第15話『眠りを妨げる者は何者か』三

「ふむ、オークの後ろに居た集団は来ていないみたいですね」


 何時の間にか追いついてきてきたリュポフが、集団の最後方に居た俺と、腕自慢のパーティーのすぐ傍で呟いた。それに対して腕自慢らは先程のオークの発言をリュポフに伝え、言葉を続けた。


「つまりだ、オークの後ろの部隊は独断専行した奴らを連れ戻しに来た奴らなんじゃねぇかって思うんだよ、です」


「成る程、と言う事は……いや、そうですね。半日程歩いたら休憩を……いや、しかし……死傷者の数的にもこれ以上の戦闘は……」


 ブツブツと一人で呟きながら、集団の先頭の方へと歩いて行ったリュポフ。ギルド長アドルフと相談して決めるのだろう。


 手持ち無沙汰となった俺はメールの事を思い出し、何か見落としが無いかとメニューの魔道具を取り出した。俺が腕自慢らから少し距離を空けると……それに気づいた腕自慢達も察したように、反対側へと距離を空けてくれる。


 俺はメニューの魔道具を起動し、メールがそれなりの数届いているのに驚いた。取り敢えず……と、フレンド欄を開いた俺は赤字が二人増えているのに顔を顰め、シュンヤの欄を見て固まってしまう。


「ニコラ、シュンヤの名前が薄い青になってるんだが……どういう意味だ?」


「んー、特別なダンジョンの中。しかもそこそこ深い場所に居るんじゃないかな? ちなみに、ダンジョンの外と中とでは念話も出来ないよ」


「ダンジョンなんてあるのか……俺だって、こんな撤退戦じゃなくてダンジョンに潜りたいもんだな」


 メニューの魔道具からメールのタイトルを確認していく。差出人の名前は全て文字化けしており、隣から体を寄せてきたニコラがその画面を一緒に覗き込む。


 内容は……《生存おめでとう》から始まり、《スキルについて》、《能力値について》、《経験値=魂力について》、《魔王について》。


 ――しかし、そこからタイトルの毛色が変わっていた。


 《メニューの魔道具捨てないで》、《私の正体を知りたくないか》、《殆どの者がメール見て無い》、《返信返して》、《プレゼントも付けるから開いて》。


 顔を引きつらせながら確認していた俺は……《プレゼントも付けるから開いて》の部分からアイテムが付属されているのに気がついた。俺は《生存おめでとう》を飛ばして、《スキルについて》を開く。

 手紙の内容は――既に知っている内容であった。


 パートナーはスキルを習得出来ないという事。召喚されたプレイヤーは体がこの世界に合わせて作り変えられた為、スキルが使えるという事。

 通知音が欲しかったな、と思いつつも俺は《能力値について》を開く。


 内容を要約すると……レベルアップ毎のステータス上昇に補正が掛かっている、というもの。次に、《経験値=魂力について》を開いた。


 内容は……今居る世界において経験値の事を魂力と呼ぶらしく、プレイヤー各員にはそれに補正があると言う事。それは元々のステータスをリセットした補償の様な物、だそうだ。


「……これは嬉しいな」


 次いで《魔王について》を読んで、俺は目を見開いた。

 内容はこうだ。


 ――――くそぅ、誰もメールに気づかないぞ、教える意味はあるのか?

 この世界には魔王が居る。放置しておけば魔王は人間を滅ぼすんだなーこれがっ!

 私はキミたちの行動を強制させる事は出来ないから、好きに動けばいいだろう!

 ただし……魔王を倒さなければ現在の人間は滅び、私の高次元高位神としての地位と能力も滅び、中位神となる!!


 この世界の勇者は先日魔王に挑んで死んだー! はぁ……はぁ……。

 数日中に魔王軍が動き出すので、色々と頑張るといい。これは、前哨戦だ――――。



「…………」


「えっと……たまにはメール、開こっか? かなりストレス溜まってるみたい」


「……そうだな。俺の呼ばれた理由は魂が足りないから異世界スローライフ! って理由じゃなくて戦争の為でもあるのか……」


「ヨウ君……」


「ま……ニコラとこうして、体温を感じる距離で歩けているのには感謝する。……まあ、多少騙されていたとしても目を瞑ろう」


「……ッ! よ、ヨウ君! ボ、ボクも嬉しい!」


 更に距離を詰めてきたニコラからは甘い香りが漂い、俺の鼻腔をくすぐる。幾つかのメールを飛ばし《プレゼントを付けるから開いて》を開く。


 ――うへっ、うへへへ、開いたな! ようやく開いたな!


 そこまで読んだ俺は――メールを閉じた。

 そしてメール付属していたプレゼントを受け取る。すると空中に三本のポーション瓶と、白い何かが現れ――ニコラがそれら全てを素早く回収した。


 明らかな異常な現れ方をしたそれらを周りに見られていないか……と周囲を見回したが、気を利かせてなのか誰も見ていない。故意的に逆を見ている腕自慢達が居るだけで、誰にも見られていなかったのだ。


「ニコラ、何が出てきた?」


「えっ、う、うんっ! A級治癒ポーションが二本に、AA級解毒ポーションが一本!!」


「白いのは何だった? ニコラの反応からして……下着だったか!?」


「えぅっ!? ボクが今更、下着なんか隠す訳ないじゃないか!」


 そう言いながらもニコラは右手に三本のポーション、左手で白い何かを背に隠している。取り敢えず……とポーションを受け取りアイテム袋に収めた俺は、一度は閉じたメールを再び開いた。


 ――うへっ、うへへへ、開いたな! ようやく開いたな!

 最初からオマケを付けてれば良かったんだ! 日本人のオマケ嗅覚は鋭いからな!

 想定以上に魔王軍の初動が早い! 誰も動かなければ雪前にかなり進行されてしまう……。

 なんとか雪まで耐えるんだ! そうすれば進行は一度止まる!

 ……今回はこれ!

 冒険に役立つポーション二種に、キミのパートナーが一度は着た事のある服をランダムに一つプレゼントしよう! キミの服は――白スクだ――――。


 俺は目を見開き、ニコラの方を見た。ゴクリ、と喉を鳴らしてしまう。


「ぁ……やっぱり書いてあったんだ……これ、ボクの……」


 おずおずとニコラが差し出した来た物は……腹部に《にこら》と書かれた、白のスクミズ。

 思い出される夏イベント、水着着用時モンスタードロップ率二倍。その際、ニコラが常に着ていた水着だ。


「……着てくれ」


「――なっ!? こ、これすごく恥ずかしいんだよ!?」


 顔を真っ赤にして抗議するニコラに、俺は不思議そうな顔を向けた。


「……下着姿は平気なのにか?」


「だってこれ! 体のラインにぴっちりだし! 着てるボクに触れられなかったキミには判らなかったかもだけど、生地がすごく薄いんだ!! 透けたりはしないけど……というか、キミと二人きりならまだしも……! これを! 常時! 町の中でも着せてたんだよ!?」


 少し思案した俺はその光景を思い浮かべ……自身と、他のプレイヤーの感覚が一般常識からかなりズレていたのだと気づいた。ここはゲームの中じゃない……と、ガックリと気落ちしてしまう。


「……アイテムと効率の為だった……町でも水着を着たままの奴が多かったし、大丈夫かなと……今は反省している……かも」


「キミはっ! ……はぁ……二人きりで水浴びをする時だけなら、着てあげる。もぉ……そんなに気落ちしないでよぉ……」


「本当か!?」


「……恥ずかしいけどね、本当だよ」


 俺は拳を力強く握り、グッ! と力強くガッツポーズを決めた所で……ハッ! と気づく。ニコラが大声を出していた為、その部分の会話が周囲に聞こえていたのだ。


 ニコラの手には広げられた白スク。周囲の目が全て、冷たいものとなっていた。


 俺は会話を思い出し、最も致命的な部分に気が付いた。『町の中でも着せてたんだよ!?』……と、ニコラがそう言っていた事に。


 ――やっちまった……とそう思いながら、震える手でニコラの持つ白スクを回収する。俺は、何故かしっとりとしている白スクに驚いてしまう。


 ――誰かが俺の肩を叩く。振り向けば……腕自慢の戦士が立っていた。

 腕自慢の戦士が苦笑いを浮かべながら、口を開く。


「さっきのダンジョン産だろ? 今の譲ちゃんの格好もダンジョン産の防具っぽいからよ。……離れてたって、あんな大声出されちゃ見ちまうぜ。それと、いくらダンジョン産が防御に優れてるってもよ……それを街中で譲ちゃんに着せるってぇのは、ちぃとアブノーマルなんじゃねぇか? ……まぁ、興奮はするけどな」


「ま、待て! ご、誤解だ! 周りもみんな水着だった!!」


「そんな偏ったドロップ、何処のダンジョンがしてんだよ……俺様も行きてぇなぁ……。あっ、その場所の事だがよ、この撤退戦が終わったら――」


「はいはい、水着なら私が見せてあげるから戻るわよ!」


「ちょ!? 待て! 俺様はまだ!!」


 腕自慢は術師風の女に引っ張られ、元の場所へと連れて行かれた。それを苦笑いで見送った俺は……もっと気をつけないとな、と思いながら白スクを、グッ! と握り締める。


 その後ろでは……白スクを握りしめる俺をニコラが白い目で見ていたのだが、当然……気が付けなかった。


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