16.本番1時間前!

 万里ちゃんたちの軽音部の発表、すっごくよかった。元気もらったよ。

 で、わたしたちの出番まで、残り1時間……な、なんか生徒より大人が、特にカメラとか持ってる人が多くてビックリした。なんかの腕章つけてるし、記者なのかな……観客席にいるのに、なぜだかドキドキしちゃったよ。

 軽音部の発表が終わって、すぐに第二音楽室に十和子ちゃんと一緒に向かった。今日は、そこはトゥイシャイの控え室となっている。

「橘、第二音楽室に行くのか」

 その声は! と、威嚇するようににらみつけた。けど、わたしたちの前にいるのはメガネをかけてなくて、髪を右半分だけワックスで上げてるイケメン。なんだ、気のせいか。

「無視をするな」

「……なによ、行こうが行かまいが私の勝手よ」

 やっぱ会長だ! ウソでしょ、普段とゼンゼンちがう見た目じゃん!

 なんでこんな時に『メガネを外すとイケメンになる』法則があるの!?

 十和子ちゃんの弟の大和くんも、当たり前のように会長のそばにいる。いつにも増して会長をうっとりと見つめているのが、もはや恐怖のように思えた。

「悪あがきをしなかったことは認めよう。だが、アイドルなど所詮、大衆音楽のうち。『高貴』の名を持つ貴様が俗世的余興にうつつを抜かしたこと、後悔しろ」

 イケメンになっても、その言葉は相変わらず花城くんにしか向けられてなかった。

 これから披露するのは3人だっていうのに! 夢園くんと沙月くんを眼中になかったことにしたこと、後悔させてやるーっ!

 あっかんべー! と、今度こそ本人に向けた。大和くんのうっとりした顔が、なんでも凍りそうなつめた~いものに豹変したのはビックリしたけど、気にするもんか!

 ……って、意気込んだけど、2人から離れれば、また心臓がバクバクと跳ね上がった。

「やっぱ緊張するよ~!」

「うふふ、信じてるんじゃなかったの?」

 そりゃそうだけど……十和子ちゃんたちと学校祭を回ったけど、どうしても本番が心配で頭から離れない。

 3人は3人で普通に、わたしたちとは別行動で楽しんでたみたいだけど……

 胸のざわつきが止まらなくて、何度も、なんども手のひらに『人』の字を書いて、ペロリと飲みこんだ。

 ドアノブをにぎる手が汗ばんでることに気付いた。



「本番後なのにボイトレ付き合ってくれてありがとう、万里ちゃん……!」

「いいのいいの、ウチもアイドル指導してると思ったら楽しかったし! 本番、ちゃんと百奈からもらったうちわとか持ってるね~」

 万里ちゃん、ホントに竹内さんと仲いいんだ。

 わたしも、本番は3人ぶんのうちわを持とう。サイリウムも持てるかな?

 3人が輝いてるぶん、わたしたちもサイリウムで応えなきゃ。照明のない体育館を、3色で照らすんだ。

「……もう、9番目ね」

 ひえっ、もう次の次!

「一応向こうに行ってるわ、アイツったら私を取材してくる記者をまとめるように頼んでくるのよ」

 そうだ、次は生徒会長の出番なんだよね。さっきの記者たちは生徒会長目当てできたはず。はあ、大人がたくさんいたせいで息苦しくてたまらなかったよ。

 生徒会じゃなくて、まるで個人的な頼みみたいだけど、十和子ちゃんは「がんばって」と3人にエールを送り、音楽室を後にした。

「沙月くん、緊張は大丈夫?」

「う、うん、たぶん……心臓、張り裂けそうだけど、平気……

 ボク、太陽くんに誘われてアイドルになったけど……本当の強さが、わかった気がするんだ。だから、大丈夫」

「本当の強さ……?」

 最初、強くなりたい、って言ってたよね。強い人っていえば、沙月くんからしたら夢園くんだと思ってたけど……

「どんな時も、笑顔でいることが強さ、だとおもう。だから、めげずに最後までやりきれば、もっと強くなれる……! 見ててね、ボクたちのこと」

 きゅ、と沙月くんがわたしの手を優しくにぎった。手の震えはまだ残ってるけど、もう大丈夫だと信じて、だまってうなずいた。

 すう、はあ。沙月くんすら本番に臨んでるんだ。わたしも緊張ばかりしていられない。

 試合で緊張に慣れてる夢園くんと花城くんには、大丈夫だということは目でわかった。よし、じゃあ、プロデューサーとして最後の言葉だ。

「生徒会長をギャフンと言わせることが目的だけど……

 アイドルがアイドルであることを忘れずに!」

「おう!」

「ああ!」

「うん!」


「『TwinKle Shine』、いってきます!」


 目がつぶれそうにまぶしい、3人の背中。

 あんなに大きくなったんだ、みんな。なんて、お母さんの気分って、こうなのかな。

「ウチらも行こ、うちわもらえなくなっちゃう!」

「うん!」

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