思い出2:飛んで燃えゆく山の妖精(むし)

 ぱち、ぱちり。

 紅く、灼けつくように熱い竜の体表で、何かが燃え尽きた。炭化したそれは、ひらひらと、風に乗って白い曇り空に流されてゆく。


「虫が多いな」


 竜は、首を振って尾を地面に打ちつける。

 巻き起こった風と地揺れで、七歳くらいの少女がころりと転がる。魔法生物のルリだ。高い位置でふたつに結った藍の髪が、軌跡を描くようになびく。

 ルリはなにごともなかったかのように起き上がり、土埃を払いのけて、


「『ようせい』は『むし』ではないだろう、紅玉こうぎょくさま」


 相変わらず、瑠璃玉に似た目の光は強い。視線は、竜の周りでふよふよと漂う妖精たちへ向けられていた。


 妖精。身体のほとんどが魔力の、魔法生物。

 山でよく見かけるのは、はねを持つ小さなものだ。

 ぱちりと、またひとつ燃え尽きた。


「ときどきふえるのだな。そうかん、というには、ややおおすぎるが」


 ルリがあたりを見回す。

 右を見ても左を見ても妖精むし、といったありさまだ。


「妖精も様々いるが、それぞれ発生の周期がある。今回はそれが重なったのだろう」

「そういう『むし』のはなしをきいたことがある」

「これだけ多くて鬱陶しいものは虫でかまわん」


 ふん。と、竜はルリのいない方向へ鼻を鳴らした。

 風に巻き込まれた妖精たちが、束になって吹き飛んでいく。


「しかし、ふしぎだ。もえるとわかっていて、なぜ『ようせい』たちは紅玉さまによっていくのだ」


 ぱち、ぱちり。

 燃え尽きた灰が舞うさまは、さながら黒い雪のようだった。

 もっとも、火竜である竜は、雪など数えるほどしか見たことがない。


「妖精というのは、魔力が高いものや場に集まる習性がある。こやつらはさして知能も高くない。だから、山で一番大きな魔力の塊である私に寄ってくるのだ。考えなしに、考えることもなく、な」


 風が吹いて、地面に積もった「なれの果て」をさらっていく。

 これにもいくらか魔力はあるので、あとでルリが回収することになるだろう。


「そうか。わたしにも、いくらかくっついてくる。これは、しょうしょう、きになる。かあさまだったら、どういうだろうか」


 ルリが言う「かあさま」とは、旅先で音信不通になって久しいあの「娘」のことだ。兄竜たちがついているから、無事ではあるはずだが。


「あれには、こやつらの姿ははっきりと見えぬ。魔力的な素養が元々高くないからな」

「そうなのか。よろこびそうだが」


 ルリは、のはしゃぐ姿を思い浮かんべているのだろう。

 なんなら、「瓶に詰めたら売れるかもしれません」くらい言いそうだ。


「あのまま変化し続ければわからんがな。前にこやつらが大発生した時は、」



 ――光が集まってきて、きれいですね!



「かあさまには、ひかりにみえていたのか」

「ああ。その方が幸せであろうよ」


 竜が片方だけ翼を羽ばたかせると、妖精たちが風もろとも渦を巻いた。


「しかし、いつもどうしていたのだ。さしてがい・・はないといっても、やはりきになる」

「心配するな、そこはうまいようにできている。……そろそろだな」


 空一面を覆っていた白い雲に、切れ目ができた。

 そこから光が差し、だんだんと雲間が広がって、


「これは……」


 ルリが、空を見上げて目を丸くする。


 山に満ちあふれていた妖精たちが、青空に、顔を出した太陽に向かって一斉に飛んでいく。

 大群はやがて遠くなり、それらが作る筋はきらめいて色を持つ。


「にじ、か」

「ああ。雨もないのに虹が出るときは、だいたいこういうことが起きている」


 大きな竜と小さなルリは、しばらくのあいだ、昇る七色を見上げていた。

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