じっと潜む
しゃがみ込んで、押し入れの中に隠れている。
息を殺して、声を上げないように手で押さえて。
いつもあの人が来るとわたしはそうやっている。
親はあの人が来る前に何処かへと逃げていく。
子どもだけを残していれば、彼らは親の方を追いかけていくから。
むしろ子どもを憐れんでくれる。
ちょろいな、って親は言っていた。
そうやって戻って来たところをまんまと捕らえられたわけだけど。
ちょろいのはどっちの方だろう。
僕は一緒に隠れていて、親が捕まったのをぼうっと見ているだけだった。
あの人は親の喉笛に食らいついた。
まず父親が絶命した。
血が天井にまで噴出し、赤い噴水のように一面を真っ赤に染めていった。
母親がヒステリックな喚き声を上げると、爪で顔の上半分を掻き斬った。
声を出す部分が無くなってばったりと母親は倒れ込んだ。
ろくでもない親が死んでせいせいした。
だからといって僕の目前の危機が消え去ったわけじゃない。
目の前には人に擬態した何かが立っているのだから。
「おまえはどうなりたい?」
その人のようで人でない何かは、血腥い息を吐きながらむしゃむしゃと残骸をまるでフライドチキンでも貪るみたいに食べている。
骨すらバキバキとかみ砕いて呑み込んで、全てを頂きますと言わんばかりに。
どうなりたい?
その問いは、僕の目の前に答えがあった。
「あなたのようになりたい」
いつの間にか両親を食べつくしていた彼は、ぷっと笑ってお腹を抱えだした。
「おれのような化け物になりたいなど、冗談もほどほどにしろ」
「僕はいつだって虐げられる方だった。親は僕の事を気まぐれに殴ったり、ご飯を抜いたり、外に放り出したり、借金取りから逃れるために利用したり」
もううんざりだ。
誰かの顔色を見て、誰かの機嫌を取って、息を潜めて目立たないように、怒られないように首をすくめているなんて。
僕の目を見て、彼もまた目を丸くする。
「これは驚いた。まさか本気でそんな風に思っているなんてな」
そう言って、彼は手のひらを自分の爪で斬った。
青い血がぬるりと流れ出して、床にしずくを作る。
「これを飲め。運が良ければ俺のようになれるさ」
僕は青い血をすくい取り、舐める。
「うぐっ」
ひどく苦い。胸がむかむかして胃が焼けるように熱い。
七転八倒の苦しみとはまさにこのことかと思いながらのたうっていると、既に彼は居なくなっていた。
いつの間にか、僕の意識は闇に落ちていっていた。
そして目覚める。
立ち上がり、鏡で自分の姿を確認する。
何も変わらない。
あれは夢だったのだろうか。
僕の辛い境遇が見せた、まぼろしだったのか。
落胆してリビングに戻ると、赤い血の跡が床や天井一面に広がっている。
それを見て、やっぱりあれは本当の事だったんだと再確認する。
しかし彼は何処に行ったのだろう。
何故ここに来たのだろう。
何もわからない。
その時、本当の借金取りが部屋に訪れて、床と天井の血の跡を見てあっけに取られていた。
「なんだこりゃ……。おい、何があったんだよ」
借金取りが土足のまま上がって来る。
前から僕は思ってたんだ。
人間って、すごくおいしそうだなって。
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