月のかけら
月のかけらが落ちて来たから、僕はそれを握りしめ机の中にしまい込んだ。
子供の頃にはうさぎが月に住んでいて、そこで餅つきをしているんだよっておとぎ話を無邪気に信じ込んでいたけれど、さすがに分別の付く年になると月は空気すらない、誰も住んでいない荒涼とした世界だという事は知っていた。
僕は仕事を首になり、ボロアパートのベランダにキャンプ用の小さめの椅子を置き、これからどうしようかなあとぼんやりと酒をあおりながら月を眺めていた。
この年になって再就職はだいぶ厳しいだろうなあ。
何か手に職を持たないといけないだろうけど、それを身に着けた所で受かるにはどれだけ足を棒にしないといけないだろうかと考えるだけで嫌になって来る。
安い割にアルコール度数の高い、そして人工的なアルコールの抽出をしたものにレモンの香料をふんだんにつけたレモンサワーの三つ目の缶を開けた所で酔いが良い感じに回って来ていた。
考えても仕方のない事は酔って曖昧にするのが一番良いと、亡くなった親父は酒を飲むたびにいつもこぼしていた。
その言葉に従い、僕も思考を曖昧にしてさっさと寝てしまおうと思っていた。
ふと、何気なく月に手を伸ばす。
満ちた月の端っこを、クッキーでもつまむように親指と人差し指で掴み、ちょっとちぎるような素振りをしてみた。
もちろん遥か遠くに浮かぶ月の一部をちぎり取れるはずがない。
そう思っていたはずなのだ。
不意に地面に何かが落ちる音がした。
からんと乾いた音が足元からしたとおもったら、光り輝く何かの欠片が転がっていた。
どの宝石にも、どの貴金属の輝きにも勝る、不思議な輝きを放つ石。
僕は吸い込まれるようにその石に近寄り、手に握りしめ、机の中に放り込んだ。
価値なんか一切どうでもいい。
これはきっと、僕にとって大事なものなのだ。
予感めいた確信が心にいつのまにか宿っていた。
頭の端っこでは、どこか冷めていた僕の意識の欠片があったけど。
明日になればこの石は色褪せて、ただの石に戻っているだろうと囁いている。
放り込んだ後、僕は布団に転がりこんであっという間に意識を落とした。
翌日、飲みすぎたせいで酷い頭痛に襲われた僕は、水をがぶ飲みしていた。
脳髄をハンマーで規則的に叩かれているような激しい頭痛は、水を飲むことで少しは収まった。
相変わらずアルコールには耐性がつかず、いつも飲んだ後には悔やむというのに。
それでも昨日は飲まずにはいられなかった。
痛みが残る頭を押さえながら、机の中に放り込んだ石を見る。
どうせただの石に戻っているだろうけど。
開いた机の中は、月の青い光に眩く照らされている。
そして光はやがて強くなり、部屋全体を包み込むと、いつの間にか僕は荒涼とした月の大地の上に立っていたのだ。
呼吸はどうしてできているのだろう。
宇宙に居れば、何の守りも無い生物は瞬く間に死んでしまうというのに。
何もかもが理屈に合わない幻想の中なのか。
僕がそう思ったのは、月にもう一人、人型のなにかが居たからだった。
それは見た目からは恐らくは少女のように思えた。
月の少女は、僕を見て、一言だけ呟いた。
「貴方はここに来るだけの資格があった」
資格、一体何のことだろう?
疑問に思う間もなく、背後からとてつもなく強い光が放たれたのを感じ振り返ると、地球が爆発し散り散りになっている光景が目に入った。
「今から、私と共に行きましょう」
何処へ行けばいいのか、故郷もなくなったというのに。
「地球を助ける為に、因果を元に戻す為に」
わけもわからず、僕と彼女は旅立った。いずこへと。
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