第10話 #三次審査へ


芽李子 : ホテルまで一緒に行こ? 19:22

園忍 : いいよ 19:30

芽李子 : 何時集合にするー? 19:32

園忍 : 9:15集合でいいと思う19:32

園忍 : 東口で 19:33

芽李子 : おっけー 19:33

芽李子 : はるちゃんから連絡きたー?19:34

園忍 : きたきた。落ちちゃったんだってね… 19:35

芽李子 : うん。残念だよね、はるちゃん可愛いのにね、、、19:35



LINEでのやり取り通り、園は行合坂二丁目駅東口で待っていた。駅のひさし越しに見る空は曇り。これから3日間のオーディションだって言うのに曇りは園の気分を少しばかり萎えさせた。


「エンニンっ!」


芽李子が後ろからぎゅっと抱きついてきた。ふわっと園の鼻腔をフルーティフローラルな甘い可愛らしい匂いがくすぐる。


「っ!…りーちゃん!バスはこの先だよ。行こう。」

「うん、行こ行こー。」


園が35Lほどのバックパックに手持ち鞄大のスーツケースであるのに比べ、芽李子は車輪付きの大型のスーツケースに大きめのショルダーバックを持っていた。ホテルで芽李子と一緒の部屋の人は大変だろうなと園は思った。


「ニンのそのステッカーいっぱい貼ってあるスーツケース、何ー?なんかヴィンテージものっぽいけど。」


「あ?これー?実は化粧箱なんだー。私のそれ関係のモノ全部入ってる。」


このスーツケースは、昔、高校生の時にインドに留学した際に父親から貰ったものだ。


父が祖父が働いていた頃に使っていたものを補修してくれたのだ。大事すぎて、留学する時には持って行かなかったが上京する際には持って来ていた。


今回オーディションだということで気合いを入れるために持ち出してきたが園は驚いた。見たときはなかった鏡などが仕込んであったのだ。これもの自分に合わせて、父が高校生の時に補修がてら作り変えてくれたのだろう。


「へー。そうなんだ。何か思い出ありそうな感じだよね。」

「まぁねー。リーは荷物すごい多くない?」


芽李子は恥ずかしそうに笑う。園は自分が特別荷物が少ない方だとは思わないが、芽李子が明らかに多いのは認識できた。


「あれもこれもとか思ってたら、ついねー。」


そう言って、芽李子はパンパンとショルダーバッグを叩いて見せる。


緊張を和らげるために話しながら歩いていると、バスが見える。


猿渡と書かれた名札を首から提げたスーツ姿の小太りの女性がSANNY MUSICと書かれた髪を手にバスの前で待っていた。園達が目の前で止まると猿渡はちらりと二人の顔を確認する。


「行合坂のオーディションの子ですね?書類見せてくれますか?」


園と芽李子はそう言われ、それぞれバックパックとショルダーバッグを下ろし、自分達宛の封筒を取り出す。そして、中から自分の名前の書かれた書類を探し出し猿渡に見せた。


「はい、わかりました。ありがとうございます。なら中では詰めて座ってくださいね?」

「はい、ありがとうございます。」


そう言うと二人は運転手に大きな荷物を預け、バスの中へ入っていく。二人は奥には行かず、中ほどの二人掛けの席に座った。


「緊張するね?」


芽李子のその言葉に園は大きく頷いた。緊張していりのは園だけではない。隣の芽李子ももちろんのこと隣の二人掛けの席に座る二人も緊張で強張った顔をしている。ほとんど、話し声が聞こえないのだ。



「アレじゃない?」

「あー、アレ?」


これから三日間泊まることになるホテル「ホテル ニューパレス」が見えてくる。


"HOTEL NEW PALACE"と書かれたホテルの前にバスが止まる。最前列に座っていた猿渡が席を立って言った。


「ちょっと時間が押してるので、しっかり私の後についてきてください!」


猿渡は真っ先にバスから降りて、運転手が開けたトランクルームのドアから荷物を降ろす作業を手伝いに行く。


猿渡は全員に荷物が行き渡るのを見ると"それじゃ行きますよ!"と言うと持っていたSANNY MUSICと書かれた紙を振る。


園たちは猿渡に続き回転扉の奥、三次審査の会場である「ホテル ニューパレス」に入っていった。


猿渡についてずんずんと奥へ進むと既に百数十人以上の人達が集まっている場所がある。その集団の中に園たちの40人ほどの小集団は呑み込まれてしまう。


猿渡は園たちが合流したのを見届けると、髭面の中年男性の元に走り寄って耳打ちする。それを聞いた髭面の男は丸縁眼鏡の小男に屈んで耳打ちする。すると、七三分けしたその小男は頷く。園はその小男に見覚えがある。その男こそ、丸内亘。IKBを作った男である。熱情大陸で見たことがあった。


丸内の頷いた仕草が合図だったのか。園たちの前に立つ若い男がマイクにスイッチを入れた。


「部屋割りを配布します!この部屋へ荷物を置いてきて下さい。荷物を置いたらダンスレッスンがすぐできる格好でこの部屋に戻ってきてください。それでは、今から1時間後にここに集合してください。」


部屋割り表が前の方から手渡しで流れてくる。芽李子が園の部屋割り表を覗く。芽李子が持つ部屋割り表と園が持つ部屋割り表との違いはない。二人の部屋は、園が302、芽李子が205で別だった。


「部屋違ったねー…。」

「んー。ま、しょうがないよ。…お互い頑張ろね。」


園と芽李子は頷き合う。二人は肩から下ろしたバックパックを背負いなおしエレベーターへ向かった。


皆、荷物が多く、どうしてもエレベーターに入る人数が少なってしまう。なので、荷物が特に多い芽李子とはエレベーター前で別れ、園は一人階段を使う。階段を登りきると矢印で302号室は右と書いてあったのでエレベーターの前を通り302号室へ向かう。302号室のドアは閉まっている。


ガチャガチャ。空いていた左手でドアノブを回してみた。鍵がかかっている。


園はコンコンとドアをノックする。そうするとドアノブが回りドアが開く。園は無意識的に頭を屈めて中へ入る。


「失礼しまーす…。」

「どうぞー…。」


不安げな女の子が一人いた。身長は150cmもなさそうな中学生ほどの可愛らしい女の子である。その不安げな顔は小動物的な愛嬌に溢れていた。


「ここ302で合ってる?」

「はわー…。」


その女の子は謎の擬音語を発しながら上目遣いで園の顔をジロジロと見ている。園にはジロジロと見られている中どう接すればいいのかわからない。どこか窓越しに接しているようにも園には思えた。


「えっ…んー……私は園忍です。19歳です。よろしくね。」

「あ、…すいません。私の名前は山澄花恩です。13です。中一です。よろしくお願いします。」


園がとりあえず自己紹介だと思い、改めて話しかけると、やっと気がついた様子の花恩は申し訳なさそうに自己紹介をしてきた。

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