干天の慈雨

河依龍摩

第1話干天の慈雨 ーかんてんのじうー

 生命の源、生命の誕生は、雷によるものである、とする説がある。


 生きとし生けるもの、全てがそこから始まったとすれば、神のみわざであるとも、言えるのでは無いかと思えた。


 生命誕生からどれだけたったのか、人類が誕生し、文化が広がり、かつて無いほどに、大地を席巻している。


(で、どうしてこうなってるの……)


 なんだか哲学的な事を考えて、現実逃避してみたけど、どう見ても私の知ってる世界じゃない。


 いや正確には、知識では知っている世界かもしれない。


 なんだか、歴史で習ったような、古い建物が立ち並んでいる。時代がいつかなんて知らない。


(タイムワープとかいうやつ?日本っぽいけど……)


 ため息をついて、寝殿造しんでんづくりと呼ばれる建物から外を見渡していた。


 ここに来たばかりの私は、ここがどこなのか分からず右往左往していたら、ここの屋敷の主人に助けてもらい、今ここにいる。


(建物と服装からして、平安時代。もしくは、いずれの時代の京都なのかな)


 そう思いながら、御簾みすの向こうを見やる。どうも何か問題があるらしく、ここの主人と寝殿しんでんと呼ばれる場所で話をしているようだ。




「何かおありでしたか?」


 夕刻、主人と顔を合わせる機会があり、昼に話していた事を聞いてみる事にした。


「ああ、客人に話すようなことでは、どうかお気になさらず」


 そう言うと、柔らかな笑みを見せるも、その表情には、少し影が落ちたように感じられた。主人は、若く鼻筋の通った、整った顔立ちのようで、21世紀の日本の婦女子ならば、色々と妄想を繰り広げそうな方である。


「私は居候の身です、もしお力になれるのならばと思いまして。不都合でなければお教え願いませんか?」


 私の言葉に、少し思案するような表情を見せた主人は、では、と重い口を開いていた。


「我々ではどうにもならぬことなのですが、もう何日も日照りが続き、このままでは食糧難しょくりょうなんになると。こればかりは、神様でもなければ……」


 と薄く笑みをみせ、そこには諦めのようなものが見えていた。


「神様ですか……」


 そう口にすると、私がここに来た意味を理解した気がした。きっとこれをなんとかしろと、そういうことなのだろうと。


  聞けばもう一月以上も雨がなく、水田も干上がっているとのことだった。


「では、ごゆるりと」


「あの……」


 主人が退出されようとしたので、私は思わず呼び止めていた。


「どうかされましたか?」


「きっと、神は見ておいでです。お助けしていただけると思います」


「ありがとう、そう願いたいですね」


 そう言った主人の顔は、少し肩の荷が下りたようで、晴れ晴れとしていた。



 それから数日の後、この地には恵みの雨がおとづれていた。何日も何日も願った雨が、ようやく訪れていたのである。


「お客人、そなたの言ったように、恵みのーー!」


 主人は喜びのあまり、思わず御簾の中に駆け込んでいた。しかし、そこには女人の姿は無かった。


「私は夢でも見ていたのだろうか……」


 そう呟いた主人は、すこし陰りを見せながら顔を上げる。と、降りしきる雨の向こうに、女神のように艶やかな髪を大きく広げ、頭に角のような物をたたえた者が、微笑みかけているような、そんな気がしていた。




「あなたの笑顔が見れてよかった」


 私はそう呟くと、空の上から見下ろしていた。両手を広げ、空を見上げてその手に力を込める。


「この地に、恵みの雨を、これからも続く事を誓いましょう。何年も何年も、あなたが願うかぎり」



  龍神としての私が、ここに呼ばれたのは、偶然では無く、必然であった事を物語っていた。


「でも、いい加減ゆっくりしたいな。時代も国も毎回バラバラなんだもの、疲れちゃう」


 はぁとため息をつくと、体が光りだす。


「え、えっ、ちょっとまってよまだ仕事終わったばっかりなのよ。もういやー!」


 そしてまた、この地から姿を消す私であった。

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干天の慈雨 河依龍摩 @srk-ryu

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