第9話

「インパクト!!」


「クケェ!?」




 僕は正面から突進してきた骸骨に、お得意の音魔法を当てた。この魔法はただ衝撃波を飛ばすだけの魔法だが、骨だけでできたスケルトンには非常に有効だ。その白い骨は衝撃波によって粉微塵に砕け散るが・・・




「ケケェーーー!!」


「クカカカカカ!!」




 今度は後方から二体同時だ。肉のついていない彼らの動きは素早いが・・・




「インパクト!!」


「「クカッ!?」」




 この2体もあっという間に白い砂山に変わった。十分な適正を持つものが少ないため、使い手はあまりいないが、音魔法は僕の唯一の得意魔法だ。自分の魔法適正がわかったときから使い続けている系統の魔法なら、それこそ呼吸をするかのように扱える。




「さて・・・」




今度は近くの繁みからガサガサと音がすると共に凄まじい腐臭が漂い始めた。




「ゴォォォォォ!!」




表れたのは1体のオーク。ただし、その体には明らかに致命傷と分かる大きな傷がついているのに、それを意に介さぬかのように走ってくる。




「オークゾンビか。リーゼ!!」


「ギィィィィ・・・ガアッ!!」




 一瞬だけ空気を吸い込むと、我が愛竜は炎のブレスを吐き出した。




「ゴ・・オォ・・オ・・」


「汚物は消毒ってね。」




 腐臭を放っていた肉塊はウェルダンよりも強く焼かれると黒い炭の山になった。さて、低級のアンデッドとしては中々のオークゾンビを処分できたし、もう打ち止めかなと思っていると、今度は軽快な足音がこちらに向かってくる。それもたくさん。




「ああ、もう・・・」


「「「「「「ケケケケケケケケ!!!!!」」」」」」


「いい加減にしろぉぉぉぉーーーー!!!イィンパクトォォォォ!!!」


「「「「「「クォォォォォーーーー!?」」」」」」




 王都周辺の調査に乗り出してから約2時間。僕は真昼間にも関わらずアンデッドの大群に囲まれていた。








「ハァハァハァ・・・・・!」




 あれからさらに1時間後、近くにある死体がなくなったのか、スケルトンは現れなくなった。




「まったく、スケルトンにゴブリンゾンビにオークゾンビって、どんだけ死体を放置してるんだ王都は・・・」


「キュルルルル・・・」




 リーゼロッテも少し疲れたように鳴いた。竜の体力は一級品だが、精神的に疲れたのかもしれない。また今度牛の骨でももらってくるか。それかこんな腐った連中じゃなくて生きのいいオークでも狩ってこようか。豚みたいな顔をしてるせいか、オーク肉はドラゴンの好物だ。もっともアンデッドの大群がいるからか、それともドラゴンがいるからか、今日は生きたモンスターに遭遇していないのだけれども。


 周囲を見渡せば、この森の中にある開けた草地には白い骨だった山と腐った死体がこれでもかと積み上げられていた。他にも炭でできた大きな山もいくつかある。疲れているところ悪いが、後で腐った肉は焼却してもらおう。




「ふぅ・・ちょっと下見に来たくらいでコレか。本番はもっと場所を選んでなるべく早く決めないと。」




 僕は今、魔装騎士選抜試験のために王都から南東方面にあるダンジョン、「鬼人の森」に来ていた。その名の通り、ここにはそこかしこにゴブリンやらオークがウロウロしている。さらに森の奥の方には討伐に魔装騎士が出動するクラスのオーガやトロールも住んでいるらしい。




「騎士の訓練のためって聞いたけど、死体の処理はちゃんとして欲しいよ。」




 モンスターと魔力の因果関係は正確には分かっていないが、基本的に魔力があればあるほどモンスターは現れやすくなるとされる。これにはモンスターの祖先は強力な魔力にあてられた野生動物だからだとかモンスターは魔力を摂取しているからだとかいろいろと説があるが定かではない。


 ともかく、豊富な魔力を宿す大霊脈「竜骨霊道」の上にある王都の周りでは、昔から僕の住んでいたシークラント領とは比べものにならないほどモンスターが大量発生する。それこそ、今国中で話題になっているモンスターの大量発生も王都周辺では昔と変わらないとされるくらいである。そして、そんな環境を強力なモンスターに備えて国を守る騎士の修練の場として活用するという案が昔の王城で出て以来、この森のようなモンスターの溜まり場、ダンジョンは騎士選抜試験の試験会場として使われている。ちなみにそのダンジョンから溢れてくるモンスターは王都周辺や街道にまで出てこないように魔装騎士たちによって討伐される。それも訓練の一環だそうだ。




「でも、「専属」になるにはそんなことも言ってられないか」




 僕の目的はただの騎士ではなく魔装騎士になることだ。通常の騎士には魔道具の武器版といえる魔武器が支給されるだけだが、魔装騎士にはその名の通り強力な魔法が込められた「魔装」が支給される。しかし、強力な武器を使いこなせない者に与えたところで宝の持ち腐れだ。そのため「魔装騎士」の試験は騎士のソレよりはるかに厳しいという。試験には知識や礼節を問う「筆記試験」と魔物相手の「討伐試験」がある。


「筆記試験」の方はやや範囲が広くなる程度だと言うが、「討伐試験」ではかなりの開きがあるそうだ。それに加えて、僕が故郷を守るためには「専属」の許可がもらえるくらいの戦績を残さなければならない。「専属」とは実力ある魔装騎士にのみ与えられる資格で、王命のような緊急事態を除き特定の貴族や都市といったところに仕えることができるようになる。そして、仕えられる側は王と魔装騎士に対して一年ごとに一定の金を払う義務が生じる。また、特殊な例だが貴族側が国に追加の資金をだして戦績の如何に関わらず「専属」扱いとして引き取ることもあるらしい。辺境貴族のシークラントには縁のない話だが。


「専属」の資格を持つ魔装騎士となってシークラント専属となる。これが僕の描く未来図だ。国に金を払う必要があるとはいえ、いかに父上といえど辺境にまでわざわざ「専属」になり来る魔装騎士を追い返したりはしないハズだ。どうせシークラントの実家に戻るのならば、魔装騎士個人に支払われる給金は契約書をしたためた上で9割カットされても構わない。そうなれば、領地と領民を守るために遠路はるばる魔装騎士を王都から派遣してもらうよりも安上がりになるだろう。父上は頑固だが、そうした計算には私情を挟まない人だ。そう、その未来のためにも・・・・




「ここであんまり時間をかけるのはなあ、次の「モーレイ鉱山」の方がアンデッドが湧きそうだし。」




「モーレイ鉱山」とはこの「鬼人の森」と王都を挟んで反対側にある鉱山であるが、そうした鉱山のような日の当たらない洞窟のある場所はアンデッドが発生しやすいのだ。パンフには書いていなかったが、警戒しておくにこしたことはない。




「本っ当に困った体質だよ。まったく」




 改めて自分の面倒くさい体質を疎ましく思う。もっとも、今日のように大量のモンスターがやってきたおかげでそんじょそこらの騎士よりも実戦経験はあると思うが。きっとその経験は討伐試験の役に立つはずだ。それになにより・・・・




「キュルル?」


「お前とも会えたしな」


「キュルキュルキュル」




 僕は相棒の頭を撫でた。愛竜は嬉しそうに尻尾を振っているが、実に心が癒される光景である。


 ともかく、僕も案外捨てたもんじゃないかもしれない。そういえば、今日夢に出てきたシルフィさんも心が読める能力とやらで悩んでいたようだが、僕と似たような思いを抱えているのだろうか?




「やめやめ、夢だ夢」




 いくら美人だからって夢の中の登場人物と自分を照らし合わせるなんて完全にイタい人だ。いや、相手が美人だったからこそ質が悪い。




「ガウッ!!」


「イタッ!? どうしたの!?」


「ガルルル・・・・」




 なんでか知らないが、急にリーゼロッテが腕に噛みついてきた。当然手加減はしてくれたようだが、結構痛い。




「えーと、なんでか知らないけど、ゴメン!! 僕が何かしたのなら謝るよ。だから機嫌なおしてくれない?」


「キュルルル・・・」




 僕がそう言うと、リーゼロッテは渋々というように、腕を離してくれた。




「はあ、じゃ、そろそろ行こうか。リーゼは上から着いてきて」


「ギャルルルル・・」


「ん?」




 僕が休憩していた岩から下りて、歩き出そうとすると、リーゼロッテが僕を止めた。


 見ると、それまで二本の足で立っていたリーゼロッテは翼をたたむと四つん這いになった。すると翼が見る見る内にその体の中に沈み込んでいき、完全に体内に納まった。




「キュルルル・・・」




 さらに変化は続く。リーゼロッテが地面につけていた前足を持ち上げると、メキメキと音を立てて地面に付いたままの後ろ足が太くなり、対照的に前足がどんどん小さくなっていった。体全体も、それまでのほっそりとした体形から、がっちりした筋肉質なソレに変わっていく。




「グォォォウ!!」


「・・・・いつ見ても不思議だね、ソレ」




 飛竜のような姿だったリーゼロッテは、今や完全に地を駆ける地竜のような姿に変貌していた。これぞ、一部の竜しか持たないという特殊能力、変身メタモルフォーゼである。




「背中に乗れって?いいの?疲れてない?」


「グォォウ!」




 僕が聞くと、「任せておけ」というように、ドンと胸のあたりを叩いた。


 竜が賢い生き物なのは知っているが、本当にコイツはどこからそんな仕草を憶えてくるのか。




「そっか。それじゃあお言葉に甘えて・・・」




僕がリーゼロッテに跨ると、愛竜は勢いよく獣道を走りだした。

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