4.魔王討伐時のこと

 それからの展開は、戦いというにはあまりにも一方的だった。

 勇敢に戦っていた強者つわものたちも、今や近場の岩などに腰掛けて、その様子を観戦している。酒があったら一杯やっていそうな雰囲気だ。


「まあ、たしかに助かりますけれどね」


 娘は、カナリヤを抱きかかえながら手近な岩に座り、目の前の出来事を見ていた。



 ◇ ◆ ◇



 元々は、娘の師匠クラノの発言がきっかけだった。


「ちょっくら魔王でも倒しに行こうぜ!」

「え!? そんな、釣りに行くみたいに軽く言うことじゃないと思うんだけど……」


 旅の途中で雇った、道案内の少女ラニ。助けと同意を求めるように、娘と、尾が二股の猫に擬態したカナリヤに視線を寄越すが、


「またかよ。それも武者修行ってやつか?」

「師匠は言い出したら聞きませんものね」


 カナリヤは、娘の膝に乗って顔を洗いながら。

 娘は、鉄器製作の盛んな都市で手に入れた「魔法瓶」から水を蓋に注ぎつつ相づちを打つ。

 ラニは、がくりと肩を落とす。

 味方は誰もいないかったのだ。


「それにしても『魔王』って。大それた呼び名だよな」

「えと、なんか自称してたのが広まって定着したみたい……」

「自称かい。竜族の恐れ知らずだって、そんなことは口にしないのにな」


 いつの間にか呼ばれてることはあるけどと、カナリヤはあくびをした。


「私もこれまでの道中、何度か耳にしましたけれど。その自称魔王とは何者なんです?」


 娘が声をかけると、ラニはびくりとした。

 ハガネの棲家での「おしおき」が効きすぎたのかもしれない。娘がそう思っていると、


「……見た目は普通の剣士なんだって。でも剣技以外もやたら強くて、特に魔法を乗せた攻撃が効きにくいこと。強力で多彩な魔法を使ってくるから手がつけられな……い……」


 説明しながら、ラニは何かに気づいたようにクラノに視線を移動する。娘とカナリヤも、自然とクラノを見る。


「あん? 俺じゃねーよ。俺に魔法は使えねえし、そもそも魔法攻撃が『効きにくい』じゃなくて『効かない』んだからよ。さすがに『竜の息吹』はむりだけどな」


 クラノは干し肉を食いちぎりながら、なんでもないことのように言う。


「普通はそうですよね」

「そうだよな。いくらクラノでも、だよな」


 娘とカナリヤはすぐさま疑惑を払拭した。


「なんなのこの人たち……」


 ラニだけが頭を抱えていた。



 ◇ ◆ ◇



「遊び相手」を見つけてからのクラノの動きは早かった。

 ラニに、旅人や腕に覚えのある者が集まる酒場などの場所を聞き出しては出向き、「魔王をぶちかましに行く仲間」を探していた。


 流れで「決闘」だの「死合い」だのになだれ込んだことも、両手の指では足りないくらいあった。が、その大半は、一方的な展開でクラノが勝利に終わった。

 時折、娘やラニを盾にするような不届き者もいたのだが。


「油断しているところで不意をつけば、私でもなんとかなります。初見に限るでしょうけれど」


 娘は気絶した不届き者を蹴り転がす。

 カナリヤは半眼で、ラニは恐ろしいものを見る目でその様子を見つめていた。


「謙遜にも聞こえないよ、お嬢さん」

「もうやだ、この人たちほんとやだ」


 そんなこんなで、クラノたち四人(「私も数に入ってるの!?」とラニが叫んでいた)と集まった仲間七人で、魔王討伐隊が組まれた。



 ◇ ◆ ◇



 自称するだけあって、『魔王』は強かった。


「くっ、こいつ硬ってえ!」


 魔王の硬い身体に剣を弾かれた少年剣士が、間を置かず後ろに下がる。

 少女治癒術士がすかさず治癒術をかけて回る。

 入れ替わりに、女魔導士が氷柱の魔法を魔王に放った。しかし、そのほとんどは到達直前でかき消えてしまう。


「噂通り、魔法の類は効きにくいようです! 直接当てても意味はありません!」


 娘はまじない札を飛ばし、魔王と仲間たちの間に爆煙の煙幕をはる。

 煙の向こう側で、立て続けに重い金属音が聞こえた。クラノと老年重剣士が打撃を加えたのだろう。


「“竜の息吹”までは防げないようだな」


 擬態を解たカナリヤが、“竜の息吹うたごえ”の合間に呟く。カナリヤの場合は歌だが、竜によって息吹の種類は異なる。


「クラノさんたち、下がって!」


 ラニは悲鳴のように叫んで、すぐさま最後列に下がる。

 ここまで道案内をしてきただけあって、異様に逃げ足が早く、これまでかすり傷ひとつ負っていない。いつも絶妙なところで待避の合図を送ってくれるのが助かった。


「さて、どうするかね……!」


 髪の長い優男風の男が、小さな竪琴を鳴らして精霊たちに働きかけ、仲間たちに精霊の加護を与える。

 前方には、子供の丈ほどもある重厚な盾を構えた男が、微動だにせず立っていた。後ろに、気を失った弓使いの女エルフを庇っている。


 戦況は厳しいが、少しずつクラノたちが押している。そんなときだった。



「ククク……我に挑むだけのことはあるな。だが、それもここまでだ!」



 人間大だった魔王の身体が、ボコボコといびつに膨らみだした。

 魔力などに詳しくない者でも、その力の増し方には恐怖を覚える。

 そんな時だった。


 遠くから、何かの羽音。魔王の上には影。

 影は見る間に大きくなり、



 黒鋼の鱗に覆われた四肢が、魔王を「ぷちり」と押しつぶした。



「無事か、鱗の娘」


 山を思わせる巨躯の黒竜が、抑揚の乏しい声を発する。


「クロ……ハガネさん!?」


 娘も、この黒竜の登場には驚かざるをえなかった。


「どうしたんです、こんなとろこに!」

「お前の名を聞いていないと思ってな」


 ハガネが答えると、黒鋼で覆われた四肢のひとつがぎこちなく持ち上がった。


「舐めるなよ、我はまだ、本気を出しておらぬわっ!」


 ハガネが羽ばたいて身体を浮かす。

 それとほぼ同時に、押さえ込まれていた魔王の体積が爆発する。

 そして、ハガネに匹敵するほどの体躯の異形が現れた。

 ハガネは特に感慨もなさそうに魔王それを見て、


「これでは話ができぬな。娘、伯父貴たちと下がっていろ」

「おい、ハガネ! ……まずい、みんな下がれ!」


 カナリヤの声を合図に、討伐隊は全速力で後退する。

 娘たちがいた場所は、ハガネの“息吹”によって、硬い地面がすべて捲れあがった。



 ◇ ◆ ◇



「いやー、何だあれ。一方的ってこういうのを言うんだな」


 長い髪の優男、吟遊詩人が怪物二体の戦いを眺めている。もはや呆れるしかない、とでも言うように。

 隣では、目を覚ました女エルフが、大盾の男に抱きついて離れない。大盾の男は、厳つい顔を真っ赤にして固まっていた。


「なあ、こういう場合ってどうなんの? 俺たちけっこうがんばったと思うんだけど」

「そうねぇ、実際半分くらいは削ったわよね。それなりに讃えられてもいいと思うんだけど」

「もっと術特化の治癒術士増えないかなー」


 すっかり弛緩した様子でいるのは、幼なじみ三人衆の少年剣士、女魔導士、少女治癒術士だ。


「まあ仕方ないだろう。今更あの中には入れぬよ」


 顔に年相応の皺を刻み、頬の古傷を撫でる白髪の老年重剣士。クラノに「その傷俺とおそろいじゃね?」と話しかけられている。


「ハガネさんはどうされたんでしょうね? 私の名前を聞いていない、と言っていましたが」

「お嬢さんが名前を知ってるのに、自分が知らないのは不公平だと思ったのかね。あいつが考えてることは時々わからなくなるよ。お、決着がついたみたいだな」


 巨大な怪物二体の殴り合いは、魔王が背中から倒れる轟音で終わりを告げた。



 ◇ ◆ ◇



 仲間たちが遠巻きに見守る中、娘とカナリヤ、クラノはハガネの元に集まった。

 すぐそばに魔王の成れの果てがあったが、


「ただの虫だ。気にするな」


 ハガネの言葉通り、魔王は虫と区別がつかないほど小さく縮んでいた。もう悪事を働くこともできないだろう。


「助かったよ、ハガネ。それにしても、何でまたこんなところに。お前の関心を引くようなやつじゃなかったろうに、この虫」

「伯父貴の言う通りだ。虫には興味などない」

「伯父貴はやめろって」


 カナリヤが突っ込む。


「鱗の娘。お前の名を聞きに来た」


 娘はぱちりぱちりと瞬きをし、


「それだけのために?」

「他に何がある」

「……」


 娘はちらりとカナリヤとクラノを見てから、そっとハガネに顔を寄せて名を告げた。


「そうか。それがお前の名か」


 そしてハガネもちらとカナリヤを横目で見て、


「お前のような者と子をもうけるのも一興だ。気が向いたらいつでも来い。しばらくはあの場にいる」

「なっ!?」


 娘よりも早く反応し、絶句したのはカナリヤだ。


「お前、何言って……竜族以外とこどもは作れないだろ!?」

「この娘は魔力の蓄積で命を宿すのだろう? それが竜の魔力によるものなら、我が子と称してもおかしくはない」

「どこでそれを……、まさかっ!」


 カナリヤは素早く娘を振り返り、目を細めて注視する。


「おーい、カナリヤ?」

「カナリヤさん」

「……」


 沈黙は肯定と同義である。

 つまり、そういうことだ。


「血族に拘らないのは、まだ若いからだと母上は言うかもしれないが。伯父貴はどうだ?」


 黒鋼の竜クロガネは、それだけ言い残すと、背中の大きな翼を羽ばたかせて飛び去った。


「竜でも、若いやつらの考えてることはわかんねーんだな」


 にやにやしていたクラノも、気の毒だと思ったらしい。ポンと軽く、カナリヤの背中を叩く。


「やっちまった……!」


 カナリヤは頭をかかえている。

 母は怒るかなと、娘はクロガネを見送りながらぼんやり考えていた。


 このとき、娘の中に宿っていたのがヒスイである。

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