第25話 キララの想い

25 キララの想い


 ヘッドライトが闇を切り裂く。

 キララはとばす。

 みんなはいい。ついてこなくてもいい。わたしはミホといちばんの仲良しだった。みんな団結した仲間だ。強い絆で結ばれた仲間だ。でもわたしとミホは姉妹みたいだった。ミホの仇をうつのはわたし。はじめからそう決めている。あのとき、すぐにミホのラインに気づけばよかった。学校に迎えにいっていれば、よかった。ミホは死なずにすんだ――。ごめん。ごめんね、ミホ。いくら悔やんでも、ダメだ。過去はかえられない。ミホは生き返らない。


 未来はかえることができる。カタキは必ずわたしたちで取るから。わたしが復讐してやる。どんなヤツでも。どんな凶悪なやつやでも。必ずシトメテヤル。わたしの生命にかけてもリベンジは必ずする。


 生江は雑木林に分け入ることはない。街に向かったはずだ。街には友だちもいる。家もある。家族もいるはずだ。生江はこの台地から街にだらだらと下りて行く新死可沼橋の方角に逃走している。なぜ、逃げたのだろう。


 ドローンのことや、ソレを貸してあげた男の特定のための事情聴取だ。ヤマシイことがなければ、逃げだすことないのに。ほら、いた。わたしの勘はあたる。


「生江くん。送っていくよ」

 すなおに信じてくれた。


「ぼくに、背中見せて恐くないの。うしろから襲うかもしれないよ」

「どうぞ。生江くんみたいな、イケメンにオソワレてみたいもの」

 バイクはエンジンをかけたままだった。すぐにスタートした。

「どこへいくの?」

「家に帰る」

 ヤッパリ。

「真っすぐでいいよ」

 ということは、市内にははいらない。南魔方面に行くことになる。

 胸でケイタイが鳴っていた。パスした。


 警察のふてぎわだ。たとえ、犯人でなくても重要参考人だ。ミホ殺害になんらかの関係のある少年をパトカーに乗せながらも、逃げられてしまった。


 死可沼で起きている事件をかんがえるとアサヤはふるえてきた。啓介の自死。吸血鬼がからんでいるのだが、そんなことを公言したら狂気かと思われる。なんどもV男たちとはことを構えてきた。でも、敵の実体は公言できない。

あたりまえだ。吸血鬼がいるなんて、大の大人がいえることではない。


 ミホの惨殺死体。異常だ。とても彼女たちの立ち向かえる相手ではない。吸血鬼との戦いなのだから。戦慄。異界の住人と戦いなのだ。ヒロコたちではムリだ。細心の注意を払ってバックアップしなければならない。それがわたしと美魔の務めだ。責任だ。


「生江がいなくなったら、ミホの死の情報が途絶えるよ」

「センセイ。ゴメン」

 アサヤの制止。

 を。

 拒絶。

 逆らう。

 レディースはキララを追って夜の闇に散って行った。

 アサヤはなす術もなく、闇のなかに立ちつくしていた。


「帰りましょう」

 やがて、美魔がやさしく諭すようにいった。不安の重圧に耐えきれず、アサヤのからだがふるえだした。

 ヒロコたちの怒り、悲しみ、復讐の念がわかる。

 わかりすぎるほど、わかる。だから、つらい。

 じぶんのことなら、切り抜けることが出来る。

 でも塾生のこととなると別だ。いま、わたしがここで倒れたら、邪悪な悪霊憑きの過激派V男たちの攻勢を誰が防ぐのだ。彼らの標的になっているのはわたしだ。

わたしにその実体を見極められるのがいやなのだ。


 わたしは、いつも、これからはマヤでいなければ。ミイマは美魔となって、二人でこの街をV男の侵略から守りぬく覚悟だ。


 キララはまだ疾走していた。バイクで飛ばすと春とはいっても、まだ夜気は肌寒かった。夜の街には人影はなかった。

 すぐに郊外にでた。闇の中をひたすら指示された道を走りつづけた。


「ここでいいよ」

 生江がキララの背中にいった。

「畑ばかりね。こんなところでいいの」

「この向こう、あの赤い屋根が家だから」

 キララは疾走する。近ずく。

 たしかに、月光に照らされて家の屋根がみえる。色まではわからない。

 家の前でバイクを止める。 


「先生みたいだった」


 生江が別れ際に、ボソっとつぶやいた。バイクで家まで送ってもらった返礼だ。ドローンを貸した男のことをいっているのだと、キララは瞬時に理解していた。


「アサヤ塾に寄るから」

 キララはケイタイを開いた。

「リョウカイ。いくら呼んでも、出ないから心配したよ」

 ヒロコから安堵の声がもどってきた。


「甘酒飲んで」

 美智子先生が教室に集まったレディースを接待してくれた。

 キララの証言にみんなが色めきたった。

「録画テープを生江くんに見せれば、なにかわかるかも知れないな」 

 新聞記者の仕事は、刑事や探偵の仕事とかぶるところがある。黒元はそう思っている。人の秘密をあばくようなこともあるので怨まれることもある。そこへいくと廃墟ハンターの日々は快適なものだ。

 はやく、ハンターの仕事にもどり全国を歩きまわりたい。


 栃木新聞の死可沼支局を嘱託というかたちで、臨時に任されてしまった。死可沼はむかしの牧歌的な死可沼ではなかった。警察では把握していないが、闇の世界で異界のものが跋扈するアブナイ街になっていた。街が腐臭をただよわせている。ベニマルなどのスーパーですれ違うひとたちが、獣臭い。汗と垢の臭いだ。目が虚ろで、あらぬ方角を見ている。

 

 地場産業である建具の製造が壊滅的衰退に追いこまれてしまった。街に失業者があふれている。 

 こまめに、街を探索して歩いた。ひとびとに話しかける。徒労に終わることもある。おもわぬ情報をつかむこともある。


「なんだかわかんないけど、家出するひとがおおいんだよね」

 ミホの事件から一週間が過ぎていた。あまりに残虐な猟奇的な殺人事件なのでマスコミの取材陣はふえるばかりだ。市内の旅館では宿泊設備が間に合わない。一般の家庭に泊り込んでいる者もいる。テレビでも、死可沼の中学生惨殺事件としてどのチャンネルでも特別場組をくんでいる。


 空にはヘリが何機もとんで、街の全景をうつしている。

「こんなのどかな、周囲を田畑、山林にかこまれた田舎町で惨劇は起こりました」

とキンキンした声のリポーターが報じている。話題をもりあげるニュース。評論家や犯罪心理学の専門家、なぜか元スポーツ選手たちもコメンテーターとして発言をしている。


 ミホがレディースだったことが取り上げられた。暴走族同士の争いからの怨恨説がささやかれている。全部まったく見当違いもいいところだ。

 黒元はテレビの画面を黙殺した。いや、リアルにかれらに殺意をおぼえた。なにいっていやがる、現場を踏みもしないで好き放だいほざいていろ。


「いくら惨酷になれる年頃だといって、血を抜き、胃袋まで抜きだすなんて子どもに出来るかっちゅうの」

 黒元はテレビにほえていた。


「黒元さん、キゲンわるいね」

「あっ、倉田係長」

「ドローンを操作した生江のこと知らせてもらってありがとう。借りが出来たな」

「それより主任、東中に生江って生徒がいないってほんとうですか」

「それもまだきいてない。借りが二つになった」

 この時には、さすがの黒元もまだ生江をキララがあの赤い屋根の廃墟に送り届けたことは、知らなかった。


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