鮮やかな黒の中

 それは真っ黒な安息の中に息づいている。

 僕は膝を抱えて、ずっとうずくまっていた。

 誰も来ない、もうずっと使われていないトンネルの奥の奥の奥が、僕の唯一の逃げこめる場所だった。

 そこだけが僕の唯一の心が落ち着けられる場所だった。


 光は要らない。

 

 輝かしいもの全てがうっとおしかった。

 眩い光に目がくらみ、それに憧れて、手を伸ばして、でも届かなくて。

 酸っぱいぶどうだって自分に言い聞かせ、自分には自分なりの、それなりのもので満足しろって誰かが言った。

 身の丈に合わないものを願うべきではない。

 心に刻まれた傷は、いつになっても癒える事はなかった。


 僕は明かりも点けずに壁を背にしている。

 

 今は何も見えない方がいい。

 今は何も見たくない。

 渦巻くすべてを吐き出して、暗闇の中に溶け込んでしまいたかった。

 そうすれば僕もその一部になって、広がっていけるのだから。

 

 鮮やかにうねる黒い渦。


 目には見えない何かが蠢いていた。

 息遣いまでもが聞こえている。

 それはきっと僕の肩に手を掛けている。

 肩に得体のしれない重さを感じたから。


 重さの感じる方に視線をやれば、もちろん闇に眼が慣れたといっても何が見えるという訳でもない。

 

 在る。


 居る。


 確かな存在を気配で感じていた。

 それが何かだなんて、気にする必要はない。

 ただ寄り添っているだけで、在ると感じられるだけで十分だった。

 焦燥に満ちていた気持ちはいつの間にか楽になって、何も考えたくなくなった。

 

 鮮やかな黒の魚が空間を泳いでいる。


 空間の中を飛び出して、また空間の狭間に消えていく。

 隙間の隙間を探して辿り着いたらきっとそこは楽園かもしれない。

 どこにも楽園が無いなんてうそぶいている人々を僕が出し抜いてやろう。

 楽園はきっと黒の中にある。

 黒く黒く黒く塗りつぶされた中にこそ。

 

 僕は膝を抱えている手をほどき、肩に手を掛けているものに触れた。

 

 それはほのかな温かみを持っていて、僕の手にも伝わっていた。

 

 安らかな黒の中に今はただ、身を委ねて。

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