談話3:ハガネの印象

 そこまで話し終え、


「実際にお会いするまでは、もっと豪快な性格の竜だと思っていました」

「クロガネか」

「はい。力自慢だとお聞きしていたので」


 娘は竜の言葉に頷いた。

 娘の考える「力自慢」といったら、「師匠クラノ」が基準だ。おそらくそれ以外にいなかったのだろう。

 幼い頃から「あれ」がそばにいたならば、他が霞むのは仕方がない。竜はそう考えた。


「クロガネも独特というか、若いというのもあるだろうが。昔から多少変わった性格をしていてな。年頃の雄竜ならば、それなりに荒くれた者も多いのだが」


 シラユキという妹の世話を手伝っていたからか、並の竜を凌ぐ豪快さを備えた「祖母」がいたからか。

 クロガネは、若さの割には力を振りかざすようなところがない。

 竜が懐かしんでいると、


「あの面倒くさがりなところは、さすがに親子だなと思いましたよ」


 娘の笑い声を聞いて、竜は半眼になる。

 この娘の胆力も並外れていたと、改めて実感したからだ。

 

「しかし、生贄を求めるとはな。どうするつもりだったのやら」

「何もしないつもりではなかったのでしょうか」


 娘はさらりと言う。


「なぜそう思う?」

「お母さんとは別の意味で面倒くさがりだからですよ。忘却の魔法や記憶操作の魔法などは得意ではないそうですし。使えたとしても使おうとしなかったのではないかと」

「……」


 竜は再び、じっとりとした視線を娘に送る。

 娘は苦笑して、


「ああ、いえ。おかしな意味で言ったのではなくですね。単に、『母親の真似』をしてみたかっただけかもしれないと思いまして」

「私の真似を、か?」

「はい。お母さんやカナリヤさんの話しぶりからして、だいぶお若いようですからね、ハガネさん。落ち着いているように見えますけれど」


 長命の竜族から見れば、たしかにクロガネやシラユキなどは最年少の一頭に数えられるが。

 竜はかぶりを振る。


「あれはそこまで幼くない。程度の差はあれ、生贄や宝物ほうもつを求めるのは竜族の性分だ」

「まあ、噂ではなかったのですね。竜といったら、私たちはお母さんしか知りませんでしたから。そんな性質があるとはっきり耳にするのは初めてです。もしや、カナリヤさんも?」


 娘の目が、好奇心できらりと輝く。


「兄者は今でこそああだが、数百年前はたいそう恐れられていた。年相応に荒々しいところもあったし、強力な魔法と“息吹”を使うからな」

「それで、どのような生贄や宝物を?」


 身を乗り出さんばかりの勢いで、娘は続きをねだってくる。

 ここまで話した竜だが、その先を口にすることはやや躊躇われた。躊躇うくらいなら最初から言わなければと後悔したが、この娘にならいつか知れてしまうことにも思えたので、


「鎧を思わせる珍しい昆虫型の魔物と、人間の子供が好くような、透明の玉に珍しい模様を入れた工芸品などを要求したことがあったな……」


 竜はできるだけ声量を落として、若干目を逸らしながら言う。

 娘は一瞬まばたきをして、すぐに両口の端を上げ目尻を下げて、くるりと竜に背を向ける。

 その肩は小刻みに震えていた。


「……教えた手前何だが、兄者には言うなよ」


 竜はその背中にそっと、娘が姿勢を保てない程度の息を吹きかける。


「夢中になる様を想像しましたが、かわいらしすぎますっ!」


 娘は喜色を浮かべたまま、器用に受け身を取りながら転がっていった。

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