ダンギクのせい


 今日も女の子は宝石箱で遊んでいて。

 男の子は触らせてもらえません。


「ぼくもー。ねえ、ぼくもー」

「これはきもちいからあげないの」

「ぼくもきもちい、さわりたいー」

「だーめー!」


 女の子は、男の子が伸ばした手をぺチンとはたいて。

 また、いつものようにおなかの下に宝石箱を隠します。


 でも、ぺチンがちょっぴり強すぎたみたい。

 男の子は痛くて悔しくて、ぽろぽろ泣きだしてしまいました。


「いいもん、そんなのいらないもん」

「さくさくがきもちいの」

「そんなのきもちくないもん。へんなの、ほーちゃ」

「へんじゃないもん」

「へんだもん。みんなだって、へんなこっていってるもん」

「いわないもん!」


 耳がきーんとするほどの大声で。

 女の子は反論しましたが。

 男の子の意地悪は続きます。


「よーちえんで、みーんないってるもん」

「いわないもん!」

「いってるもん!」


 女の子は宝石箱にかぶさったまま。

 びええびええと泣きだしました。


 お店の方からおばさんの足音が聞こえたので。

 男の子はあわてて台所からはだしで逃げ出します。


 ……なんであんな酷い事を言ってしまったんだろう。

 男の子は、お勝手の扉越しにお友達の泣き声を聞いて。

 とっても悲しくなりました。


 だから、あっちの側とこっちの側。

 おんなじ大きな泣き声に挟まれて。

 お勝手の扉がくたびれてしまったのでしょう。


 次の日の、朝から夜までずっとのあいだ。

 男の子がそれを開こうとしても。

 どうしてもいつものように。

 上手に開けることは出来ませんでした。




 ~九月二十八日(金) 勉誕班計見単パ赤腕厳~


   ダンギクの花言葉 忘れ得ぬ思い



「…………秋山」

「はい」

「何の真似だ?」

「いつものことじゃないですか。生贄ですよ」

「じゃあ、その場で立っとれ。授業を始める」


 いつもの英語の授業。

 いつもの担任の先生。

 いつもの教室。

 いつもの姿勢。


 でも、一つだけいつもと違うものがありまして。


「……では、昨日の続きから教科書を読め、秋山」

「はい」


 俺がところどころつかえながらも。

 なんとか十行ほど読んだところで。


「よし、そこまで。座れ」

「はい」

「ではその続きから……、秋山。読め」

「はい」


 今、このクラスには。

 俺一人しかいないのです。



 ……この事態の原因は。

 新谷さんのレオタード姿が美し過ぎたこと。


 先日の文化祭。

 新体操部が開いた屋台。


 その、『バニーガール・ダーツ』なるお店で店員をしていた彼女は。

 逆に沢山の男子のハートを射貫いてしまったようで。


 ナンパ台詞の大安売りから逃げ回っていたところ、男子新体操部の先輩が守ってくれたらしいのです。


「……秋山、そこの発音が間違っている。座れ。では、正しい発音で今のところを読み直せ、秋山」

「はい。…………はい」


 俺は一旦着席した後。

 すぐに返事をして立ちあがり。

 どこが間違っているのか分からず、首を捻りながら読み直します。


「……秋山、お前も間違っているぞ? 仕方ないな、秋山。お前が読め」

「はい。…………先生、楽しんでませんか?」

「何を言っているんだ秋山、その場で立っとれ。では秋山、お前が代わりに読め」


 そして、永遠に続く立ったり座ったり地獄を味わっていると。


「みつけたーーーーーー!!!!!」


 校舎裏から、穂咲の大声が響き渡り。

 それに続いて、歓声が湧いたのです。



「…………今の騒ぎはお前のせいか、秋山?」

「はい」

「では、罰としてその場で立っとれ」


 慣用句を使った例文を板書し始めた先生の後姿を眺めながら。

 俺は、ほっと胸を撫で下ろします。


 見つかってよかったのです。



 ……ちょっと距離が縮まった、新谷さんと先輩。

 そんな先輩から、新谷さんはクイズ研究会の屋台で手に入れたブレスレットをプレゼントされたらしいのです。


 でも、校内で装飾品を付けるわけにはいかないからと。

 『椎名さんと佐々木君をくっ付けるぞ作戦』の前に。

 俺たちの教室を埋め尽くしていた、舞台で使った品々と一緒に置いていたらしいのですが。


 休み明けに回収するつもりでいたブレスレットは。

 休校日の間に、生徒会と有志のボランティアの皆さんが。

 他のゴミの山とまとめて、校舎裏のゴミ捨て場へ運んでしまったのです。


 すっかり諦めていた彼女でしたが。

 今日になって、穂咲と俺にそんな話をしてくれたものだから。


「……戻るまで、繋いどいてなの」


 そんな無茶を言いながら俺の肩を叩いて、巨大なゴミ山へと穂咲が向かうのは当然の成り行きで。

 人づてに事情を聞いた他の連中が後を追ったことも。

 その全員を庇う仕事を俺が担っているのも。

 全部当然のことなのです。


 …………誰かから頂いたアクセサリー。

 女子にとって、それはもちろん特別で。


 そんな大切な品が再び新谷さんの手に戻って。

 本当に良かったのです。


 穂咲も。

 アクセサリーを貰ったら嬉しいのかな?


 誕生日のプレゼント。

 方向性が見えたような気がします。


 でも、何となくなのですが。

 昔、穂咲にアクセサリーをプレゼントしたことが有るような無いような。

 そして、酷く悲しませてしまったような。



 どうにも思い出せません。



 そんなことを考えていたら。

 いつの間にやら板書を終えていた先生に叱られました。


「こら、秋山! 授業中にぼーっとするな!」

「うわすいません!」

「罰として、秋山を廊下へ連行しろ、秋山。その様子は秋山がしっかり日誌に書いて、秋山が厳しく秋山を叱っておけ」


 …………今、絶対自分で言った言葉で笑ってましたよね。

 やれやれ仕方ない。


 俺は日誌のいつもの欄に『先生のせい』と記入して。


「まあ、明日はいいことがあるさ」


 そう呟きながら自分の肩を叩いて。

 優しく右手で左手を引っ張りながら廊下へ向かおうとすると。


「こら秋山! そんなに秋山を甘やかしてどうする!」


 こっぴどく叱られて。

 英語で反省文を書かされることになりました。

 

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