第24話 レディース「命かけます」

24 レディース「命かけます」


「どうして、いままでスマホみなかったのよ」

 ユカがたしなめた。

「ゴメン」

 キララがペロッと舌をだした。重要な情報だった。ミホが死ぬ前にキララにラインしてきたのを見なかった。見落としていた。それがどんなに大切なことかキララはまだわかっていない。

 

 アサヤ先生の授業がおわった。栃木新聞の模擬試験の結果がわたされた。全員。レディースのメンバーは志望校合格圏内にいる。


「ミホも死可沼高の合格圏に入っていた。残念だった。ミホが死可沼高の制服をきて喜ぶ顔がみたかった。まだ一年近くある。まず、受験勉強に集中しよう。皆が第一志望校に合格すればミホも喜んでくれる。あと一段上を目指してもいいし」


 だれもアサヤの言葉をきいていなかった。あの日、朝の6時にミホの惨殺死体が発見された。キララのラインの記録をみると、それがレディースの仲間にミホが連絡した最後のラインだった。


 5時12分。

 死体発見の前日のその時間まではミホはまちがいなく生きていたことになる。

「練習のあと片づけ。すんだら、塾いくね。7時には間に合うから」

 母子家庭で、親がミホの送り迎えができない。塾へはキララのチャリンコの後ろへ乗せてもらってきていた。あの事件のあった日には徒歩で来るつもりだったのだろう。ということは塾までの30分を計算に入れていた。その前に事件は起きている。

 

 5時12分から6時30分の間にミホは殺されたことになるのか。もちろん、拘束されていたとなるとこの推測はなりたたない。5時12分までミホが生きていたことは確かだ。アサヤがキララのスマホを見て目をショボショボさせている。

 

 ミホで二人目だ。元気に路上をバイクで疾駆していたのに――。ふいに死んでしまった塾生。砂崎博郎。安堂ミホ。なんともヤルセナイ。成績ものびた。明るく、ミホがいるだけで教室が輝くような生徒だった。事故死した父親のことをはなすときだけ、悲しそうだった。


 教室の電話がなった。黒元だ。アサヤは啓介の自殺の連絡をうけていた。午前中に知っていた。

「先生、ぼく臨時で啓介の後をまかされました。連絡は携帯か支局のほうにしてください」

 警察ではドローンの所有者を調べています。それから黒元は警察できいた捜査の現状況を詳細に教えてくれた。これで容疑者はV男でないことがわかった。電話に聞き耳をたてていたキララがひそかにうなずいているのにアサヤは気づかなかった。電話をきった。すでにレディースの面々はスマホや携帯でトモダチに連絡していた。ピッピッと「アサヤ塾」の教室から死可沼の中高生を網羅する電脳空間に、ドローンの持ち主を探すようにという指令が発信された。こういうITメカ、SNSを使っての情報収集の素早さにはアサヤはついていけない。REがもどってくる。


 早速、間髪いれず、ラジコンヘリやドローンを飛ばしている少年の集団は十名ほどいる。北中の生徒にはいない。東中と犬飼中の生徒だという。

 ミホが殺された夜、飛ばしていたものはいないか訊いた。――誰もいないみたい。どうして、そんなにすぐわかる。いまカラオケで、タマタマ、ドローン愛好者が集まっているみたい。そういえば、歌のノイズがかすかにBGに聞こえる。では、誰かにドローン貸したとか操縦教えたとか、なにかないかな。


「センセイ。たいへんだよ。あの夜、ドローンで橋の欄干にロープをくぐらせた子

がいるよ。ドローンの動きをみたいというので、パーフーォマンスしてみせたって。お礼に福沢さんニマイもらった。金額がおおすぎるから、口止め料もはいっていると思ってだまっていたんだって」

「そこ動かないように。カラオケ店は、晃望台のシダックスだよな」


 アサヤは黒元に連絡した。美魔とバイクをスタートさせた。レディースが後につ

づく。信号を無視すれれば、5分とはかかるまい。

「センセイ。カッコいいじゃん」

 キララにはことの重大さがわかっていない。

 うまくいけば、犯人を特定できる。それだけしか思っていなかった。

 男子中学生がカラオケ店の駐車場で襲われていた。アクリル製の目だし帽を着けている三人の男たちに襲われていた。 


「やはりV男。夜光。おまえたちの犯行か」

「知らないね。夜だから――おれたちの血がさわぐのよね。なにをしょうとマヤさんの指図はうけないよ」

「ボスの羅刹の指令なんだろうな」


 目だし帽のなかで夜光の顔色がかわった。いや、実際に見えたわけではない。でも、確かに彼らには戸惑いが生じた。


「カラオケ店にいる黄色のニット帽の男をつれてくれば、稼がせてやる。そういわれたのだ」

 羅刹の名前を聞いて、急にすなおになった。


「だれに」

「インターネットの闇サイト。だから名前も顔も知らない」

「いままでも、そういう稼ぎをしてきたのか」

「なにせ、現金収入の乏しいオレッチだから」

「受け渡しの方法は」


 黒元がすっかりブンヤにもどった口調だ。

 黄色のニット帽の男にヒロコが呼びかけた。


「東中の生江さんだよね」

「サンタマリア・レディースのリーダ―の赤原ヒロコです。以後お見知りおき、よろしく」

 学生仁義を切るときの口調だ。ということは、生江もそれなりに、ヤンキーなのだ。

「どうして、ドローンを貸したくらいのことで、襲われたのか、わからない」

 黒元が村木刑事に連絡を入れている。

「ちょうどいい。この暴漢たちをみればV男の存在を認めるだろう」

 マヤはミイマにささやく。

「啓介のトモライ合戦だ」

 黒元はスタンガンをかまえた。南魔の廃屋でV男に襲われた。武器を持つ必要性を痛感して諸々の配備をした。武装するようにしている。

「ヤバイ。ヤバイ」

 同じような口調でV男は叫ぶ。さっさと逃亡をはかった。

「ぼくらも見ました」

 生江がコウフンして村木刑事に訴えている。

「あいつら、何ものですか。どうしてぼくが襲われたのですか」

 相手が警察官なのでことばが丁寧だ。


 生江の証言でドローンの操作と、貸した相手の風体がはっきりしてきた。


 だからといって、犯人特定にはいたらなかった。中年の男性。物静かな態度。顔は夜だったのでわからない。これではなにもわからないのと同じだ。


「そうだ」と村木が威勢よく「録画を生江君に見てもらいましょう。体型だけでも、いやうまくいけば、顔も似た感じの男を認識できるかもしれません」と黒元にいった。

 このとき胸のポケットで村木のケイタイがふるえた。

「たいへんだ、生江が逃げた」

 パトカーの制服警官からだった。声を低めている。

 小便がしたいというので、パトカーを止めた。べつに重要参考人でもないので、だれも一緒に車を降りなかったのだという。周りは茂呂山につづく雑木林だ。

 レディースが騒然とした。バイクにまたがってスタートしようとしている。


「もういい。これ以上、かかわるな」

 アサヤは沈痛な顔で、彼女たちをみまわした。薄暗闇なので細かな表情はみてとれない。それでも、必死なのがわかる。ミホの怨念をはらすために懸命なのだ。

「これ以上、危険なことをするな。もう帰ろう。また明日がある」

 

 制止も聞かず、駐車場の隅で、バイクがスタートした。

 キララだ。


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