービスしてるだけ厄介だね」


 同情するように言った。修行を兼ねて同業同士で相手の子女を雇うのが慣習化しているが、親が許さないのであれば相手だって受け入れない。

 仮に家を飛び出しても身元を調べれば実家が同業なのはすぐ分かる。危ない橋を渡りたがる会社など無い。この業界は小さい容器の中で豆がひしめいているようなものだ。誰もはじき出されたくはない。


 なら、なぜキジマ浄化システムズは境界についての慣習を破ったのだろう。


 健一は考えがそれたのに気づいたが、長く続く慣習を無視するとはやはりただ事ではない。今は父に任せているが、それについて考えれば考えるほど霧の奥へ奥へ進んでいくようだった。


「そうね、どこも雇ってくれないだろうし。家出も無駄ってのがこの業界の狭さよね」


 話している内容とは反対に、画面の年表はどんどん整理されていく。郷土出身者が魔法にどのように関わり、現代でも使用されている様々な制度や物を生み出していったかがまとまると、協会がいかに大きな力を持っているかがあぶり出しのように現れてきた。


「これで政治不干渉って言うんだから……」

 木島がそうつぶやき、そろそろ話を変えたかった健一は乗った。

「最近はそうでもないんじゃない。ディベート大会見た? あれ、ただのディベートじゃなかったりして」

 先日東京の大学主催で行われ、ネットで中継されたディベート大会を話題にした。

「見た。魔法使いも政治参加すべきかってやつね」

 それは二千年祭の行事の一つとして行われたが、大学の政治、倫理、社会学の教授たちが審判となり勝敗を判定するという点が人々の目を引いた。

 そして、政治参加派が不干渉派に勝利したことでさらに一般の注目を集めた。

 協会は、これは大学の独自企画として行われた、しかもディベートであり、我々の行動原則の変更を意味するものではないと論評した。政治参加派として発言した魔法使いも政治不干渉原則は変わらないと明言した。


「でも、ほんとはいるらしいよ。政治に参加しようって人たち」

 木島がキーを叩きながら言った。

「そりゃそうだろうね。あれほどの力を持ってるのに、絶対関わろうとしないなんてあり得ない」

「早乙女くんは魔法使いが政治に関わってもいいの」

「いいのってか、否定する理由が分からない。魔法使いだって一般市民だよ、当たり前だけど。集団として権利を主張してもいいと思うけどな」

「魔法使い協会ほどの力なら、あっという間に与党ね。あたしたちだって投票しない訳にはいかないし」

「どこを選ぶかは自由だよ。今の日本は」

「わ、純粋なのね」


 健一は軽くむっとした。木島はそれを察して声の調子を変えた。


「ま、いきなりは無理かな。いくら魔法使いだからって、いっぱいある問題を今以上にきれいに解決できるとは思えないし」

「うん。だから魔法使いだって政治に干渉してもいいと思う。なにも特別な人達じゃない。ただ、歴史のせいで手を出したがってないだけだよ。もう今じゃ迫害なんてされないのに」


「おい、まだ残ってるのか」

 先生だった。

「はい、今日中に年表片付けます」

「おう、そりゃ明日でもいいだろ。そろそろ終われよ」

 二人は了解の意味で手を上げ、先生はそれに答えて去っていった。


 帰り道、健一は歩き、木島は自転車を押している。いつの間にか、作業をした帰りは分かれ道までこうするのが習慣になっていた。

 大抵は作業の話の続きをする。どうまとめようか、とか、今後の予定を決めるのが主だった。


「早乙女くんさ、仕事手伝ってるんでしょ?」


 今日は違った。木島は健一の仕事について聞いてきた。週に何度とか、どの程度まで任されているのか、など普段の様子と異なり、根掘り葉掘り聞いてくる。


「……うん、週に二、三回かな、会議で予定決めるけど、大体出るよ……」

「……ほとんどは姉がやって、僕は助手みたいな感じ。でも、最近は簡単な浄化ならやらせてくれる。浄化棒立てて終わりって程度のやつ……」


 問いかける勢いに押されるようにして答えた。いきなりで、次から次へと尋ねられるので、頭の中で整理して格好をつけて答える余裕はなく、事実を並べて口に出すだけだった。


「ごめん、いきなり立ち入ったこと聞いて。早乙女くんがうらやましくて」


 話しながら二人は木陰に入って立ち止まった。


「木島さんは、なにかしてないの? 事務も?」

「何もさせてくれない。そんな暇あったら受験勉強しろって」

「なんで浄化やりたいの?」

「分かんない。けど、有害遺物を調べて浄化して消えていく全部の工程が好きなの」

「好きってそういうことかもしれないな。理屈じゃなくて好きになるもんな」


 枝葉を抜けてくる陽光はこんな時間なのにまだまだ明るい。辞書の定義は別として、実感としてはもう初夏と言ってもいいかもしれない。


「早乙女くんは、浄化、あんまり好きじゃないのね」


 健一は木島の顔をじっと見た。それが答えになっていた。


「ほんとは、大学で鳥の研究をやりたい」


 聞かれるままに、いつの間にか、自分のことを話していた。恐竜と鳥の関係を鳥の方から調べてみたい。そして分類の再定義を行いたい。鳥と恐竜を同じ仲間に入れて整理する。そういう研究がしたい。


「ごめん、ついあれこれ話しすぎた。自分ばっかり」

「ううん、早乙女くんにそんなとこがあるなんて意外だった。いつも自分を抑えてる感じだから」


 話しに区切りがついた頃、さすがに日は傾き、薄暗くなってきた。二人は木陰を出、また歩き出した。


「でも、うち継ぐんでしょ」

 分かれ道が見えてきた時、木島が前を見たまま言った。質問と独り言の中間のような口調だった。


「うん、進学する余裕はないし、鳥の研究じゃ食べていけないし」

「そうよね、そうよ」


 木島は、あきらめるな、とか、がんばれ、とか健一が聞きたくない言葉は言わなかった。


「じゃ、また明日」

「じゃ」


 健一は自転車で去っていく木島を見送った。後ろ姿を見ながら、大人だな、と思い、そんなに大人じゃなくてもいいのに、とも思った。

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