第32話

「まず知っているかもしれないが、人間の多くは魔竜というのは建国神話に登場する1匹しかいないと思っている。 建国神話では魔竜の討伐に竜も力を貸したとされ、魔竜は竜の中の変わり種だとな」


「うん。それは知ってるよ。 けど、人間みたいな姿になれるのも魔竜だけってことになってるから、怪しまれたくなかったら人前で人化するなって言われた」




 アインシュは魔竜の娘に語り、娘もまたそれに答えた。




「うむ。 建国神話の魔竜が現れたのは今よりはるか昔のことだ。 ただでさえ過去の資料などは残りにくいというのに、当時は魔竜の被害で荒廃していたとのことだからな。 ほとんどの者にとって、魔竜は大昔に暴れた強力な竜という認識だ」


「じゃあ、あなたは違うって思ってるの?」


「思っているのではなく、知っているのだ。 魔竜とはただ強力な竜ではなく、竜よりも人間に近い考えを持ち、高度な変身メタモルフォーゼの能力を有する竜の一族であるとな。 魔竜に関する資料はすべてが失われたわけではない。 私はある筋からその資料を見る機会があったのだ」




 アインシュはこともなげに言い切った。 その筋とやらが気になったが、話さないということは聞かない方がいいことなのだろう。




「なるほど、だからあたしが魔竜だって分かったんだ」


「ああ。 魔竜は変身をすることで姿形を変えることができるが、その碧い眼は変わらない。 そして、碧の眼の竜というのは珍しいのだよ」


「でも、珍しいってことは全くいないってわけではないんでしょ? あたしがただの珍しいだけの竜だとは思わなかったの?」


「事前に知らなければただ珍しいだけで終わるだろうが、私は知っていたからな。 それになにより、あなたの行動はあまりにもおかしかった。 プライドの高い竜が人間に腹を見せるなど聞いたこともない」


「うぅ~、あれは忘れてくださいよ!! すごく恥ずかしかったんだから・・・デュオ様が関わってなかったら絶対にやりませんよ、あんなの!! っていうか、あたし、もしかして嵌められたの!?」


「まあ、9割がた魔竜だとは思ったが、確証を持ったのは治療を終えた後の私の質問に対して過剰に反応した時だな」


「あぁ~!! なんかすっごく悔しい!!」




 リーゼロッテは顔を赤く染めて頭を抱えたが、アインシュの表情は1ミリも変わらない。ただ、その目には優しい光が宿っているようにも見えた。




「うう、過ぎたことはもういいや・・・・というか、お爺ちゃんとお婆ちゃんはどうなのさ? あたしが魔竜だって知って」


「俺も婆さんも、ここに来る前に旦那様にいろいろ教えてもらったからなあ」


「魔竜は昔から悪いモノだって教わってきたけど、旦那様の言うことの方が説得力あるしねぇ・・」


「あっさりしてるねぇ・・・二人とも」




 混乱から回復したリーゼロッテは老夫妻の方にも水を向けたが、二人の反応はずいぶん淡泊だった。




「でも、お爺ちゃんたちがこうなら、その資料ってやつがもっと広まれば勘違いもなくなるんじゃない?」




 リーゼロッテはわずかに期待を込めてそう聞いたが、アインシュはここで初めて渋面を作って首を振った。




「その可能性もなくはないが、この国の人間は基本的にモンスターを敵とみなしているし、その意識を変えるのは難しいだろう。特にモンスターが大発生している昨今の状況ではな。 私に長く仕えたこの二人は例外だ。 そもそもその資料自体簡単に閲覧できる場所にないのでな」


「あぁ~・・まあそうなるよね・・・・」


「うむ。 さらに言えば、魔竜討伐にも協力した竜はともかく実際に大暴れした記録のある魔竜がいるとなれば、討伐しようという動きが出る可能性も十分考えられる。 もしかしたら竜を相手に他国の魔女狩りだとかいう迫害も起こりかねんし、最悪人間と竜の戦争も起こるかもしれん」


「そっか~、そうだよね・・・・はあ」




 リーゼロッテにも無謀であるとは分かっていたようだが、がっくりと肩をすぼめて落胆していた。


 そのままため息を吐くと、リーゼロッテは俯いて続けた。




「じゃあ、デュオ様もそうなのかな? デュオ様も、あたしが魔竜だって分かったら怖がったりするのかな?」




 下を向いてそう聞く魔竜の少女の声は少し震えていた。




「さてな。 それはあなた次第だろう」


「あたし、次第?」




 魔竜の少女は、人間の中年の声を聞いて顔をあげた。その顔には不安と疑問が浮かんでいた。




「つまり、あなたがヤツとどれほどの信頼を築けるか次第だ。 ヤツが魔竜だということを知ってなおあなたと付き合おうと思うほどの信頼関係をな。 それは私たちがどうこうすることではなく、あなただけにしかできないことだ」


「・・・あたしだけ」




 少女はまたも下を向いたが、その声はもう震えていなかった。




「そうとも。 それとも、つい先ほど魔竜だとばれてもそばに居座り続けるなどと言っていた癖に、仕える主の信頼を得る自信がないとでも? その程度の覚悟だったのか?」


「そんなわけないじゃん!!」




 リーゼロッテは顔をガバッと上げてアインシュを睨んだ。その目には再び炎が灯っていた。




「たった1日だけど、まだ少しだけしかデュオ様のこと知らないけど、あたしの覚悟を馬鹿にしないで!!」




 そう、鼻息荒く自分に食って掛かるリーゼロッテを、アインシュは無表情で見下ろした。しかし、よく見れば口の端がわずかに上がっていた。




「ふん、そうでなくては困る。 半端な覚悟の者に護衛を務められては意味などない」


「だったら安心しなよ!! あたしは絶対にデュオ様にいつでも頼られるような従者になるから!! いつでも、どんなときでも、あたしが魔竜だって知られても!!」


「クク・・・そうか、期待している」




 この鉄面皮にとっては極めて珍しいことに、アインシュは笑みを隠さずそう言った。










「さて、そろそろ夜も更けてきたが、私の答えは満足だったかね?」


「ん。 大体満足だよ。 あなたが人間の中ではかなり珍しいってことも分かったしね」


「おほめに預かり光栄だ・・・さて、それでは私の個人的な疑問に答えてもらっても構わないか?」


「・・・・また、でりかしーの無いこと聞く気?」


「あなたたちの文化を知らない我々には分からない故そうなるかもしれんが・・・・そもそも魔竜とは何なのだ? 竜とどこが違うのだ? なぜ太古の時代に魔竜は討伐されるようなことをしたのだ?」




 先ほどまでの笑顔を引っ込めたアインシュは、再び鉄面皮を被ってそう問うた。いくつもの質問を並べ立てる主が珍しいのか、それとも主の質問の答えが気にかかったのか、老夫妻は興味深そうにアインズとリーゼロッテを見ていた。




「竜と魔竜の違いねぇ・・・・ソレ、あたし以外の魔竜に会っても聞かない方がいいと思うよ?」


「そんなに無礼な質問だったか?」


「あたしはそんなに実感ないからそうでもないし、ほんの一部だけど大人の魔竜の中には結構そこらへんにうるさかったのがいたからね・・・・っと、魔竜が何かって話だっけ」




 リーゼロッテは顎に手をやり、上を見ながら自分の中で答えをまとめる。




「うん、魔竜っていうのはね、元々はこの星の外から来た別の星なんだって」


「別の星?」


「えっとね、あたしも実感ないから分かんないんだけど、魔竜は空に浮かぶ星の中にある霊脈が降ってきて変化したモノだってあたしは聞いた」


「・・・・高位精霊体のようなものか?」


「全然規模が違うらしいけど、元は精霊と似たモノだったらしいよ。 それがなんやかんやであたしみたいな生き物の形になったんだって」


「ふむ・・・」




 オーシュに限らず、この世界には精霊というモノがいる。世界を巡る魔力は常に様々なコードを持つ土地の間で流動していて、そのコードは基本的に均一だ。しかし、何らかの原因で魔力が一所に止まり、その場所があまりにも強いコードを持つとき、魔力はその土地の影響を受けて長い時間をかけて緩やかに変異する。そうして変異していく過程で、いかなる理由か自我のようなモノを持ち始めることがあり、そのコードに基づく物質で実体化する。例えば火のコードの精霊ならば火の玉の姿で顕現するといった具合だ。そうして実体を獲得した魔力の塊を精霊という。さらに、精霊どうしが悠久の時を経て融合した結果誕生する高位精霊体は人間と同等の知能を持ち、一部は意思疎通が可能である。ただし、高位精霊体はその土地への帰属意識が強く、住処を荒らす存在には何人たりとて容赦せず、極めて強力な魔法を使用して滅ぼすらしい。もっとも、人間への対応は精霊ごとの性格も関わっていて、凶暴なモノと温厚なモノの個体差は激しい。一説には、精霊が自我を持つのはその場所に生息する生物の精神コードを模倣しているとのことで、凶暴なモンスターがいる場所で発生した精霊ほど攻撃的になるとも言われる。




「魔竜についてはわかった。 では、竜と魔竜の違いは何だ?」


「それは、さっき言った別の星のコードが入っているかいないか。 あたしたちは魔竜としての情報を渡すか渡さないか選べるらしいんだけど、竜っていうのは生き物としての形だけしか伝わらなかった魔竜の子孫なんだって。 ちなみに、あたしたち魔竜は魔竜の情報をすべて受け渡すと力のバランスが崩れて死んじゃうの。 だから、子供を残すときは全く力を引き継がせないか、半分とかそれくらいずつ渡して、自分の死に際に残りを渡すんだ」


「となると、魔竜の個体数はそれなりに少ないのか?」


「うーん、多分ね。 いつも同じくらいの数になるようになってるって聞いたよ」


「では、変身メタモルフォーゼが使える竜のすべてが魔竜ではないと?」


「うん。 変身メタモルフォーゼって別に魔竜だけのものじゃないし、多分大体はその竜の魔力が強いだけじゃないかな? まあ、紛れ込んでるのもいると思うけど」




 変化魔法の一種、変身メタモルフォーゼを使えるモンスターは数は少ないが確認されている。例えば、一部の竜は人型にはなれないが、飛竜から地竜、もしくはその逆に変身できる。他にも、狐が変異したとされるナイトテイルも短時間な上にしっぽだったり髭が残ったりと粗があるが、様々なものに化けることができる。




「それに、魔竜の変身メタモルフォーゼもそこまで高度なものかって言われたら微妙だしね。 そりゃ、その竜よりは幅が広いだろうけど、なんにでも化けられるわけじゃないし、人の姿になっても人の形したトカゲみたいなのにしかなれないもの。 変身メタモルフォーゼそのものや、人間みたいな考え方をしてるのは強い魔力を持ってることの副産物みたいなものだから、それができるから魔竜っていうのはないよ」


「ふむ、となると、魔竜が人に化けて人間社会に紛れているというのは・・・」


「まずないと思うよ。 人間に化けようとしてもできないしね。ただ、さっきも言ったけど普通の竜のフリをして紛れているのはいると思う。 人間の文化に興味があるのはたくさんいるから」


「・・・・よく人間を支配しようとしないものだな」


「なんでか知らないけど、大人の魔竜ほど人間と戦うのは避けようとするよ。 人間だってお爺ちゃんたちが着けてるみたいな魔装とかいうのがあるんでしょ? 昔の魔竜を討伐したときもその魔装っていうのが決め手になったらしいし、人間と戦ったら泥沼になるのが分ってるんじゃないかな。 まあ、絶対に戦わないかって言われたらわかんないけど・・・・人間と魔竜があまり関わらなくなったのもそれが原因かもね」


「・・・覚えておこう」




 これからは竜に対する態度をより丁寧にするように周りに広めなばなるまいとアインシュは思った。 基本的にプライドの高い竜に対して人間はギブアンドテイクの対等の立場にあるが、中にはそんな関係をよしとせずに竜に対して居城高に接する人間もいる。まだ力の弱い竜の子供かと思って侮って接していたら、実は大人の魔竜が化けていたとなれば、何が起こるか分からない。




「んで、最後の質問は確か、最初に暴れた魔竜についてだっけ? それについてはあたしもよく知らないよ。 ただ、一番たくさん星のコードを持ってて、一番強かったんだって。 それに、魔装もまだ開発されてなかったらしいし、調子に乗ってたんじゃないかな? 最後は、あたしたちの先祖がその魔竜の死骸を処分して、魔竜全体にその力を分けて薄めたらしいね」


「そうなのか・・・そこまでは知らなかったな。 我々人間には、魔竜の死骸から出た背骨が今の竜骨霊道になったと伝えられているが・・・」


「あ、それ知ってる! 読んだときは何それって思っちゃったよ」


「・・・・・・」




 リーゼロッテはケラケラと笑った。どうやら魔竜と人間の間ではかなりの齟齬があるようだ。




(これは、今回だけで理解することは到底できまい)




 とアインシュは思った。


 あの資料の管理者に伝えることも考えると、愚息だけでなく、我々もこの魔竜の娘とは長い付き合いになりそうだが・・・・・




(魔に満ちる同胞の力以て、かの竜を鎮めん、か)




 資料にあった言葉をアインシュは胸中でつぶやく。リーゼロッテに言った、魔竜について知っているというのは完全な真実ではない。資料には討伐された魔竜の特徴については事細かに書かれていたが、協力したという竜についてはあまり記されていなかった。若い自分とその友は偶然ある場所からその記録を見つけ、そこから昔に人間に力を貸したという竜の中にも魔竜がいたのかもしれないという仮説を立てたのだ。同胞とは単に竜のことを指しているのかもしれないが、もしかしたら人間にも協力する友好的な魔竜がいる可能性もある、と。リーゼロッテの話を聞くに正解だったようだが。




(・・・ここで魔竜に出会えたのは幸運か)




 最近のモンスターの大量発生の原因は地脈の活性化だとされているが、原因の究明と解決にはモンスターの目線も必要だと考えていた。そこで、比較的知能が高く友好的なモンスターを探そうとはしていたが、まさか自分の足元で見つかるとは。しかし・・・




(果たしてリーゼロッテ殿はどの程度「異常」なのだ?)




 これまでの無礼ともいえる質問への対応からリーゼロッテはまあ友好的と言えると判断できるが、彼女は魔竜の中でも変わり種のようだし、魔竜全体が本当に人間に対して協力体制を築けるかはまだ疑問が残る。リーゼロッテを襲ったモノのことを考慮すると、モンスターの大量発生には何か未知の要素が関わっている可能性が高いし、なるべく他の魔竜についても知りたいところだが・・




「ともかく、なるべく早めにオズのヤツに伝えねばな・・・」


「ん? なんか言った?」


「いや、何でもない」




 アインシュのつぶやきに気づいたものは誰もいなかった。


 自らの思惑も大事だが、跡取りたる息子もまた大事。せっかく手に入れた優秀な護衛に不信を抱かれるのはごめんであった。










「ところで、あたしそろそろ眠いんだけど、もういい?」


「む、そうだな。 私も至急聞きたいことは聞いたし、この辺でお開きにするか」




 リーゼロッテが目をこすりながらそう言うと、アインシュも目を瞬かせて答えた。時間にしておよそ2時間は話していただろうか。もう真夜中を過ぎてしまっている。アインシュも明日の執務に差し支えるためそろそろ戻ろうとした時だった。




「待ってくだせぇ、どうしても聞きたいことがあるんですが、いいですかね?」


「ジョージ?」


「爺さん?」


「お爺ちゃんが、あたしに?」




 そこで、ジョージが前に一歩進んで言った。リーゼロッテは知らなかったが、この老人が主の都合を差し置いて何か主張するのは珍しいことで、他の二人は内心少し驚いていた。




「多分、すぐ済むと思うんで・・・・」


「・・・・お前がそうまでするというのなら、重要なことなのだろうな」


「ええ、坊ちゃんに関わることです」


「坊ちゃんに?」


「え、デュオ様のこと!? 何!?」




 リーゼロッテは何を想像したのか赤くなっていたが、他二人の表情が険しくなった。




「・・・・申してみよ」


「はい。 リーゼ、怒らないで欲しんだが、あんたが魔竜とはいえ、モンスターだと見込んで聞く。 モンスターのあんたから見て、坊ちゃんに何か気になる点ってのはないかい?」


「モンスターとしての、あたし?」




 そこらのモンスターと一緒くたにされたと思ったのか、リーゼロッテは眉をしかめた。




「爺さん、どうしてそんなこと聞くんだい? リーゼが怒ってるじゃないか」


「いやな、今朝まで黙ってたけど、俺は坊ちゃんの後を付けてたことがよくあったんだ。 んで、そしたら坊ちゃんが森かなんかに行くたびに物すげえ数のモンスターに襲われるんだわ。 まあ、坊ちゃんは音魔法の才能がかなりあるし、魔力も多いから俺がちょいと手助けするだけでなんとかなってたんだが、一体全体どうしてあんなにモンスターが坊ちゃんに寄ってくるんだろうなって思ってな。 俺ぁ、スケルトンが10体もいっぺんに発生するのは初めて見たぜ」


「そんなことがあったのか・・・・」


「あ、いや、申し訳ありません。 もっと早くにこれだけでも報告しようとは思ったんですが・・」


「過ぎたことはもうよい。 いちいち詰問するのも非生産的だからな・・・・ということだが、どうなのだ、リーゼロッテ殿」




 3人の視線を浴びたリーゼロッテは何かを考え込むように顔を伏せていたが、唐突にがばっと跳ね起きた。




「そうだそうだ、いろいろあって忘れてたけど、聞きたいことがまだあったよ!!」


「・・・質問に質問で返すのはマナー違反だが、それはジョージの言うことに関係があるのか?」


「うん、あるよ。ありもあり、大ありだよ・・・・・ねぇ、人間ってさ、テレパシーっていうのかな? 自分の思っていることを口に出さずに伝える魔法が使えるの?」


「なんだと?」




 テレパシーとは一部のモンスターが使用している魔法の一種だと言われている。その効果はリーゼロッテの言うように言葉を介さずに意思だけで他の個体とコミュニケーションをとる魔法らしい。使用するモンスターとしてはトレントのような一定以上の知能を持ちつつも発声器官のない植物型モンスターとされている。やけに伝聞が多いのは本当にそのような方法をとっているのか確認するすべがないからだ。




「その話と、デュアルディオにどのような関係があるのだ? まさかあいつがテレパシーを使えるとでも?」


「うん、そうだよ」


「は?」




 アインズの皮肉を少女は顔色一つ変えることなく肯定した。流石の鉄面皮貴族もこれには唖然とした表情を出した。ついでにいうのなら老夫婦はリーゼロッテの話とアインズの表情でさらに驚いたような顔をしていた。




「いや、最初はあたしもすごくびっくりしたんだけどね・・・・でも、デュオ様も自分の考えてることがダダ漏れって気づいてないみたいだし、ここの街に入ってからはデュオ様以外の人からは「声」が聞こえてこなかったからおかしいなって思ってたんだけど、やっぱりデュオ様だけのチカラみたいだね」




 リーゼロッテは納得いったというように腕を組んでうんうんと頷いた。




「それは真か?」


「本当だよ。 まあ、あなたたちには聞こえてないみたいだし、モンスターにしか聞こえてないみたいだから証明はできないけどね。 それに、あたしの考えていることはわかんないみたいだったから一方通行なんだろうけど、デュオ様がやたらとモンスターにたかられるのもそれが原因だと思う・・・念のために聞くけど、本当に人間はテレパシー使えないんだよね? 知っててあたしを騙そうとかしてないよね?」




 リーゼロッテは、今度は騙されまいと言うように、アインシュの顔を睨みながら聞いた。




「いや、本当に知らなかった。 誓っていい、本当だ」


「え~、本当に?」


「当たり前だ。 そうなっているのなら、煩わしい腹の探り合いなど大半放棄してやるわ」


「ちょっ!? 顔が怖いよ!?」




 アインシュの迫る顔をみて、リーゼロッテは小刻みに震えた。




「ま、まあ、そういうわけであたしはデュオ様の内心が分かったから変に抵抗しないで治してくださいってお願いしたの。 これでなにか下心のあるやつだったら全力で逃げるか闘ってたよ」


「ふむ、そう言われれば納得もいくか・・・」




 デュアルディオの話で手負いの竜が大人しく治療を受けていたというのは実のところ気になってはいた。竜に限らず、手負いの生き物というのは警戒心が高ぶっているものだ。そこに薬を持っているとはいえ人間が近づけば威嚇の一つはするものだろう。それこそ、今晩小屋についたばかりの時のように。


 だが、リーゼロッテの言うことが真実だとすれば不思議ではない。しかし、それは・・・・




「ってえと、あれかい? 坊ちゃんはいつも自分が何考えてるかってことを大声で言いふらしながら森の中を歩き回ってたとことかい。・・・ある意味勇者だな」


「にわかには信じがたいけど、ねぇ」




 かなり厄介なことだというのも間違いない。




「・・・・リーゼロッテ殿、それについて知っていることを教えてくれないか?」


「いいけど、あたしもつい昨日見たばっかりだから知らないことの方が多いよ?・・・・えっと、まずデュオ様の声でデュオ様の考えてることが聞こえてくるってことと・・・壁越しでもはっきり聞こえることくらいかな。声の大きさは普通に話すときの声と同じくらいで、「声」が届く距離も話し声と変わんないかなあ」




 モンスターは音に敏感なモノが多い。もしリーゼロッテの言っていることが正しいのなら、デュアルディオは自分がここにいると言いながら歩いているのと同じである。




「リーゼロッテ殿はわかるが、他のモンスターには理解できているのか? オークやゴブリンでは人語は分からんと思うのだが」


「あ~、多分何を言っているのかは分からないけど、人間がいるってことは分かるんだと思う。人間にオークの言葉を分からないのと同じでね」


「ふむ・・・・もしも知能の高いモンスターと戦うことになったら・・・」


「何をしようとしてるのか全部読まれちゃうね。 まあ。あたしたちにはデュオ様の「声」が聞こえるだけで、無駄な戦いをしようとしないやつなら無視するとは思うけど」


「・・・・・・・」




 まさか、息子にそんな面倒な能力があったとは・・・アインシュは胸中で毒づいた。そのチカラがどれほどのものかは分からないが、場合によってはデュオ自身だけでなく町も危険にさらすかもしれない。一応息子の夢に理解ある父親としては、そんな呪いようなモノを宿してしまわせたことが悔しかった。




「これは、ヤツが外に出るのを禁止すべきか・・・・?」


「いや、でもそんなに気にすることでもないんじゃない?」


「なんだと?」




 アインシュの堅い声に、リーゼロッテは本当に何でもないことのように続けた。




「だって、これからはこのあたしが護衛につくんだよ? あたしがいればその辺の雑魚が束になってきても余裕だよ。・・・それに、デュオ様本人だって弱いわけじゃない。 寄ってくる連中相手に戦って経験を積めばかなり強くなると思うよ」


「一応俺も正式に護衛になりますからね・・・・今度はもうこんなことが起こらないように、命を懸ける所存です」


「この話もあんまり表に出さない方がいい気がするけど・・・正直アタシは、坊ちゃんを外に出さないようにするのは逆効果な気がしますねぇ。 前みたいに町の近くまでモンスターが来たら後先考えず戦おうとする気がします」


「あ~なんか分かる!! デュオ様ならそうする気がする」


「そうそう。それなら坊ちゃんには俺らがきっちり守っている間に、早めに強くなってもらった方がいい気がしますぜ」


「・・・・・・」




 どうやら護衛の仕事についたリーゼロッテはもちろんのこと、老夫妻もデュオが夢のために戦うことには賛成のようだ。




「・・・・・・むむ」




 リーゼロッテと老夫妻の言うことに、アインシュは顎をつまんで考え込んだ。街や村に緊急事態が起きたときのデュオの行動とそれを抑える自分たち、この辺境におけるデュオという戦力の必要性、そして、デュオを束縛した場合にデュオがどんな影響を受けるかについて・・・




「・・・・・リーゼロッテ殿、そしてジョージにヘレナよ、息子を頼む」




 考えをまとめたアインズは3人に向き直り、頭を下げてそう言った。アインシュの中の天秤は、デュオが戦う道に傾いたようだ。




「当たり前じゃん!! 任せときなよ!!」


「・・・・この命を賭してでも、必ずお守りいたします」


「・・・・この二人がダメなときでも、アタシが全身全霊を以て、最高の薬を用意いたしますよ」


「任せたぞ・・・」




 これから先は忙しくなりそうだ。その場にいる全員がそう思うのだった。




「とりあえず、ヤツ用に丈夫な剣でも見繕うか・・・・」


「それなら、俺が目利きしますぜ」




 まず一番忙しくなりそうなのはアインシュの財布のようであるが・・












「キュウ・・・・・」




 鬼人の森の上空を飛びながら、あたしは物思いにふける。


 あれからもいろいろあった。しばらくの間は昼間は許可をもらって出かけるデュオ様の護衛をしつつ、週に3日は夜中に集まって情報交換をして、あたしは話してもいいと思えるくらいの魔竜のことを話し、アインシュは人間の常識を教えた。ある程度話せることを話し終えたら、今度は人の姿のまま普段は使われていないお爺ちゃんたちの別居に行って炊事洗濯を習った。


 1カ月経つころには、デュオ様もオークの群れ程度の相手ならば苦戦しなくなり、あたしはヘレナお婆ちゃんから貴族の従者としての礼儀作法を叩きこまれた。正直、あんなに怒られながら何度もやり直しをしたのは勉強でも狩りでも初めてだったが、お爺ちゃんとお婆ちゃんというものがいなかったあたしには新鮮だった。


 そうして時は過ぎ、デュオ様に会ってから2か月後に、アインシュたちの立ち合いの中、別の街にいたお爺ちゃんたちの孫娘のリズ・バークとしてデュオ様に会った。あまり長い間は話せなかったし、人の姿だとデュオ様の「声」はかなりノイズのようなものが混じるから正確には分からなかったが、どうやら可愛い子だとは思ってくれたようである。そして更に時は流れ・・・








「キュルル・・・」




 つい10日ほど前に事態は大きく動いた。デュオ様がアインシュと大喧嘩、傍から見ていたらデュオ様が一方的に撒くしたててただけだったが、の直後だった。アインシュは風魔法で盗み聞きしていたあたしにこう言ったのだ。




「・・・・あの直情者め、少し言われた程度で昂りおって・・・・」




 デュオ様が部屋から出ていった後、アインシュはそう言いながらカーテンのかかった窓に近づいて、バサッとカーテンを開けた。あたしは空中で変身すると、スルリと部屋に入った。




「今の、何? あれじゃあ、デュオ様、この家を飛び出しちゃうよ? そうなっても、あたしはデュオ様についていくからね? ここには残らないよ?」


「構わん。むしろ貴方にはついて行ってもらわねば困る・・・・・・ヤツに関しては、言っても聞かぬならば、現実を分からせるというだけだ。 自分の器を知って頭を冷やして帰ってくるのならばそれでよし。はたまた、突き進むことができるのであれば、ヤツの望み通りシークラントに安価な戦力が入ってくることになる」 




 あたしも、アインシュが口論のときに言っていた伝手や役目というのははっきりとは分からない。しかし、お爺ちゃんやお婆ちゃんがデュオ様が知っている以上に強いのは知っていたし、シークラント家が何かを隠しているというのはなんとなく勘付いていた。それでも、そのことを一切デュオ様に言わなかったらこうなるのは分かり切っていたから、かなりイラついてもいた。どうせ教えてくれないだろうから聞かないけど、その伝手やらなんやらについて話してくれないのならばデュオ様の方が正論を言っていたし、あたしはデュオ様に味方する。だが、どうやらアインシュにとってはどう転んでもいいようだった。




「ヤツももう18だからな。 我が一族に伝わる役目を伝えるに足る中身かどうか知りたかった・・・・結果は聞いての通りだがな。 ならば、ヤツが言うように精々己を鍛えてもらい、当主の器よりも先に戦力を確保することにした。本来は先に役目を伝えておきたかったが、まあジョージ達がもう歳なのは事実だ」




 一族の役目、ねぇ・・・・




「デュオ様も言ってたけどさ、その役目とやらってそんなに大事なの?」


「無論だ。 少なくとも簡単に煽られるような者においそれと伝えられるモノではない」


「ふ~ん・・・・デュオ様があんなに怒ってたのは、ここの土地と街の人たちがそれだけ大事だからっていうのはあるけど、相手が父親のあなただからっていうのもあると思うけどね。 あなた以外ならああはならないと思うよ」


「・・・・・・それでも、ヤツが未熟だというのは変わらん。ヤツのこの地を想う気持ちが本物だというのは重々承知しているが、ヤツには魔装騎士への憧れもある。私に言わせれば、その二つが混じっているせいで、ヤツは腰を据えて領地の主となる心構えができていない。一度その魔装騎士の夢を叶えてやれば、ヤツも少しは落ち着くだろう」


「それはそうかもしれないけどさぁ・・・・・・っていうか、魔装騎士になってもすぐには帰ってこれないんじゃないの? お爺ちゃんたちはまだ戦えるかもしれないけど、無理はできないよ?」




 あのアインシュがそんなところを見落とすはずがない。デュオ様がいなくなれば、あたしもいなくなるということはこの男にも分かっているようだし、なぜデュオ様が行くのをこうまで止めるつもりがないのか。 デュオ様は一応このときのためいろいろと下準備をしていたし、計画もあるようだが、不測の事態が起きる可能性は0ではない。いざとなれば、あたしが本気で飛べばすぐに帰ってこれるだろうが、そう上手くいくだろうか。




「ヤツにも言ったが、私には伝手がある。 3カ月程度ならばジョージ達抜きでも問題ない」


「3カ月? それで大丈夫なの?」




 その程度で解決できる問題なのか?




「本来ならば難しいだろうが、蛇の道は蛇と言うやつだ。 魔装騎士になってすぐに専属となった例もないではない・・・・そもそも、このような僻地に戻されることに文句を言う輩もおらん」


「・・・・・なーんか、手の平で踊らされてるって感じでいい気分がしないんだけど」




 アインシュはやはり腹の中に何か抱えているようだ。




「それだけ、私も一族の役目と・・・・この土地のために心血を注いでいるということだ・・・・リーゼロッテ殿、息子のこと、よろしく頼む」


「言われるまでもないけど、なんというか・・・・素直じゃないなあ。 それに、そのセリフってあたしにデュオ様をくれるって意味でもないよね?」


「前々から繰り返しているが、選ぶのはヤツだ」


「はいはい分かったよ、もう。 それじゃ、そろそろデュオ様が部屋に行きそうだと思うから、あたしは行くよ」




 あたしはアインシュに背を向けると、窓の枠に足をかけて、そのまま外に飛び出す。足が地面に付く前に、風魔法で体を浮かせつつ変身する。




「ああ、改めて、よろしく頼む」




 そうして、あたしはまた窓から屋敷の中に入ると、自室の前にいたデュオ様に話しかけたのだった。












「ふぅ~、着いたぁ・・・・リーゼ、ありがとう」


「キュルル?」




 考え事をしている間に、あたしたちは前にトロールを倒した窪地に到着したみたいだ。


 いけないいけない、妙な回想をしていないで、切り替えないと。




「キュルル・・・・」




 あたしは考えるのを止めると、地面に下りた。




「それじゃ、ちょっと見回りしようかな・・・」




 そう言って、デュオ様は窪地の底の方に下りて行ったので、あたしも続く。




「う~ん、やっぱりいないか・・・取り越し苦労だったかな?」


「キュルルル」




 あたしも臭いで探ってみるが、辺りにモンスターはいないようであった。




「まあでもせっかく来たんだし、もうちょっと待ってみようかな・・・・あ、そうだ。生肉買って来たんだけど、食べる?」


「キュルルル!!」




 デュオ様が肉を差し出してくれたので、あたしはかぶりついた。 腹のすき具合はそんなでもなかったが、デュオ様がくれた食べ物を断るなんてありえない。デュオ様の香りがついている内に腹に納めなくては!!




「またがっつくねぇ・・・・・っと、ソナー・・・・・よし、それじゃ、筆記試験のおさらいでもしようかな。リーゼ、一応辺りの警戒をお願い」


「キュルル!!」




 デュオ様は鞄からお屋敷でも読んでいた本を取り出すと、ページをめくり始めた。あたしも言いつけ通りに警戒するため、風魔法で臭いを集めながら地面に横になった。これで、デュオ様の魔法と、あたしの鼻で何かが近づいてきてもすぐにわかるだろう。




「・・・・・」


「キュルルル・・・・」




 あたしは視線を落として本を読んでいるデュオ様に目を向けた。


 あたしは魔竜だ。本来ならば人間よりも上位にいる生態系の頂点の存在。でも、あたしはデュオ様に助けてもらって、デュオ様の心に触れて、デュオ様のことを好きになって・・・・・今も好きなまま、いや、この7年で増々好きになった。


 優しくて、強いデュオ様。ちょっと抜けていたりするところもあるけど、そんなところも愛おしい。もっと、もっとこの人のお役に立ちたい・・・・




「・・・・ん? どうかした?」


「キュルルル」




 あたしの視線を不思議に思ってデュオ様は聞いてきたが、あたしは首を横に振る。主のやることを邪魔してはなるまい。




「キュウ~・・・・・」




 そうしてあたしは、本を読むデュオ様を見つめていたのだった。


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