第13話『眠りを妨げる者は何者か』一

 村の東へと移動した頃には村人の避難が完了しており、最低限の荷物がまとめられていた。人数はおよそ五百。


「おや、冒険者様。随分と羨ましい移動方法ですね! ……戦闘による負傷の結果、その格好になっているのでしたら失礼」


 茶化す様に声を掛けて来たのはパロだ。

 周囲がお姫様抱っこをされている俺をチラチラと見てきている事は分かっていたが……それでも成長痛によって立つ事もままならない現状、諦めていた。


「パロか……ギルドの仕事は無いのか?」


「仕事は無事終了したので、後は三日の行程を歩き通すだけです。……恐らく、その後しばらくは無職ですがね」


 顔を顰めて言った俺に、パロはそう言って肩を竦め、答えた。しかし、パロの発言に口を挟むものが。


「いや……職員の希望者には、アークレリックの町にあるギルドで働いてもらう事になっている」


 冒険者ギルド支部ギルド長アドルフだ


「皆! よく最低限の荷物のみで集まってくれた! 思い出の物等々を置いてくるのは苦渋の決断であっただろう! その英断に報いる事は出来ないが、向こうに着けばギルドから当分の生活費を支給する!!」


 そんなギルド長の言葉に、村人各々が苦笑いの表情で答える。


「台車なんて持ってきてたらあんた、燃やすか見捨てるかするだろ?」


「もしくは支給金は出さない! とかな!」


 村人各々の声に、アドルフは声を大にして答えた。


「……全て正解だ! 良く分かったな!! では、移動を開始するぞ! 先頭は俺、それから村の衛兵で固めろ! 冒険者の方々は左右後方を頼む!!」


「こんな狭い村だ。村の人間が考える事なんて丸分かりだよ!」


 が――ギルド長に食って掛かる者もいる。


「夫が! 夫がさっきの戦闘で死んだのよ!! せめて、遺体だけでも持って行けないの!?」


 先の戦闘で……夫を失った者のようだ。


「無理だ。遺体の運搬は全体の移動速度を著しく低下させる」


「それなら! 荷車か何かで!!」


 それは、村民の悲痛な叫び声。それに対してギルド長は……表情を消して答えている。


「あなたが引くのか? それとも誰かに引かせるのか? 大人一人を乗せた荷車を、三日も。……それに集団が合わせていれば、どれだけの追撃に遭うと思う? 誰がその為に死ぬ? 冬だと言ってもまだ日中は少し暖かい、運が悪ければ死体は腐るだろう」


「ならッ!! 私はここに残ります!! ……夫の傍で、最後を迎えます……」


「……ルーカスも報われないな」


「なんですって!?」


 憤る女性に、ギルド長は表情を消した顔のまま言った。


「誰を守る為に死んだと思っている。俺か? 村人か? それとも見知らぬ他人か? ……違うだろう。一番は妻であるお前を守る為に死んだはずだ。そのお前が生きる事を捨てるだなんて……ルーカスも報われないな、と思っただけだ」


「――ッ!」


「……付いて来るだろう? ルーカスの為にも」


「……はい」



 ◆



 暗い空気のまま移動は始まった。護衛対象およそ五百に対して、護衛はおよそ百四十。


 ニコラと俺の二人は後方にて護衛を勤める事にしたのだが……俺は未だに成長痛の真っ最中であり、今もお姫様抱っこをされていた。


 行程は平原、森、人魚の湖、平原となっており、大人の旅人であれば二日もあれば踏破可能な距離。しかし……数が多い上に年寄りから子供まで、普段長距離の移動をしない者らが居る。


 その為……どうしても速度は落ちてしまうと予想され、三日で到着という予定が組まれていた。


 暫くの間歩き通し、夜明けの光によって世界に色が差し始めた頃……ようやく森の手前にまで移動を完了した。集団は各々で休息を取っている。


「悪い、助かった。そろそろ動けそうだ」


「ううん、動けなくなったら何時でも運んであげるから言ってね」


「絵面的に、それは最小に抑えたいな……」


 俺はそう言って、ニコラが料理を作っている鉄鍋を見た。中には保存食でもある干し肉に、森で取れた野草。


 肉は……ドレイクンのものだ。特に調味料も無い筈なのに、不思議と食欲を促進させる香りがしている。


「ん、こんなもんかな。はい、召し上がれ」


 俺は煮込んだスープの入った木皿を受け取り、匙で食べる。


 ――美味い。


 最初の一口を口内に入れた瞬間に感じた旨み。俺はそれ魅了されたかのように、スープを食べていく。


「もうっ、ボクとしてはキミがいっぱい食べてくれるのは嬉しいんだけど……喉に詰まらせないでね? あと、一人前余分に作ったからお代わりもあるよ」


 ◇


 ニコラは自分の皿にあるスープを食べながら言った言葉に、ピクリと反応する者が多数ある事に気付く。


 ヨウは目の前の料理に夢中で気づいていないが……ニコラは視線に気づいていて、あえてスルーしていた。ギルド支給の食事を取っている者らが、その香ばしい匂いのする料理を、羨ましそうに見ていた事を。


 が、ニコラにとって見ればそれは他人。自身の分だけならば分ける事もしたかもしれないが……ヨウの食べる分が減るとなっては話が別だ。


 結果――ヨウが気づいて譲ると言わない限り、ニコラは気づかない振りをする事に決める。


 ◇


 食事を終えた俺はフード付きマントと毛布を取り出し、ニコラに渡した。


「今の季節は冬だったのか。当然、夜は冷えるからな。焚き火の近くでも寝るならあった方が良い」


「ありがと!」


 ――当然。その場に居る者全てに、毛布などある訳が無い。


 持っているのは旅慣れた者、冒険者を除けは少し厚めの服を着ているのみだ。俺達から少し離れた位置で、子供が泣き声を上げている。


「ママぁ!! 寒いよーー!!」


「ごめんね、町に着くまでの辛抱だから……ほら、焚き火で温まりましょう?」


 その方向を見た俺はゆっくりと立ち上がり……その親子の近くに移動したあと、毛布を子供に被せてやった。


「坊主、親に心配を掛けるな、男だろ? 親孝行ってやつはな、親が居る間にしか出来ないんだぞ。……二人で温まれ」


 そう言い放った俺は、二人で毛布に包まる親子を尻目にニコラの元へと戻った。


 ――俺も、母さんに会いたい。


 そう思いながらニコラの隣へと腰を下ろし、呟く。


「……ただの自己満足だ。毛布すら無い村人は、あの二人だけじゃない……」


「ううん。キミは今、自分に出来る最善の事をしたんだよ。……それで、いいんじゃないかな?」


「……あったかいな」


 ニヤリ、と悪戯っぽい笑みを浮かべたニコラはこう返した。


「焚き火が?」


「……そうだ」


「そんなに体を震わせているのに?」


「そ、そうだよっ!」


 俺は焚き火の傍であるにも関わらず、フード付きマントに包まりガックガクと震えていた。


「ボクの毛布、要る? ボクは氷水の中でも平気だからさ」


「ここでお前から毛布を取ったら俺、最高にカッコ悪いと思わないか?」


「大して変わらないよ」


「馬鹿な!?」


 顔を上げた俺を……確かな温もりと共に毛布が包み込んだ。そして、ニコラが優しい口調で言う。


「ボクからしたら、キミがカッコ良いのは変わらないって意味」


 毛布は、ニコラが俺を優しく抱きしめるような形で二人で一緒に温まる。それは……体だけでなく、心までもが温かくなるぬくもりであった。


「……ああ、やっぱあったかいな」


「うん……ボクも、あったかいよ」


 遠くでパロが、カーッ! ペッ! と唾を吐いてミレイに拳骨を落とされているのが目に入った。が、それは無視する。


 背後から抱き付いてくれているニコラの方を見てみれば、当然のように俺と目があった。炎に照らされるニコラの紅い瞳は本当に美しく、それと比べたら宝石なんかが塵芥の思えてならない。


「ニコラ……本当に綺麗だな……」


「……!?!? ど、どうしたのさ突然!」


「よくある口説き文句なんかに、キミの瞳に乾杯……とかあるけどさ。それだって、お前の瞳の輝きには敵わないんだろうな……」


「……ッ……っ! ぅ……ぐぅぅぅぅぅ、き、キミってやつはあぁぁぁぁ…………ッ!」


 突然ニコラが抱きしめるのを止めてしまい、股の辺りを押さえ始めた。控え目に言って寒いので、早く温めてほしい。


「トイレなら早く行ってこい。そして、早く俺を温めてくれ……あれ?」


 そこまで言ったところで俺は気付いた。ニコラが今まで、一度もトイレに行っていない事に。


「ボクは体の作りが違うから、トイレなんて行かないよ。ぜんぶ、エネルギーに変換されてる」


「昭和の、アイドルかな?」


「……今すぐ、キミに襲いかかりたいよぉ…………」


「そんなアイドルいないから、我慢しような?」


 そんなやり取りをしながら時間が過ぎてゆく。



 ◆



 ……辺りを静寂が支配し、不寝番以外が眠りに就いた頃。ニコラが突然……ガバッ! と飛び起きた。


「――っ!」


「……ニコラ?」


 その直後、斥候に出ていた盗賊風の男が慌てたように転がり込んで来る。


「全員起きろ!! 追撃が来てるぞ!!」


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