第33話

 オーシュ王国の王都アスレイの中央にそびえたつ王城、アスレイ城。一国の中枢である城だが、華やかさは控えめだ。しかし、城は極めて頑強な魔鋼材で作られた深い堀で囲われ、中央の内城を囲むように4本の尖塔が空を睨む、地上、空中双方からやってくるモンスターに対応できるように質実剛健なつくりである。また、いざというときは王都の住民を収容できるように地下施設も充実している他、各施設どうしが共鳴することで特殊な結界を展開しており、モンスターはもちろん不法侵入を行おうとする不埒ものへの対策も万全である。これも、モンスター発生数が異常に多い竜骨霊道の上にあるが故、モンスターと戦い続けてきた故の形であろう。


 城の内部も外観と同じく、余計な装飾もない武骨なつくりだ。しかし、この城は非常に貴重な一品モノの魔鋼をレンガのように積み重ねて建てられた城であり、特に何も置かれていない廊下であっても、決して色あせない魔鋼壁の放つ煌きだけで一級品の芸術品がかすむほどの美しさがある。魔鋼製であるためにもちろん術式が付与されており、警報はもちろん、階を移動するための昇降機や災害時の隔壁操作、平時の戸締りまで自動で行うことができる。いわばこの城は一つの芸術品にして王国で最も価値ある魔道具でもあるのだ。


 そして、そんな王城の2階の奥、王城書庫の中にオーシュ王国第四王女、シルヴィア・アシュト・オーシュの姿があった。








「・・・・絶対に必要なのは回復系統の呪文。他にあった方がいいのは・・・」




 魔鋼の輝きを楽しむためにこの王城では壁紙を張らず、意図的に壁が良く見えるように物を置くことが多い。しかし、この書庫や人目に触れない物置などは例外で壁という壁が本棚で塞がれている。私は、利用者があまりやってこない書庫の奥に申し訳程度に置いてある小さな机にボックスの中に入れてきた本をドサリと積んだ。一応過去にも読んだことがある魔法について書かれた本だったが、流し読みしかしてなかったので念のためじっくりと読む。




「・・・デュオさんは特化型だから攻撃や防御の魔法はあまりいらない。いるのは音魔法ではできない汎用強化の魔法と・・・属性強化の魔法かな」




 私は山と積まれた本をめくっては積み、めくっては積みを繰り返しながら考え事をしていた。そう、




「デュオさんからもらった魔鋼は8個しかないし・・・」




 私は本の山と山の間にある魔鋼に目をやった。なんと、昨日デュオさんから新しく2個魔鋼をもらったのだ。一昨日頂いた6個の魔鋼と合わせて8個。どの魔法の術式を刻むのか慎重に選ばなければならない。


 とりあえず一番多く用意するのは水系統の回復魔法だ。デュオさんは水属性も使えないから傷を自力で癒すのは自然回復に任せるほかない。そんな中で試験で大きな怪我をしたら他の人よりもかなり危険な状態になるのは疑いようもない。それ故の回復魔法だ。




「デュオさんなら大丈夫だと思うけど、それでも念のため・・・・」




 そう思いながら読むのは魔法ではなくモンスターについて書かれた本だ。今は大体午後の4時といったところだが、今日は午前中からこの書庫にいたからもう王都周辺に生息するモンスターの情報については頭に入っている。


 これまでのお話しから、デュオさんがかなり強いというのは分かっているのだけれども・・・・




「サイクロプスにミノタウロス・・・・」




 めくっていたのはその2種について書かれたページだ。どちらも鬼人の森に生息する上級モンスターであり、オーガやトロールとは比べものにならないくらい危険度が高い。流石に鬼人の森の王たるオーガロードよりは弱いだろうがこの2種も魔装騎士が苦戦するレベルである。




「一応魔装騎士が事前に掃討してはいるみたいだけど、デュオさんの体質なら出会ってしまうかもしれない・・・」




 騎士試験は将来の国を守るための若い才能を試す場である。確かに危険な試験ではあるが、上級モンスターのような新人には手に負えないレベルのモンスターに出くわしてその才能を散らしては本末転倒。定期的に行っている討伐とは別に、魔装騎士が試験開始の数か月前から危険すぎるモンスターの討伐を行っているという。しかし、モンスターの発生というのは謎に包まれており、討伐を行ってもいつの間にか元通り増えているということが日常茶飯事、人間とモンスターの永遠のイタチごっこだ。


 魔装騎士は中級モンスターのオーガ程度なら軽くあしらえる強力な力を持つが、それでも国のモンスターによる被害が一向に減らない、いや、増えているのはここ最近のモンスター発生スピードが異常だからである。魔装騎士が誰にでも誇れる栄誉であるのはなくならない需要の裏返しでもある。王都では昔から大量に発生が続いていたため昨今でも大きな変化はないが、王都以外では大枚をはたいてでも魔装騎士を専属で雇いたいという者がゴロゴロいるだろう。モンスターの発生率が上がっても、魔装騎士になれるほどの人材は増えはしないのだから。


 ともかく、デュオさんの体質やモンスターの発生を考えれば、デュオさんが危ない目にあう可能性は決して低くはないのだ。というわけで、




「回復魔法に3個、強化魔法に3個・・・・念のために毒とかへの対策と音魔法の強化に1個ずつかな」




 回復魔法に比重を置き、他の魔法もデュオさんが使えない補助魔法に絞る。状態異常解除デトックスは前にデュオさんがスライムの体液のせいで進めなくなったと言っていたし、そのためのものだ。




「・・・・誰もいないみたいだし、ここでやっておこう」




 今日も朝からメイドの内心を教えてくれた最低のチカラは健在だが、この滅多に人が来ない図書館奥では入り口付近の広いテーブルにいる人たちの「声」は届かない。ならば、早くから取り掛かってミスがないか入念にチェックするのに時間を割こう。周りに被害を与えない、補助魔法のエンチャントならば警報が鳴ることはない。




「エンチャント、エンチャント、エンチャント・・・・・」




 私は魔法で8個の魔鋼のコードを次々と書き換える。私自身は属性魔法を扱う適性はないが、他のモノで代用できるように書き換えることはできる。




「エンチャント・・・・・ふう、終わった」




 魔法をかけられた魔鋼は透き通るような赤色から色が変わっていた。中級回復魔法ミド・ヒールは鮮やかな青に、中級筋力強化ミド・フォルテはより深い赤、中級硬度強化ミド・クレストは眩しいくらいの黄色、中級速度強化ミド・ブーストは目に優しい穏やかな緑、状態異常解除淡い水色デットクスは、そして音魔法強化用の属性強化エレメンタルは何の色にも染まるような無色透明だ。基本的に宝珠は色が美しいほど効果が高い証拠だと言われるが、本に載っていた写真と比べても見劣りはしないだろう。もっとも、私自身付与魔法を本格的に使い慣れていないし、失敗するのも怖いので上級魔法のエンチャントはできなかったが。




「ミスのチェックは部屋に帰ってからにしよう・・」




 流石に中級魔法のエンチャントを8回連続は疲れた。ちょっと気を急きすぎたかもしれない。


私は机に置いた本を書棚に戻したりボックスに詰めたりしながら帰り支度をして、その場を後にする。




「・・・・・・」




 今は夕方の5時過ぎくらい。窓から差し込む夕日が綺麗だが、私のほかに利用者はいないようだ。




「・・・・・これ、役に立ってくれたらいいな、デュオさん、喜んでくれるかな・・・」




 魔鋼の入った袋は重いけど、これだけはボックスに仕舞わずに抱えて持っていた。


 幻霧では私が直接デュオさんに手渡すことはできないけど、デュオさんが座る椅子の下にでも置いておけば渡せるはずだ。中級魔法が刻まれた宝珠は市販品では10万アースを超える値が付くという。適性なし、詠唱無しでも即座に発動できる中級魔法は戦闘でも確実に役に立つであろう。そう考えると、思わず笑みがこぼれた。




「・・・・私でも、デュオさんの役に立てる、かな」




 いや、立てるかな、ではない。役に立たせるのだ。




「早く部屋に戻ろっと」




 少しでも早く作業に取り掛かりたい。


 魔鋼の入った袋は重かったけど、私の足取りはそんなのが気にもならないくらい軽かった。




(最近よく見るけど・・・・・はて、あんな子がこの城にいたかねぇ)




 書庫を出る直前、入り口のところにいた司書の老婆の「声」も右から左に通り過ぎていった。










「・・・・一体、あの子になにがあった?」




 アスレイ城のある場所にて、男は茫然としたようにつぶやいた。


 その部屋は机と椅子しか家具のない狭い部屋で、部屋そのものに目を引くような仕掛けもなさそうだ。しかし、その薄暗い部屋を照らすように、机の上にはまばゆく輝く玉と目の細かい網がはめ込まれたような小さな箱が置かれていた。




「・・・・部屋を出て書庫に行くことは何度かあったが、あそこまで魔法の書物を漁り、付与魔法まで使うだと・・・いや、それもそうだがあの魔鋼はどこから・・・」




 その玉に映っているのは本棚に囲まれた小さなテーブルだ。さらに、そこでは銀髪の少女が赤い魔鋼に魔法をかけていた。箱からは「エンチャント」と唱える少女の声が聞こえてくる。


 男が覗いている玉や音を発する箱は魔道具だ。男の持つものが親機で、さらに小さいサイズの子機があり、少女は気づいていないが、その子機は少女のいる場所の近くに設置されていた。ちなみに、男の名誉のためにいうのなら、少女の部屋に子機は仕掛けられていないのでプライベートを除くような真似はしていない。




「なぜだ? 何が原因で・・・」




 間違いなくよい傾向ではある。男にとって、いや、この国にとって。しかし、理由がわからない。


 あの少女はある時期から人との関わりを避けるように滅多に部屋の外に出なくなった。多忙な男はそれを気にしつつも少女ひとりにだけ構う訳にもいかず、また、少女が持っていると考えられるある能力のこともあり、自分との関わりも疎まれていると思いこのように遠めに見る以外に干渉しなかったのだが・・・・




「・・・これは、考えを改める必要があるかもしれないな」




 男は玉の中でここ十年ほど見ることのなかった少女の笑顔を見てから、魔道具の機能をダウンさせた。




「・・・・・・」




ブゥンという音がして、映像が消え、部屋から一切の明かりがなくなるが、男は椅子に座ったまま動かない。




「しばらくは忙しいが・・・・」




 明日から大きな催しがあり、自分もそれに関わっている。少女の元を訪れるのはもう少し先になるだろう。だが、いい方向に動いていようと、少女があのようになった理由を知らなければならない。




「一体何者だ? デュオ、という者は・・・」




 少女がつぶやいた男の名を口に出しながら、男は重々しい足取りで部屋を出た。


 その後ろ姿はまるで、強大な敵と戦う覚悟を決めた戦士のようだった。












「やっぱり今日もか・・・・」




 僕が目を覚ますと、辺りは白銀の霧で覆われていた。


 驚きはもうない。今日で1週間目になるからか、どうやら僕はこの場に慣れてしまったようだ。




「これも昨日のままか」




 昨日と同じように僕は椅子に座っていて、すぐ近くにはあの妙な形の暖房魔道具があった。ブォォォォと音を出しながら温風を出し続けている。




「って、本当に飲み物があるよ・・・」




 辺りを見回していると、昨日との違いに気が付いた。


 暖房があるのとは反対側、僕の左手の方に小さな机があって、上には紅茶が入っていると思われるティーカップが置いてあった。




「デュオさん? いますか?」


「あ、シルフィさん? はい、僕はここに」


「そ、そうですか・・・よかった」




 やっぱり今日もシルフィさんがいた。




「えっと、今日は一体・・・」


「デュオさん!!」




 昨日は絶対に来てほしいと言っていたし、果たしてどんな要件なのか聞こうとしたら、先にシルフィさんが気合の入った声を上げた。




「は、はい?」


「デュオさん、私、今日もこれまでみたいにデュオさんとお話ししたいです・・・・でも、今日はすぐに帰って休んでください!! 試験、合格できるように、私お祈りします!!」


「は、はあ・・・」




 何だ、このテンション? 確かに今日は万一にも寝過ごさないようにするために早めに出たいとは思っていたが、これじゃあどうして来てほしいって言われたのか分からない。まさか、さっきの応援の言葉を言うためか?




「あ、違う、それだけじゃないです!!」




 僕が困惑しているのを察したのか、シルフィさんは少し落ち着いたようだ。


 やはり、今日はいつもとは違う何かがあるようだ。




「実は、今日来てほしかったのはお渡ししたいモノがあるからなんです」


「渡したいモノ、ですか?」




 2日目の時のようにサインペンかなにかだろうか。




「はい、デュオさん、椅子の下を見てくれませんか?」


「椅子の下?・・・・これは、袋?」




 言われてかがんで椅子の下を見てみると、やたらと高価そうな革袋が置いてあった。持ってみると、ずっしりとしていてそこそこ重い。




「私が渡したいのはその袋の中身・・・私が作った魔道具です」


「え・・・・」




 どうぞ開けてみてくださいと言われて、袋の中身を見ると、一昨日と昨日に渡した魔鋼が入っていた。いや、渡したときと魔鋼の色が変わっている。一昨日と昨日で渡した合計8個の魔鋼の内、3個が青色で残りがそれぞれ赤、黄、緑、水色、そしてガラス玉のように無色透明であった。




「し、シルフィさん、コレ・・・」


「はい、青色のは回復魔法が入ってます。水色のは状態異常解除デトックスです。残りの赤は筋力強化、黄色は硬度強化、緑は速度強化で、透明のヤツは、えっと、属性強化です」


「え、これもしかして全部中級魔法が?」


「はい、本当は上級魔法を込めたかったんですが、宝珠を作るのは初めてだったので・・・・あ、でも、今日は夜の間ずっとミスがないかチェックしたので、問題なく使える・・・・・と思います」




 違う、聞きたいのはそこじゃない! というか、寄せ集めのスライムの魔鋼に中級魔法を込めるだけでもすごいのに上級までやるつもりだったのか・・・・トニルさんといい、ずいぶん豪華なラインナップだ。中級魔法の宝珠が複数なんて騎士団のエリートたる魔装騎士の装備に匹敵するだろう。




「あの、それで、その・・・・受け」


「申し訳ありませんが、ちょっと受け取れないです・・・・」


「取ってく・・・・え?」




 シルフィさんが続けようとするのを遮って、僕は袋を足元に置いた。




「な、なんで、ですか?」


「いやいや、いくらなんでもこんな高級品じゃあ・・・・僕ではお礼なんてできないですし・・・」




 只より高い物はない、うまい話には裏がある・・・・まあ、シルフィさんが僕を嵌めようとか考えることはないだろうが、それでも「ありがとうございます!」と言ってただで受け取るにはあまりに豪華すぎる。格安とはいえ、自分の意思で金を出して買ったトニルさんのトラップはともかく、こちらは勿体なくて使うのをためらってしまうかもしれない。




「そんな、お礼なんていりません!! その宝珠だって普段お話しを聞かせてもらっているこっちが何かお礼したいなって思ったからなんです!! 元手だってデュオさんのくれた魔鋼だから0アースですし・・」


「それは、そうかもしれませんけど・・・・」




 そう言われてもなぁ・・・・理由はそれだけではない。




「うーん・・・」




 悩ましいのは、そういった高級品をたくさん持っている僕への評価だ。


 騎士試験において、上級攻撃魔法以上の破壊力を持つ宝珠など、あまりにも強力な装備は使用を禁じられるという。逆に言えばそれ以下のものならば持ち込みOKということだ。そうして持ち込むものは試験の開始前と試験の終了後に調べられると言う。だが、あまりそう言ったアイテムに頼りすぎるのは評価に響くのではないかと思うのだ。非常にコストパフォーマンスが悪いうえに極端な例だが、特に戦いの心得がない者でも、上級魔法、もしくは中級攻撃魔法の宝珠がいくつかあればオーガを倒すことも十分に可能なのである。すでに買ったポーション類は他の受験者も同程度に揃えてくるだろうが、ただでさえ僕はトラップ用の宝珠を5つも持っている状態だ。シルフィさんがくれた宝珠はすべて中級魔法、それも補助魔法だからマシだろうが、それでも気にはなる。それに、ゴロゴロと高級な宝珠を持っていたら不審に思われないだろうかという懸念もある。シルフィさんからもらった場合、僕はそれをどこで入手したのかということについて嘘をつかねばならないし、その宝珠をもらってしまうのにはリスクがあると思ってしまう・・




「・・・なのでお気持ちは本当に嬉しいんですけど、受け取らない方がいいんじゃないかなって」




 という感じで、僕が断った理由を説明した。




「・・・・・・・」




 シルフィさんは何も言わない。




「・・・・・」


「・・・・・」




 不気味な静寂がしばらく続いた。


 ・・・・せっかくの厚意を無下にしてしまったのだ、流石のシルフィさんでも怒ったのだろう。こちらとしても二重の意味で心が痛む。よし、そこはしっかりと釈明した上で謝ろう。




「あの、シルフィさん・・・・」


「そうですよね・・・・・・」


「へ?」




 霧の向こうからどんよりと沈んだ声が聞こえた。




「ごめんなさい、デュオさん、私、なんだか余計なことをしてしまって・・・・・」


「え、いや、あの、シルフィさん?」




 僕の勘が告げている、この流れはマズい。




「本当にごめんなさい・・・・私なんかじゃ、やっぱり、お役に、お役に・・・ヒック」


「すいませんでした!! やっぱり頂いていきます!!」




 シルフィさんの声が震えだしたと分かった瞬間、僕は全力で叫んでいた。




「へ? で、でも、その宝珠を持ってるとよくないことがあるんじゃ・・・」




 考えろ、僕。シルフィさんを泣かせないための言い訳を!!




「た、多分、持ってるだけなら特に問題ないですよ。 出所についても、まあ、僕は一応貴族なので・・・・」




 ・・・そうだ、辺境貴族だが僕は貴族、貴族は貴族だ。万が一盗難の疑惑をかけられてもそこを強調すれば誤魔化せるだろう。そもそも貰い物だし、盗難届など出されているわけがないからわざわざ裏を取ろうとする者もいないはずだ、多分。




「でも・・・・」


「そ、それに、この宝珠、欲しいか欲しくないかと聞かれれば、正直かなり欲しいんですよ」




 それは心からの本音だ。・・・・・そうだな、デメリットだけでなく、これを持つメリットも考えてみよう。




「ふーん、そうだな・・・」




 僕は音魔法しか使えない特化型で、傷を負ったときの対処がポーションのみだ。そんな僕にとって回復魔法が入っている宝珠は喉から手が出るほどに欲しいのモノだと言える。それに、僕には他にも厄介な体質がある。スムーズに試験が進むなんてとても思えない。




「うん、そうだよ・・」


「あの?」




・・・・豪華すぎるから悪い方向にばかり考えていたけど、少し落ち着いてみればメリットの方が大きいように思えてきて僕は袋を握りしめた。・・・うん、そうだ、この宝珠とトラップとを合わせれば間違いなく周りと大きな差をつけることができる。少々アンフェアにも思えるかもしれないが、魔装騎士になることが第一な僕としてはそこを気にすることはない。




「!! こ、これは、すごい欲望・・・・っ、あ、でも、使っちゃったら評価が下がってしまうのでは?」


「そうかもしれませんが、僕の場合ならあまり関係ないかもしれません」




 僕はさっき思いついたことを説明した。


 オーガ1匹にもらった宝珠を全部使うような事態になったら確かにアレだが、僕の厄介な体質なら、客観的に見て宝珠を使うべき状況、使っても仕方ない状況に立たされる可能性は高い。逆に特に問題なく試験を終えて使わなかったとしたらそれが一番いい。ただ保険として持っていたと言えばそれで問題ないだろう。




「というわけで・・・・さっきは断ってしまいましたが、やっぱり頂いても、いいですか?」




 手のひら返しをするようでさっきよりも後ろめたいが、今一度、僕はシルフィさんにお伺いをした。




「は、はい!! もちろんです!!」




 シルフィさんは嬉しそうに声を上げた。


 ・・・・シルフィさんは喜んで、僕は大きな保険を得る。少しは疑われるかもしれないが、これが一番いいだろう。深く考えずに素直に最初からもらっておくのだった。と、僕は少し後悔した。




「それじゃあ、少しバタバタしちゃいましたど、今晩はこれで失礼します・・・・デュオさんは試験中は王都にはいないんですよね?」


「あ、はい、そうですね・・・僕の場合は2日間ですけど、1日目はモーレイ鉱山のキャンプに行くつもりです」




 僕はリーゼロッテを連れているから規定によって試験期間が2日間しかない。だから、なるべく短縮できることはどんどんしていくつもりだ。ダンジョン入り口で夜を明かすことになるだろうが、モーレイ鉱山のモンスターは僕の体質がそこまで影響しないし、周りに他の受験者がいれば寄ってくることもないだろう。見た感じあの場所はモンスター迎撃に備えてかなりしっかりした造りだったし、スライムやマタンゴ程度ではまず問題にならないはずだ。




「そうですか・・・それじゃあ、明後日には、戻って来るんですよね? その、王城に・・」


「? そうですね、大きな問題なく行けば・・」




 なんだ? 王城と言ったときになんか変だったぞ?


 騎士試験はまず王都の城門前に集合し、そこの仮設テントで筆記試験を受ける。そうして討伐試験のお題を与えられ、すぐさまダンジョンに向かうのだ。それからまた城門に戻って合格とみなされた者のみが、その栄誉の証として王城の門をくぐることができる。




「そうですか、そうなんですか・・・・・あの!! 頑張ってください!! 私、待ってますから!!」


「はい。 僕もいい報告ができるように、精一杯頑張りますよ!!」




 よくわからなかったが、シルフィさんの応援は心にしみた。その想いに報いるためにも、僕の願いのためにも明日からは全力を尽くす。僕は宝珠の入った袋を抱えて立ち上がった。




「シルフィさん、こんな凄い贈り物を本当にありがとうございます、絶対に大切に使います!!」




 僕が一歩前に出てお辞儀をすると、いつものように意識が薄らぐ感覚とともに霧が晴れていった。




「はい!! お役に立てて嬉しいです!!」




 霧がなくなって薄っすらと見えた銀髪が嬉しそうに跳ねて・・・・あ、そういえばせっかく用意してもらった紅茶飲んでなかったな。・・・・そんなことを思いながら、僕の意識はそこで途切れた。


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