光る石

 巨大な鳥によって引き起こされた火事の数日後、教会の地下室から奇妙きみょうなものが見つかったとの報告を受け、オーランドは再び教会の焼け跡を訪れた。すすを顔につけた大工が彼を出迎えた。


オーランドは彼に聞いた。



「夜になると光る石、だったな」



「はい、うちの下の者が見つけまして。夜と言わず、暗い所なら昼でも光ります。ぜひお見せ出来ればと。今持ってきます」


いそいそと去っていく大工の背を期待に満ちた視線で眺めるオーランドに、デリックは苦りきった表情だった。


「オーランド様、教会とのめ事は、お願いですから避けてくださいませ。教会付近で見つかったものはまず神父に確認させよと、中央教会からの通達がございましたし」



「教会の地下とはいえノーデンの領土だ。それに本当の話なら役に立つ石だぞ。火を使わずに光が手に入れられるなら、灯火とうか用の油を節約できる」



「ですが」



そこに、男が一抱えもあるような大きな金属の筒を転がして運びながら戻ってきた



「持ってまいりました! この中にたくさん入っていまして」



筒には妙につやのある黄色い紙が貼ってあり、そこには黒い三つのおうぎまるく並べたようなマークが記されていた。



「何か書いてあるな、何だ、これは?」



オーランドがそのマークに触れようとした瞬間。



『それ触っちゃダメ!』



悲鳴のような女の声。オーランドがこの世で一番嫌いなものだ。



オーランドは思わずあたりを見回した。しかし、教会の跡地で作業をしている大工たちと、遠くを往来おうらいする漁師たち以外に、人はだれもいなかった。大体、オーランドの女嫌いは知らぬものなどいない。近くに女など見当たるはずもなかった。それでもオーランドは疑問を口にした。



「今、女の声がしなかったか?」



次期領主の不興ふきょうを感じとり、大工の男はあせったように答えた。



「女は次期領主様が来ると言うので、あらかじめ余所よそに行かせております」


「そうか」


 オーランドは徹底した女嫌いだ。身の回りに下女の一人すら置かず、通常なら第一夫人を迎える成人の十八歳になっても結婚せず、女遊びもせず、ゼントラム王女との縁談すら断り、二十四歳の現在に至るまで独身を通しているのだから、筋金すじがね入りである。

 本来なら選王侯せんおうこうたるノーデン、オステン、ウェステン、ズーデンの領主は4人の妻を迎え、世継ぎを作って滞りなく王を選べるようにする決まりがある。王は天使の子孫であり、それゆえに聖職者以外の人間ならばどんな大貴族であっても破門できるという権能を持っている。

 破門された者は、人間としての権利も尊厳もすべて奪われ、悪魔の手先として蔑まれながらながら貧しく悲惨な生活を送ることになる。つまり、王は人間を規定することができる唯一の人間なのだ。この国を治める最高の権力者であることは言うまでもない。ゆえに、王の選定は厳密かつ確実に行わなければならない。

 このように、王を選ぶという事は非常に重大な職務であり、おいそれと出来るものではない。王選びをする者の身分と教養を保障するため、領主に選ばれた嫡子ちゃくしのみが選王権を父から引き継ぐことができるという決まりは、そのようにしてできた。だから、領主や領主候補はのほとんどは結婚しているし、子供を産ませるためにたくさんの愛人を抱えているのが普通だ。それなのに、オーランドは女の声さえ嫌っている。そういう事情は、領民のだれもが知っている。大工が自分に配慮していないわけがないのだ。


「すまん、空耳だ。見せてくれ」


「はい、今開けま……」


再び、絹をくような声が響いた。


『ダメ! それ毒みたいなものなの! 開けちゃダメ! 近づいてもダメ!』



オーランドは、またあたりを見回した。……大工の言うとおり、女の影などなかった。



「何だ? 気味が悪い……」



大工が不思議そうにオーランドにたずねた。



「どうかされましたか?」


「いや……」


オーランドはしばらく考え込んだ。そういえば、爆撃機ばくげききとやらがノーデンを襲った時にも同じ声がした。その声に従って、俺は教会の地下に行き、赤い点で示された爆撃機ばくげききからノーデンを守ったらしい。実際に見たのは赤い点に過ぎないから、実感は全くわかないが。 

もしかすると、これは俺の守護天使か何かの警告かもしれない。オーランドはふと思った。それなら、この声に従った方がいいのだろう。突飛とっぴな思い付きだったが、間違っている気はしなかった。


「……見せなくていい。元に戻しておけ。中央教会がしつこいようなら渡してもいい。ただ、そうだな、運ぶのは中央教会の神父どもにやらせろ。お前たちは、それにあまり触るな」


「……? はい」


大工は、不思議そうにしながらも筒を開けようとするのを止めた。オーランドの行動を見て、デリックは大きく頷いた。


「そうですオーランド様、教会に任せておくべきです。無用な揉め事は避けるべきです」


オーランドは顔をしかめた。


「そういう理由で戻させたんじゃない」


「では、どうした理由ですか?」


「いや……それは」


オーランドは言いよどんだ。どこからともなく聞こえた声が気味悪かったから、とは言いにくい。しかも女の声だ。


「何でもない。戻るぞ」


デリックを呼びつけ、オーランドは教会の焼け跡を去った。

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