~3~

お隣さん

 十一月になった。

 次に起こる未来予報を待ち続けていた俺は、意外な展開に拍子抜けしていた。

 財布が盗まれる未来予報が発表されて以降、未来予報に関する記事が一向に掲載されなかったから。新一をはじめ俺以外の生徒も、新聞部の未来予報が掲載されないことに疑問を抱く人が多かった。


「未来予報。結局先月はなかったな」

「今まで月に二回は起こってたのにね」

「匿名だったのも何か関係しているのかも」


 クラスでは、未来予報に対する疑惑が徘徊していた。

 前回の未来予報は無事に解決し、その週の木曜日に発行された氷山通信で全校生徒にも認知された。しかし新聞部は、最後まで被害者や容疑者の名前を明かさなかった。それは藤川や上野に配慮したのかもしれない。しかし匿名での発表により、たとえ解決したと記事を掲載しても、本当に解決したのか、実は解決できずにいるのではないかと疑問を抱く生徒が多くいた。

 新聞部の未来予報に魅了された生徒の多くは、実名を掲載して未来を当てたことを称賛していた。だからこそ、未来予報を掲載する新聞に盛り上がりがあった。しかし、その強みであった部分が前回の未来予報では完全に消えてしまった。未来予報を掲載できないから、無理やり仕組んだのではないかと考える人が出てきた。俺や新一以外にも、未来予報は多くの人が疑問を抱くようになってきている。

 未来予報はどうやってできているのか。最初は勢いのあった未来予報も、徐々に衰えを見せ始めていた。


「それにしても、どうして掲載されないんだ。未来予報」


 放課後。帰り支度を進めていると、新一が話しかけてきた。


「未来予報を記事にできない、何かしらの理由があるからだろ」

「そうかもしれないけどさ」

「まあ、いいことじゃないか。このまま新聞部の未来予報がなければ、新一の望み通りの展開になるんだから」


 新一は新聞部を恐れていた。望み通りの結果になっているはずなのに、どうもすっきりしない表情をしている。


「何か不満でもあるのか?」


 そんな俺の疑問に、新一は顎に手を当てながら答える。


「うーん。もう少し粘ってくれたら、楽をできたのに……」

「おい。お前は今、生徒会長として言ってはいけないことを言ったな」

「じょ、冗談だって。当然、何も起こらない方がいいに決まってる。今までがおかしかったんだからさ」


 新一はどこか冴えない表情をしていた。何か腑に落ちないことでもあるかのように。


「ほら。明日は木曜日だろ。もしかしたら進展があるかもしれない」

「……そうだな。今は考えないことにする」


 新一は床に置いていた鞄を肩にかけた。さっき晒していた表情は消え、笑顔が戻っている。


「それじゃ、俺は生徒会に行くわ」

「ああ。じゃあな」


 新一を見送り、辺りを見渡す。教室には俺しか残っていなかった。他のクラスメイトは部活に向かったのだろう。新一とこうして話す放課後は、いつも教室を出るのが最後になる。そんなに話こんでいるわけでもないのに、どうしてだろう。

 鞄を肩にかけ、ドアの方に向かう。すると、女子が入ってきた。


「あ、山中さん」

「…………」


 俺の呼びかけに無視を貫き通すのは、艶やかな黒髪を身に纏う山中さん。クラスでのお隣さんは、そのまま自席に座ると机に突っ伏した。


「帰らないの?」


 俺の呼びかけに応えない山中さんは、本当に寝ているんじゃないかと思わせるくらい微動だにしない。


「山中さんは、どうしていつも一人でいるの?」


 続けて質問をぶつけた。ぶしつけな質問だったかもしれない。だけど、答えてほしかった。クラスの人と話している所を一度も見たことがなかった俺は、もしかしたらいじめられているのではないかと考えたことがあったから。もしもいじめが理由で話せないのなら、少しでも自分が力になってあげられたら。そんな俺の思いとは裏腹に、山中さんは顔を上げることせず、突っ伏した状態から動く素振りをみせなかった。


「もし何かあったら。俺、相談に乗るからさ。辛いことがあるなら話でも――」


 ガタッと椅子を引く音が教室に響いた。今まで突っ伏していた山中さんがいきなり立ち上がる。突然のことに俺は拍子抜けしてしまい、言葉に詰まった。

 どうして急に立ち上がったのか。

 もしかして、言ってはいけないことを口走ったのか。

 色々と脳内で考えをまとめていると、山中さんがこっちに身体を向けた。


「どうして私に構うの?」


 低く憂いを帯びた声だった。俯いたままだからかもしれない。だけど、初めて聞いた山中さんの声は意外だった。想像よりも低くなくて、高い声をしていたから。


「えっと。それは……クラスメイトだし、お隣さんだからかな」


 曖昧な解答をしてしまった。

 実際に言いたかったことはもっと別のことだった。

 だけど、上手く言葉にできなかった。


「そう」


 たった一言だけ言い放った山中さんは再度席に座ると、さっきと同じように机に突っ伏してしまった。

 流石にもう一度話しかける勇気がなかった俺は、また明日とだけ告げて教室を後にした。

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