うたた寝のち雨

里内和也

うたた寝のち雨

 まどろみの中でぼんやりと聞こえる声が、さっきまでとまったく違っていることに気づいて、はっと目が覚めた。

『番組へのメッセージや曲のリクエスト、お待ちしてます。あて先は――』

 明らかに女性の声だ。男性がパーソナリティをやってる番組を聴いていたはずなのに。

 壁の時計に目をやると、午後二時を少し回っている。ちょっと自室で横になって休むだけのつもりが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ラジオをつけたままで。

 大喜利おおぎりコーナーまではちゃんと聴いていた記憶があるが、その後がはっきりしない。とすると、四時間近く眠っていたのか。

 俺はゆっくり上半身を起こした。ここ数日、勤め先のスーパーは発注ミスなどのトラブル続きで、常にない忙しさだった。ようやく迎えた休日も、どうにも体が重く、ちょっとだけ休もうと横になりながらラジオに耳を傾けていたのだが――眠ってしまうとは思わなかった。昼間は眠ろうと思っても眠れない性質たちだとばかり自認していたから。

 それだけ疲れていた、のだろうか。

 せっかくの休日を、単なる睡眠についやしてしまったことに、惜しむ気持ちやあせりがわいてくる。読みたいと思っていた本を読んだり、散らかりっぱなしの部屋を整理したりするつもりだったのに。

 これからどうしようか、と迷っていると、

『ラジオネーム「お湯の焼酎割り」さんからのメッセージです。「ここのところ、うちの職場は大忙しです。発注ミスやら冷蔵設備の故障やらが続いて、その対応に追われています。おかげで疲れてへとへとですが、明日は休日。もう少しだけ頑張ります。やりたいことや用事がたまっているので、休日はその時間にてて有意義に過ごしたいです」。それは大変でしたね。メッセージの内容からすると、食品を扱っている現場で働いておられるんでしょうか。誰でも休むことは必要ですから、無理し過ぎないでくださいね。明日の休日も、肩の力を抜いてゆっくりのんびり過ごすのも、充分有意義だと思いますよ』

 思わず知らず、聴きっていた。ずいぶん俺と似た境遇のやつがいるものだ。こんな偶然もあるものなのか。いや、あるいは、それだけどこにでもころがっている話だということか。

 パーソナリティの「誰にでも休むことは必要」という言葉が胸に残り、じわりと広がる。迷いが晴れて、腹が決まった。

 再びごろりと横になった。今朝よりも幾分いくぶんか心身が軽くなっているのだから、眠っていた時間は無駄じゃない。こんな休日の過ごし方も、悪くない。

 全身の力をゆるめると、そのまま床にずぶずぶと沈んでいきそうな感覚に包まれた。何とも贅沢ぜいたくな心地よさに、安堵する。

『天気予報によると、どうやら明日は雨みたいですね。それも、しっかりした雨足あまあしとのこと。お出かけにはあいにくの空模様になりそうです』

 まぶたを閉じて、ただ音だけを受け止める。それでも、窓から光が差し込んでいるのは感じ取れた。いつしかまた、俺の意識は薄れていった――。


『今日のお題は、「新製品の冷蔵庫に加わった驚きの機能とは?」。思いついたら、今からでもどんどん送ってください。では、届いている作品を紹介していきましょう――』

 聞き覚えのある声や内容に、はっと目が覚めた。

 この大喜利のお題は今朝、横になりながら聴いていたものだ。パーソナリティの声も、その時と同じだった。

 不審に思いながら壁の時計を確認して、余計に訳がわからなくなった。まだ十時を少し回ったところだったのだ。

 きつねにつままれたような気持ちで、俺は上半身を起こした。何が現実で、何が夢なのか。いくら記憶を手繰たぐり寄せても判然としない。

 首を傾げていると、ラジオとは別の音に気づいた。家の中ではなく、外の音。

 窓の向こうを見ると、本降りの雨に見舞われていた――。

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うたた寝のち雨 里内和也 @kazuyasatouchi

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