第39話 采女(2)


バオ、行くぞ」

「うん。お姉ちゃん、バイバ~イ!」


 弟君が坊ちゃんに手を引かれて、去っていく。

 顔をこちらに向けて、空いた方の手を大きく振っていた。

 その姿に萌えつつ、私も手を振り返す。


「バイバ~イ!」


 弟君、可愛い~! 尊い~!

 あの兄にして、あの弟。

 ま、まさか……!?

 あの弟君も大きくなったら、あの兄のように……。

 させないっ! させないわ!

 あの純朴を絵に描いたような弟君が、あんな自己中で、横柄で、ズボラで、わがままで、自分勝手な兄のようになるなんて。

 兄が許しても、私が許さんっ!

 阻止よ!

 断固、反対よっ!!

 そうして私が一人息巻いているところに、苛立った声が飛んできた。

 

「おい! 御堂河内みどこうち! ナニしてる? 早く来いっ!」

「え? あ、はい……」


 私は、二人の元に小走りで近寄ると、弟君の小さな手を、こっそりと掴んだ。


 いや~ん! ぷにぷに~!


 ◇


 お屋敷に入ると、弟君は自分の部屋へと戻って行った。

 弟君は、どんな部屋で日々を過ごしているのかしら?

 兄の洗脳教育から弟君を守るためにも、部屋の様子を見ておいた方がいいわね。

 ってことで、私も……。


「お前はこっちだ!」


 ええ~!

 そんなぁ~。


「お前に今日からやってもらいたいことは、家事全般だ。掃除、洗濯、裁縫、食事、買い出し、その他諸々、この屋敷の全てをお前が取り仕切ってくれ。よろしく頼む」


 ん? んん?

 こんな広いお屋敷を私一人?

 ムリじゃない?


「これだけ広いお屋敷を一人で全て管理するのは限界が……」

「ああ? 誰がお前一人にさせると言った? そんなことをしたら不安でしょうがない」


 むっ!

 どういう意味よっ!


「来いっ! この屋敷で働く女官と爺を紹介する。爺は一回会ってるな。爺はお前達女官とは別の仕事をやってもらっているから、そのつもりでな」


 ということで、このお屋敷で働く先輩女官とダンディーなおじいさんとの顔合わせ。


「おや、あの時のお嬢様ではありませんか」

「はい。その節はありがとうございました」

「いえいえ。また、ここでお会いしたのも何かの縁で御座いましょう。私、リン ユーと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「御堂河内 美城です。こちらこそ、右も左も分からない若輩者ですが、よろしくお願いします」


 おじいさんは、相変わらず、ダンディーだわ。

 そして、先輩方。

 お三方さんかたともお美しい。

 胸から足元までを覆う丈の長いスカートのようなものを身に着けている。

 アレが制服なのかしら?

 あでやかな三つの花の蕾が、フワッと咲き開いたかのようだった。


「あの、先輩方もどうぞよろしくお願いします。足手まといにならぬよう、少しでも早く仕事を覚え、戦力として認められるよう頑張りますので、ご指導、ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願いします」


「……しくね」

「…………」

「……ってね」


 三人の先輩女官からの返答。

 それは、かすかな蚊の鳴くような声だった。

 殆ど何も聞こえなかった……。

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