第9

「欠席が1名。たしか風邪ひいて医務室泊まりだったな」


「出席予定者を全員、覚えているんですか?」


「手っ取り早いからね。ローラ、君もみんなと一緒にもう帰りなさい、時間が遅い」


「……先生は、戻らないんですか?」


「片付けなきゃ。全弾を引き受けた彼らがこのざまじゃ、明日、通りかかった用務員さんが腰抜かしちゃうだろう」


「手伝います」


「夜目も利かないのにかい? ここに来るまでに、4、5回転んでただろ」


「先生と戻ります。一緒にいろと言ったのは、先生です」


「そーゆー言い方はしてないけどね、僕は。今からじゃ追いつかないか、一人で帰すわけにもいかんしな。はいコレ」


「なんですか?」


「懐中電灯」


「……点いた、っ、オエエエエエエエ」


「?、どうも鼻声してると思ったら、鼻栓してたのか」


「け、け、消しておきます」


「屍を照らさなきゃいいだろうに。あ、ごくろーさん。じゃあ、まずはキミの家族から行こう」


「どなたですか?」


「紹介しよう、アダムス家の長男、ジグムンドくんだ」


「そいつは、オレとバートレットを投げ飛ばした、ゾンビだ」


「ひぁ!?」


「ベイカーくん、一人でまだ残ってたのかい? 早く済ませっちまいたいんだけどね」


「どうしても聞きたい、そいつはなぜ、至近距離から弾丸をかわすことができたんですか」


「弾道予測だよ。作業しながらでいいかい? アダムス、キミの家族だけ動かすから、り分けてくれ」


「うわー……」


「うわー、じゃないよ、ローラ。今回、誰も気にせず立ち向かってくれたから、よかったが、生前の名前を聞いてもちゃんと銃を向けられなきゃいけないんだ」


「どうしたら、弾道予測を回避できる!?」


「オリス、君とバートレットには悪いことをしたと思ってる。センセイ、大人気おとなげありませんでした。暗闇の中で前衛後衛に分かれた君らは強い。でも、こんな所で勝利を味わってもらっちゃ困る、だから、ゾンビごときに遅れをとってもらったんだよ」


「教えてくれ、頼む!」


「うーん……」


「先生、アダムス一家、終わったようです」


「ありがとう。じゃあ、ハニバルさんち。アダムスくんは引き続きサポートよろしく。……僕はね、オリス、回避するために弾道の予測を覚えたんじゃないんだ。それを先に断っておく」


「?……」


「答えは単純だ。僕が君を目視で確認して、ゾンビーに避けさせた。銃身を支える筋肉の角度、銃口の向き、タイミング、君の思考のくせ、狙うポイント」


「っ……」


「できれば、死角に回るか、僕の視覚と聴覚と嗅覚と触覚をふさぐのがいい、どれか一つ欠けるだけでも効果はあるだろう」


「先生、ハニバル一家も無事のようです」


「いやそれね死んでるから。じゃあ次々行こう、自立歩行できないものは、リアカーに収容してくれ」


「……さっき、避けるための弾道予測じゃないって言ったよな、あんたの目は射手の特徴から心理まで撃つ方の目だ、相手が回避することを前提に……。予測より、予測されることに、慣れろってことですか」


「予測を回避する方法を答えたつもりだが」


「それは目視で予測できる範囲の、回避方法です。それ以外の方法で弾を避けるやつはいる」


「ああ、そうだね。相手が牙人サーベルスなら、もっと手強いよ」


「……」


「終わったかい、ローラ」


「はひ、破損のひどいのはリアカーに積まれへ、残ってる肉片はありまへん」


「鼻が限界だな」


「グロッケンスピール長官!!」


「なんだい?」


「オレに銃の使い方を教えて下さいっ!」


「え――」







「起きてるか、ローラ」


「ふぁい」


「いったい、何時に寝てるんだい」


「八時です」


「早いな……起床が六時なら、十時間睡眠だぞ」


「――――うん」


「寝てただろ、今」


「おぶってもらって、すみません」


「眠気で倒れるとか、ありえないよ。緊張感なさ過ぎだよ、手伝うって言ったくせに? なんなんだ、今からでもリアカーに放り込みたい」


「リアカーは臭いので……その」


「わかってるよ。これ、洗って片そうと思ったのに、明日だな」


「ぐう」


「起きなさいよ!? 僕ぁ両手ともふさがってんだ、せめて、背中から落ちないように努力しろ! きーてんのか、この、もぅ、落ちこぼれ女子がっ!」


「ぅう、糸杉サイプレスの香りがする……」


「嗅ぐな。それは僕の髪だ」


「……なんで、断ったんですか、オリスの頼み」


「……」


「ぐう」


「新手のいやがらせ!? ……僕は銃の扱いは教えられない、さっきオリスに言ったろ、我流だから、機動演習で正攻法なやり方を学んだ方がいい。もしもし?」


「それは、ウソ」


「あのね」


「センセイは、銃がお嫌いなんですか?」


「てめぇこのバンシー……参ったね、どーも。嫌悪感を読み取るってのは、本物か」


「人の嫌悪を感じるのが嫌じゃありません。なんとなく心地いいです。……それも、センセイに話を聞いてもらって、酷い姿の自分も私の一部だと思えるようになったからです」


「そうかい」


「はい……。また、寝ますよ?」


「そんな尋問の仕方があるかよ。僕が賞金稼ぎをしていた時、得物は銃だった。だが、もう撃てないんだ、自分でそう決めたから。理由は聞いてくれるな。君たちは銃の扱い方よりも、まずは生き抜く方法を知らなければならないし、僕は教えなくちゃいけない。そう思ってるよ」


「……それを、ちゃんと説明しないと、オリスがかわいそう」


「元ガンマンだって、見抜いたしなぁ、納得してはいなかったね」


「言い方がひど過ぎます」


「そう?」


「ひど過ぎます」


「……」




回想。


「オレに銃の使い方を教えて下さいっ!」


「――やだ」


オリス・ベイカー、凍りつく。


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